が南中した頃、朱閣宮を一人の侍が訪れた。

「初めまして明渓さん、梨珍(リゼン)と申します」

切れ長の涼しげな目を縁取る長い睫が影をつくり、憂いを帯びた目元が印象的なそのは、そこにいるだけで香を放つようだった。

「お手間をおかけして申し訳ありせん。宜しくお願いします」

明渓は深々と頭を下げた。

「いえ、お気になさらず。他でもない香麗(シャンリー)妃のご依頼ですから」

梨珍はたおやかな笑みを香麗妃に向けた。年は二十代半ばだろうか、背は明渓よりも二寸ほど高くとしては大柄だ。でも、一つ一つの仕草がしっとりしく、らかな雰囲気なので威圧はまったくない。し低めの聲が卻ってその香を増しているようにさえ思える。

香麗妃が梨珍を呼んだのは、明渓に化粧を施す為だった。

梅(メイルー)妃の宮に行く事になったけれど、貴妃の時と異なり、明渓の顔を知っている侍がいるかもしれない。

下級嬪から東宮の侍になるなんて前例のない事で、他者に説明するのが大変難しく煩わしい。

そのことを香麗妃に相談したところ、「化粧上手な侍を呼びましょう」と言って來たのが梨珍だった。普段は別の場所で働いているらしい。

「綺麗なね。それから目の形がいいわ、意志の強そうな真っ直ぐ事を見據える目をしている。……でも、そうね……香が足りないって普段言われない？」

「……言われます」

にをはたきながら梨珍が痛いところを突いてきた。男にびを売るような格ではないが、親や親戚から「整った顔なのに香がない」とぼやかれていたことを思い出す。そして、こんなに香溢れる方に言われては返す言葉もない。

この瞬間、明渓の化粧の題目(テーマ)は香に決まった。

一刻後、化粧を施された明渓と白蓮は梅妃の宮に來ていた。

ほんのり桃のを目を取り囲むようにはたき、墨(アイライン)をし垂れ目になるようにれ朱を眥(まなじり)とにれている。いつもの強い目元が優しく憂いを帯びたものになるだけで印象が隨分変わる。

白蓮はチラチラと明渓を盜み見る。口元が半開きになっているけれど、今日あまり近づいてこないのは、彼なりに昨晩の行(おこな)いを反省しているからだろう。

「梅妃、件(くだん)の侍を連れて參りました。詳しく話をお聞かせ願いませんか？」

「あぁ、その事なんだがな……」

なんだが歯切れが悪い。

「まずは鳥を侍に見せて頂けませんか？」

「……た」

「はい？」

「逃げたと言っているのだ！！　お前達が來るのが遅いからこんな事になったのだろう！！」

明渓と白蓮は顔を見合わせる。目がひきつっていることから、お互いのを瞬時に読み取る。

「…………では、私達はこれで失禮します。鳥がいなければ霊を呼び寄せる事も出來ません。もう安心でございますね」

それだけ言って、そそくさと帰ろうする二人を梅妃が慌てて呼び止める。

「しかし、また戻ってくるかも知れないだろう？　とりあえず話を聞いていけ」

二人の前に侍が立ち塞がる。

『皇后の呪詛』をけた事をどうしても証明してしい妃は必死だ。そして聞けと言われれば、聞かざるを得ない。

明渓は諦めたように深いため息をついた。

鳥が騒ぐようになったのは十日程前からで、普段はピーピーと高くらしい聲で鳴くのに、日に數度ジャジャジャーと細かく何かをり合わせるような聲で鳴き始めたと言う。

鳥は普段、居間の窓側に置かれていて世話は侍が代でしていた。奇妙に鳴く時間は様々だけれど、日に一から三回ほどで、その際羽をバタつかせ暴れるらしい。

以前、いたちが後宮に紛れ込んだことがあり、その時も鳥が暴れだしたが奇妙な鳴き方をすることは一度もなかった。

「近くで鳥を飼っている宮はありますか？」

「沢山ある。左右隣と道を挾んだ向かいの宮も飼っている。イタチが紛れ込んだ時は他の宮でも鳥が暴れたらしいが、今回暴れ出したのはこの宮の鳥だけだ」

明渓の質問を待っていたかのように嬉々として梅妃が答える。周りの宮を帝が訪れたことはなく、帝の寵をけた自分の鳥だけに怪異が起こったと言いたいようだ。

白蓮は、隣の明渓の表が変わるの興味深く眺めていた。

いつもと違う化粧を施された明渓は、はんなりとした香を纏い、思わずその頬にれたくなるぐらいだった。それを昨晩の失態を思い出して頑張って耐えていた。

その明渓の目から、らかな香が消え強いが宿り始める。

（やっぱり、こっちの方が良いな）

「醫様？　何か言いましたか？」

「いや、何も……」

明渓は小首を傾げながらも視線を梅妃に戻した。

「話は分かりました。ところで鳥の品種は何でしょうか」

「知らない」

「……えっ！？　飼われていたのですよね？」

目を丸くして聞き返す明渓に、しきまり悪そうに梅妃は答えた。

「別に品種等知らなくても飼えるだろう。帝が來られた朝、綺麗な聲で鳴いていたのを二人で見つけたのだ。帝がやけに聞きっておられたので、宦を呼び捕らえた鳥だ」

そっぽを向き、八つ當たりするかのように言い放つ梅妃を見ながら、明渓は思った。

（貴に興味が無くなったから外を見てたのではありませんか？）

勿論立場はわきまえているので、余計なことは言わない。

「では、絵姿を誰かに描かせて頂けませんか？」

「絵姿か……。妾も侍も絵は得意ではないからな。この宮に招いたことがある妃嬪で鳥を見たことがある者に聞いてみよう」

明渓がやる気になったことに気をよくしたのか、絵心のある者を探してくれるようだ。

時間がしかかると言うことなので、とりあえず庭を見せて貰い、その後は醫局で待つことにした。

火、木、土曜日投稿します。時間16時前頃になる事が多いと思います。

※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。

犯人が分かられた方は、何故今回だけ鳴き聲が違うのか？　何故他の宮の鳥は騒がないか？　の謎解きを楽しんで頂ければ……。

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