《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》17.外出 2
「ごめんなさい! こんな事になるなんて」
先程から朱花(シュファ)と紅花(ホンファ)は同じことを繰り返して、何度も頭を下げている。
「いえ、私もつい、売り言葉に買い言葉で言ってしまいました。気にしないでください」
「で、でも。明渓に土下座なんてさせたら、東宮が何と言われるか……。それに青周様や伯蓮様も……」
朱花の顔がどんどん青ざめて行く。
「それは私が言い出した事がきっかけなので、紅花が気にする必要はないわ。あと、青周様と伯蓮様は全く関係ないし」
でも、とまだ申し訳なさそうに、紅花達は顔に手を當て下を向き途方に暮れている。
「それよりお願いがあるのだけれど」
紅花がパッと顔をあげた。
「何でも言って! 出來る事は全部するから」
「ありがとう。では、今晩この部屋に泊まらせてしいの」
「ここで……」
紅花は部屋をぐるりと見回す。
「分かったわ、強秀(ジァンシゥ)兄さんにはうまく誤魔化すから!」
紅花と朱花は顔を見合わせて頷いた。
それから、まだ部屋に殘って明渓に話しかける機會(タイミング)を狙っている洋秀(ヤンシゥ)を部屋の隅に引っ張って行く。
「兄さん、絶対に明渓に手を出さないでね」
「可い子だね。話するぐらい良いだろ?」
軽薄そうな笑いを紅花が睨みつける。
「あのね、明渓さんは…………」
紅花の説明を聞いた洋秀は、後退りしながら明渓を見る。顔が引き攣っている。
明渓は何を言ったかは敢えて聞かない事にした。
その夜、明渓は行燈の燈りだけを頼りに言狀を探していた。
とはいえ、晝間も探したし、それ以前に兄弟達も眼になって探している。聞けば、床板を剝がし、天井裏まで這い上がって探したらしい。
(となると、普通に仕舞っている可能どころか、通常考えられる隠し方をしている訳ではない)
もう一度本棚に向かうと専門書を手に取る。何度も読んだのだろう。本は手垢に汚れ、書き込みも至る所にしてあった。
(勉強家だったんだな)
引き出しを開ければ、布に包まれた簪があった。亡くなった妻の形見を大事にしまっているのだろう。
晝間見つけた時に聞いた話では、とても妻家で優しい人柄だったらしい。四人の子供を平等に扱い、全員に染の技を教えた。ただ、無理強いする事はなく、興味がない子供には他にしたい事をすれば良いと大らかに構えていたようだ。
修行から帰ってきた長男の考え方とは反りが合わず、口喧嘩も幾度かあったらしい。
「四人の子供……平等……真面目な格、染の技」
気になる言葉を口にする。
屏風を広げて見る。四面に桜、朝顔、彼岸花、椿が描かれている。
指先で顎をトントンと叩き始める。晝間から気になっていた。実用的なものしか無いこの部屋にどうして屏風があるのか。絵柄の雰囲気からして、亡くなった紅花達の母親が好んで使っていたのかも知れない。
指先でれるけれども、特に違和はじない。し厚みのある普通の紙のようにじる。そのまま、つつっと左上から右下へと指先をらせていく。
その指先が真ん中辺りでピタリと止まった。顔を近づけ、目を細めて指で何度も屏風の中心をでる。
(何かある?)
もしかしてと思い、行燈を屏風の後ろに置いてみた。そして前側に戻ると、裏から照らされている屏風に顔を近づける。
(…………!!)
明渓の目が大きく見開かれた。
紙は多なりとも燈りを通す。後ろからの燈りで屏風の紙は薄っすらとけて見え、その真ん中に小さな影がある。同じように四面全てを裏からかしていく。
そして大きく一つ頷いた。
(だとしたら……)
もう一度本棚に近づき數冊を抜き出す。
(どこまで理解できるか分からないけれど……)
薄明かりの中、本を捲る音だけが靜かな室に響いていく。その音が止んだのは、空がほのかに白んで來た頃だった。
一刻は寢られただろうか。起こしに來た紅花に、兄弟を皆呼び集めてしいと頼むと、明渓は簡単に支度を整えた。
「で、本當に言狀が見つかったんだろうな」
「いいえ、まだ見つかっていません」
「なっ、だったらどうして……」
朝っぱらから呼び集められたのかと不服をらす強秀の言葉を無視して明渓は話を進めた。
「私は言狀を探す事ができません。なぜなら、探す事ができた人こそが後継者となるからです」
一同が顔を見合わせる。
「ねぇ、明渓。それはどう言う事なの?」
明渓は屏風を持ってきて皆の前で開いた。次に、紅花に雨戸を閉めて貰うよう頼む。
部屋が真っ暗になったのを確認すると、屏風の裏から行燈の燈りを翳した。
「分かりますか? それぞれ四枚の屏風の中に手のひらぐらいの大きさの影がありますよね?」
四人はゴクンと唾を飲み込むと、屏風に顔を近づける。確かに四つの面それぞれ中央辺りに四角い影がある。
「この屏風は表面と裏面、二枚の紙がり合わさって作られています。作る時、その二枚の間に何かを挾んでり合わせたので、燈りをかざすとそれがこのように影になって見えるのです。そして、挾まっているのはおそらく布だと思います」
燈りを屏風から離し、代わりに四人に顔を照らして行く。戸う者、納得する者、表は様々だ。
「屏風からこの布を取り出す技を持っている、それが後継となる為の一つ目の條件です」
「條件……」
紅花が呟く。
「後継としての素質を持っているかを見極めるための言狀探しだと思うの。おそらく一つめの條件は指先の用さとか……あとは、紙も染も植を使うから……もしかして、り付けられている紙を綺麗に剝がす技や溶のようなを教えて貰っていない?」
昨晩読んだ本によると、染ではを定著させるため様々な特殊な溶を用いるらしい。それを応用させればもしかして……ただ、それ以上は素人の明渓は分からない。
しかし、紅花を除く三人には心當たりがあるようだった。
屏風の各面を繋いでいる金を外して、四枚の面に分けると一人一人が手に取って自室に戻って行った。
部屋に殘ったのは明渓と紅花と屏風が一枚。
「私、染に全く興味がなくて何も教えて貰ってないの。上に三人もいるでしょう、私が覚える必要ないって思っちゃって」
自嘲気味に紅花が笑った。
「これ、母さんが大事にしてた屏風なの。無理に剝がして傷つけるわけにはいかない」
「そうね、いいんじゃないかな。それで」
明渓は微笑みながら紅花の肩に手を置いた。もとより後継に興味がなかった紅花はそうね、とあっさり笑ったあと、朝食を食べようと明渓をってきた。
「先に食べてていいの?」
あの兄の格を考えると気が引けた。
「大丈夫よ。私達がいつ食べたか何て気にも留めないわ。父さんが生きている時はまだマシだっんだけど」
「……お父様は急に亡くなられたの? 部屋が隨分整理されていたようだけれど」
「今年の春、兄さんが帰ってしした頃に醫者から次の春まではもたないだろうって言われてたの。ずっと肺を患っていて。その頃からいろいろ辺整理をしてたみたい」
聞けば夏頃、屏風を修理に出していたらしい。
なるほどね、と呟きながら二人は臺所へと向かった。
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