《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》23.商隊 2
昨日の続きです。ゆるくお読みください。
「とりあえず必要な枚數を出來合いの品で見繕い、それ以外は反を選べばよい。後日作らせて朱閣宮まで屆けよう」
青周はそう言うと、目の前にある服をどんどん手に取り始める。
「あ、あの、青周様。お心遣いはありがたいのですが、お給金を頂いていますので自分で購出來る範囲で選ばせて頂きます」
朱閣宮の主人達からならいざ知らず、他宮の皇族に買って頂く理由はない。もとよりなりを飾る格でもないので、數枚あれば事足りてしまう。
「メイ、こんな時は気にせず買って貰えば良いのだ」
「しかし、買って頂く理由がありません!」
「男がに服を贈る理由なんて昔から一つだろう。がせる……」
ガツッ
良い音がした。
空燕が頭を押さえている。
「話がややこしくなるから、お前はどこかに行ってろ。あぁ、淑妃の元にも商隊がいるだろうから、たまには親孝行してこい」
「痛いなぁ、ここは俺の宮だぞ」
そう言いながらも、あっさりと空燕(コンイェン)は部屋を出て行った。青周は明渓に目線を戻す。
「理由は必要か?」
「はい、必要です」
即答された青周は、口をへの字にして宙を睨む。
「ならば俺の正妃にするか。夫が妻に服を贈るのに理由はいらな……」
「冗談を!!」
語尾が重なった。
二人の視線がぶつかる。
気のせいだろうか、小さく火花が散った気がする。
「俺は本気だぞ」
青周は溜息を一つつくと、をかがめグッと明渓の顔を覗き込む。
その黒曜石のような瞳に宿る真剣なに、明渓は不覚にも言葉を失ってしまった。
それが不味かった。
その一瞬の隙をつかれ、商人の群に放り込まれ、いつの間にか採寸まで始まり出した。
「あっちに行って下さい!」
「気にするな」
「気にします!!」
結局、明渓は服を二枚と反を一枚選んだ。その枚數に々不満をじた青周が、追加でいくつかの品を商人に渡していたが、明渓は気づかないふりでやり過ごすことにした。
商人達が帰ったあと、虎吼(フーホウ)宮の侍が珍しいお茶を淹れてくれた。珈琲という名で南國で採れる豆を煎ったり挽いたりして作るらしい。
明渓はすぐに帰るつもりだったけれど、ついついその獨特の匂いにつられて椅子に腰をおろした。
一口飲むと獨特の香りが鼻孔を抜け、舌に苦みと酸味が殘った。し苦みが強いと言うと青周が砂糖をれてくれた。
「青周様は空燕様と一緒だと、なんだか楽しそうですね」
「そう見えるのか?」
眉を顰め、憾だと言わんばかりの渋面を作ってはいるが、やはり楽しそうに見える。びびしていると言った方がよいだろうか。
「いつもは完璧過ぎて近寄り難い雰囲気があるのですが、空燕様といる時は歳相応の青年に見えます」
むしろく見える瞬間もある。
「意外だな。近寄り難いと思われていたのか」
「宮中一の丈夫でありながら屈指の剣の使い手となれば當然かと」
「……お前もそう思うのか?」
お茶を飲む明渓の手が止まった。目の前の貴人の寂しげな目に気づいてしまったからだ。
第二皇子として、軍の副將としての役割を期待され、その見た目ゆえ妙な注目も集めてしまう。でも、中はまだ二十歳の若者だ。
(この人は皆が思うよりずっと繊細な人だ)
明渓はそう思う。それゆえに自分の役割や皆が期待するあるべき姿を必要以上にじとって、それに近づこうとしてしまう。それでいて自分の存在が宮中のをさぬよう、脅威とならぬように気遣ってもいる。
母親を亡くした夜、誰もいない薔薇園に行かなければ、本音をらせないぐらいに窮屈な場所にを置いていると思っている。
「俺の周りに人が集まらないのは、近寄り難いのではなく、つまらない男だからだ」
誰に言うとでもなく、呟くように言葉が転がり落ちた。
明渓がどういう意味かと小首をかしげるのを見て、ぼそぼそと言葉をつなげ始める。
「東宮も空燕も何もないところからを作ることが出來る。誰もが思いつかなかった政策や、名前すら知られていない國との貿易で國に利益をもたらしている。でも、俺は違う。決められた枠組みの中で杓子定規な考え方しかできない。自分でもの小ささに辟易するときがある」
宮中で憧憬の眼差しを一に浴び、一目置かれている男の本音だった。
今まで誰にも話した事がないのが、明渓が相手だとなぜか言葉に出來てしまう。
「……私は侍として働いて間もないですが、ご兄弟が皆仲が良いことに驚いているのです。皇子が四人もいれば、後継者爭いが起こっても不思議ではありません。その均衡を保っていられるのは青周様のご盡力だと思います。役目を果たし、兄の片腕として働きながら、ご自の立ち位置を分かっていらっしゃる。今までに擔ぎ上げようとした人もいるでしょうが、それに利用されない賢さもお持ちです。杓子定規の何がいけないのでしょうか。規律(モラル)を分かっていらっしゃるからこその采配です。それは十分魅力的な長所ではありませんか」
明渓は一気に話し終えると息を整えた。もともと言葉數が多い方ではない。言ってしまってから自分でも驚いて、気持ちを落ち著かせるように珈琲を飲み込んだ。
青周も予想外の反応に目を丸くし、つられたように珈琲を手に持つ。
沈黙が暫くの間二人の間を流れた。
「……やっぱり、今すぐにでも嫁いでこないか?」
なぜそうなるかと、明渓の眉間に皺がった。
「私より相応しい方が世の中には沢山いらっしゃいます。強さが必要なら私がその方に剣技を伝授いたしましょう」
(こんな話出來る人間がそうそういるものか)
連れない返事は予想の範疇だ。
強引に手にれることは簡単だ、でもそれはしたくない。
目の前の無理難題をどうやって攻略するか。それこそ杓子定規の考えでは無理だろう。
青周は、珍しい飲みに舌鼓を打つ侍を飽きることなく眺めていた。
次話からはまた事件が起こります。再登場の子も。
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