《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》32.新しい風
窓辺に座って本を読む。聞こえてくるのは、鳥の鳴き聲と、時折り吹く風が起こす木々のざわめき、それから本を捲る音だけだ。
今、明渓は一年間住んだ桜奏宮を離れ、皇居の端にある塔の一番上にいる。
春鈴を雇い、宴に連れて行った明渓に対して、武が何度も話を聞きに來た。
従者の悪事は主人の責任でもある。
明渓が無関係な事は、春鈴の話からも分かって貰えた為、表立った処分は行われていない。ただ、事実確認を終え、実家に帰されるまでの間の仮の住まいとしてここに移ってきている。
本來、不貞を働いた疑いがある者などがる場所で、明渓がここにる事に白蓮や青周は異議を唱えてくれたが、他に適當な場所がなく、何より明渓自がこの場所で良いと言った。
り口は一つで、武が見張りについている。くるくると螺旋狀に作られた階段を三階まで上がり、扉を開けた先にある一部屋が與えられた。
一部屋といっても広さは十分で、寢臺も宮にあったよりいが、実家のよりらかく、敷布(シーツ)も綿ではあるが、決して質の悪いではない。
湯気が立つ食事が運ばれて、頼めばその都度お茶も用意してくれる。窓が一つしかなく、その窓枠に格子が嵌められている事を除けば、不満はなかった。
読み終わった本をぱたりと閉じて、うず高く積まれた本の山に戻す。本は毎日新しく三十冊程追加されるので、時間がいくらあっても足りないぐらいだ。
皮な話だが、後宮に來てから今が一番本を読んでいるだろう。そして、明日にはここを出て行く。
春鈴にどんな刑が下されたかは知らないが、醫はまだ見つかっていないらしい。
びをしながら窓辺に立つ。向こうに見えるのは果樹園だろうか、それなら薔薇園はその向こうだ。
また、が苦しくなる。青周は明渓に責はないと言ってくれたが、そうは思えなかった。
突然、靜寂を破るように扉を叩く音が聞こえた。こんな時間に珍しいなと思いながら振り返ると、明渓の返事を聞く間もなく、侍が一人飛び込むように部屋にってきた。
(侍?)
服裝は侍だが、頭から布をすっぽり被っていて明らかに不自然だ。それに、侍自も、ったのは良いがどうすれば良いか悩んでいるようだった。
「どうしたの?」
とりあえず聲をかけて見ると、侍はこちらを向き、頭の布を雑に剝ぎ取った。
「………?!」
「笑うなよ」
「…………!!!」
白蓮は暫く、腹を抱え息も絶え絶えに笑い続ける明渓を、拗ねた顔で睨み続けた。
「はぁ、……で、何してるんですか?」
明渓は目の涙を拭いながら言った。窓枠に軽く腰掛けた白蓮は、無想な顔で腕を組み、を尖らせあらぬ方を見ている。
「どうして、じょっ……裝なんっ……て」
再び笑い出した明渓を、その姿勢のまま白蓮がじろりと睨む。
「ここには行かないように言われた。見張りの者達も俺を通すなと言われている」
第四皇子に対し、そんな命令ができる人は限られている。だから、裝して來てくれたのか、わざわざ。明日にはここを出るので、來てくれた事は素直に嬉しかった。
「ありがとう」
「うむ」
白蓮は、何を話そうか迷ったような顔で鼻の頭をかくと、一呼吸した後真っ直ぐに明渓を見た。
「俺も、お前は悪くないと思う」
「そうでしょうか」
「でも、いくら周りがそう言っても、無駄なのだろうな」
「…」
白蓮は小さくため息をつく。しかし、切れ長の目は視線を逸らす事なく、明渓をじっと見つめたままだ。
「ならば、仕方ない。そう思って生きるだけだ」
「はい」
「生きるなんて、ままならぬ事の方が多いからな」
「……何か、今日は年相応ですね」
「はぁ?どう言う意味だ?人が真面目に……って、そういえばお前、俺を東宮の息子と勘違いしていたらしいな。いやいや、あり得ないだろ!」
ばれてしまった。仕方ないじゃないか、と思う。ついでに裝が案外似合っているじゃないか、とも思う。
とりあえず面倒なので、放って(スルーして)おこう。
白蓮は、窓枠から立ち上がると、長椅子に座る明渓の橫に腰掛けた。
「生まれた環境も、起こる出來事も、自分の思い通りにならない事や予想外の事ばかりだ。だから、そんな事全部ひっくるめてやって行くしかないのだろう」
明渓は隣に座る侍姿の男を見る。
いつの間にか、目線が同じになっていた。聲もすっかり変わり、話す度にが上下する。
「うん?なんだ…?」
白蓮が不思議そうに明渓の目を覗き込んできた。明渓の手が自然とき、緑の簡素な侍のの襟元にれる。
「こんなふざけた格好なのに、不思議ですね、今までで一番格好良く見えます」
そう言ってふんわりと笑った。
がばっと、隣に座っていた白蓮がいきなり立ち上がる。何故か顔が赤い。
「やっぱり無理だ!!」
「何がですか?」
「明渓だって、まだ本を読みたいだろ?」
「はぁ……」
「分かった!」
そう言うと、また頭から布を被り兎のごとく飛び出して行った。
何が分かったのか分からないが、靜かになったので、とりあえず目の前の本の山に手をばす。風がし冷たくなってきたが、窓を閉めるにはまだ早い時間だ。
▲▲▲▲
夕食後の晩酌をしながら、東宮は大きなため息を一つついた。手には二通の嘆願書がある。
「どうされたのですか?」
問いかけてきた妻にその二枚をひらひらと見せる。
「あらあら、なんと書いているのか伺ってもよろしいですか?」
「二人とも同じ容だ。だが、二人一緒に葉えてやる事はできない」
東宮は、弟達からきた文を機の上に放り投げた。
「この國ではは一人の夫しか持てませんものね。殿方と違って」
「俺の妻はお前だけだ」
東宮が抱き寄せようとばした腕を、香麗妃がするりとすり抜ける。
「では、私からもお願いして良いですか?」
「だから、俺は側室はとらないからな」
所在なさげに手を宙に浮かべたまま、東宮が眉間に皺を寄せる。
香麗妃はその東宮の手をとると自分の腹にそっと當てた。
「子が増えます。信頼できる侍を一人増やしてくれませんか?」
翌日、朱閣宮の門を叩く明渓の姿があった。その両手には、沢山の本が抱えられていた。
ひとまずこれで一章を終わらせて頂きます。二章は完結済みを外してこの続きに書きます。
ジャンルを推理にしたので、二章からは推理の部分を増やしたいとネタを練っています。
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