《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》4.病の正 3
その夜、明渓の寢床として案されたのは貴妃の寢室だった。どういう意図でここに案されたのかは聞かなくても分かっている。しかしいくら呪詛の正を見極めるためとはいえ、目の前にある豪奢な寢臺で眠るのは憚られる。
(皇后の霊が仲睦まじい二人に嫉妬して出てきた……)
霊は信じていないが、後半部分がなんとも艶かしい。妃嬪としてしているので全く知識がないわけではないが、自分にはまだまだ無縁のことだと思っている。
「あの、長椅子を用意して頂けませんか? 貴妃様と同じ寢臺に寢るのは畏れ多いですから」
「いえ、そちらでお休みください。貴妃様もそのようにおっしゃっていますから」
依依(イーイー)はそれだけ言うと、そそくさと部屋を出ていった。夜、この部屋にいることが嫌なのだろう。
(そういえば侍もこの部屋で寢たと言っていたわね。いくら呪詛の正を見つける為とはいえ抵抗はなかったのかしら)
しかも、自分から言い出したというではないか。
明渓は眉を顰め寢臺を睨みつけながら渋々掛け布団をめくろうとし、思わずその手を止めた。
(軽い)
これはもしかして、と思い布団の端の糸を解くと中から出てきたのは鳥の羽だった。
(羽布団というものではないかしら!)
明渓の目がキラキラし始めた。この國では通常綿の布団を使う。羽は集めるのも、についてる埃や蟲を取るのも手間だし、布団に詰める前には一度水で洗うがその後きちんと乾かさなくては匂いが殘り商品として使えなくなる。それゆえに高級品で、とてもではないが明渓が手にれる事が出來る品ではなかった。
(それならそうと早く言ってよ)
急に機嫌を直し自分勝手な獨り言を呟くと、さっきまでの戸いはどこへいったのか、嬉々として布団に潛り込んだ。
(あったかい)
軽いのにあったかい、こんなが世の中にあるなんて……。しかも、羽は明渓の溫を逃さないのでどんどん暖かくなる。布団に顔を埋め暫く羽布団を堪能するかのように、もそもそいていたがそのうちそれは穏やかな寢息へと変わっていった。
朝、扉を叩く音で明渓は目が覚めた。もっと布団に包まれていたいけれど、貴妃の宮で微睡む訳にはいかず、名殘惜しそうに布団から出ると扉を開けた。
「おはようございます。ご気分はいかがですか? ……あの、それで何か分かりましたか?」
朝から依依の期待のこもった視線が注がれるのは困ったものだと思いながら、明渓は昨夜布団に包まりながら書いた紙を渡した。
「これを醫局にいる僑月様に屆けてください」
そして明渓はにこりと微笑むと
「呪詛を解きましょう」
そう、明言した。
半刻もしないうちに白蓮が息を切らせてやってきた。そんなに走って頼んだは大丈夫かと明渓は思わず眉を顰めてしまう。
「これでいいのか?」
々複雑な顔をしながら渡された包みをけ取ると、揺らさないよう気をつけて卓に置いた。貴妃や侍達が包みを囲むように集まってくる。
「明渓この包みが、お前が使う呪詛を解く道なのか?」
用意された椅子に腰掛けながら貴妃が問いかけた。昨日よりさらに調は良くなっているように見える。
「いえ、道ではなくこれこそが『呪詛』そのものでございます」
「呪詛そのもの……?」
明渓の言葉に依依が貴妃を庇うように前に立つ。
「ど、どうしてそのようなを持ち込むのですか!?助けてくれると言ったではありませんか」
(助けると言った覚えはないんだけれど……)
解釈のズレとは恐ろしいものだとつくづく思いながら、明渓は包みの結び目に指先をかけた。それを見た侍達はが引くように遠ざかっていく。
はらりと包みが解かれ中から出てきたのは
「……鳥ですか……」
「はい、鳥です。ただ、この鳥がとか、鳥の持ち主が呪詛をかけたという訳ではありません」
「それはどういう意味だ?」
今度は白蓮が怪訝な表で聞いてきた。
「醫様はご存知だと思うのですが、ある特定の食べをけ付けない人が世の中には一定數おります。好き嫌いではなく食べると調に異変をきたし、時には命にも関わることもあるとか」
「あぁ、知っている。生まれつきの場合もあるが、ある日突然け付けなくなる場合もある」
(ちゃんと勉強してるじゃない)
どうにも白蓮に対しては姉目線で見てしまう。その白蓮といえば、籠の中の鳥を見ながら首を捻っている。
「では、鶏が原因なのか? それは聞いたことがないぞ」
「、ではございません。原因は羽です」
「羽がどうしたというのだ?妾(わらわ)にも分かるよう詳しく話せ」
驚きの表でそう言う貴妃の前に、明渓はゆっくりと鳥籠を持って行った。すると、妃は突然咳き込み始め、慌てて依依が背中をさする。
予想以上の反応に明渓は慌て籠を卓に置き、布を上から被せた。
(しまった。近づけすぎたかも)
「窓を開けてください。空気をれ換えましょう」
明渓の言葉を聞いて侍達が慌てて窓を開け始める。皆が落ち著くのを待ってから明渓は再び話を始めた。
「貴妃様が使われていたのは羽が詰まった布団ですね。半月程前から急に寒くなりましたが、聞けばそれぐらいの時期から使用を始めたとか。調が悪くなってきた時期と一致するのではありませんか?」
明渓の問いかけに依依が頷く。
「醫様、がけ付けないにも関わらず摂取し続けるとどうなりますか?」
「癥狀は悪化し続けるだろうな。蕁麻疹や咳が出て、時には気道が塞がり呼吸困難になる事もある」
あっ、と侍達が呟き顔を見合わせる。明渓はその様子を確認すると小さく頷いた。もしかすると、服に隠れた場所に蕁麻疹ができているのかも知れない。
「逆に摂取を止めれば癥狀は緩和します。妃の狀態が良くなったのは部屋を替わったからでしょう。換気をし空気をれ換えることも幾分かは効果があったと思われます」
「では、侍についても……」
貴妃の問いに明渓は頷く。
「はい、貴妃様と同様です。それから、これは憶測ですが、お二人にはの繋がりがあるのではありませんか?」
「あぁ、月影は私の異母妹だ」
姉妹でさせるのは決して珍しいことではない。親としてはどちらかが帝のお眼鏡に適えば萬々歳だし、妃にしても敵ばかりの後宮でがいるのは心強い。そして姉妹であれば寢臺を使うことに他の侍ほど抵抗はないだろう。
(侍にしては良い部屋だと思った)
「の繋がりが有れば、質も似てきます。きっと月影さんも鳥の羽をけ付けないのでしょう。また、彼の部屋の窓を開けても効果が薄かったのは、窓の近くで公主様が鳥に餌をあげていたことが関係しています。おそらく鳥が頻繁に飛來してきていたのではないでしょうか」
「……なるほど。お前の言う事は理解できた。確かに妾の調が崩れたのは、あの布団を使い始めてからだ。では、これからどうしたらいいのだ?」
明渓はその問いに、にこりと微笑み白蓮の背を押した。
「その説明は私が答えるより醫様が適任でございます」
火、木、土曜日に投稿します。時間は前回同様16時前頃になる事が多いと思います。
※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。
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