「ところで、手持ちの外出著がなかったと聞いたがどうしてなんだ？」

話の出所は香麗(シャンリー)妃だろうか。ゆっくりと餡の方を口に含みながら明渓はそう考えた。

「だって、実家から持ってきた服は全て妃嬪が著るような豪華なばかりだし、それ以外は侍の服しかなかったから買いにも行けなかったもの」

「実家に言って送って貰えなかったのか？」

「実家には侍になったと伝えていないの。東宮に頼んで緒にしてもらっている」

次は餡子の方を口にする。でもこちらはまだ熱かったようでハフハフ言いながらごくんと飲み込んだ。

「口、火傷してない？　見てやろうか？」

當たり前のように指で口を開けようとするので思わずその手を払い落とした。不敬な態度だけれど、白蓮は嬉しそうだ。これぐらいの慣れ合った関係の方が居心地が良いと思っているのか、癖なのかは分からないが。

はたかれた手を大げさに振りながら

「何で言っていないんだ？」

「私は兄弟がいないの」

その言葉だけでおおよその事は理解できた。

地方では名の通った家の一人娘とあらば、必然的に婿を取らなくてはいけない。明渓は十八歳になった。丁度結婚適齢期だ。

後宮を追い出されたとなれば、勤め先がたとえ東宮の住む朱閣宮だったとしても、帰ってきて結婚しろと言われるのが関の山だ。

「そうか、それは言えないな」

「うん、蔵書宮の本を読み盡くすまでは」

その言葉に、白蓮のきが止まった。

「では、読み終わったら故郷で婿を取るのか？」

そう言われると、明渓は答えに窮してしまう。おそらくそうなるだろうと他人事のように思っている。実はないし、ましてやんでいる訳ではない。そもそも結婚について深く考えたこと自がない。

白蓮がまだ何か言おうとした

そんな時だった。

「誰か！　醫者はいないか？　人が倒れてるんだ！」

通りの向こう側から相を変えた男が転がるように走って來た。白蓮はその聲を聞くと、殘りの饅頭を口に強引に詰め込んで聲の主の元へと走って行く。明渓は懐紙を取り出して、殘りを包むと袂にれて後を追いかけた。

曲がりなりにも白蓮は皇族だ。何かあっては一大事になる。一人にしてはいけないと思っているし、いざとなれば守るつもりでいた。

「分かった、そこに案してくれ」

明渓がたどり著いた時には詳細を聞き終わったあとらしく、男は再び來た道を走って戻って行く。明渓は意味が分からないけれど、白蓮と一緒にそのあとに続いて人混みをうようにして走って追いかけた。

男が赤塗りの大きな門の前で止まると、門番らしき男が出てきて何やら話をしている。男達がじろりと明渓を足元から舐めるように見てきた。

「俺の連れだ。一緒に連れて行きたい」

その目線の意味が分かったようで白蓮がそう告げる。目線と會話の意味が分からずポカンとする明渓の前に、門番の男が木片を渡して來た。

「がこの門から外に出る時は許可が必要だ。あんたの顔は一応覚えておくが、この札無くすなよ」

手渡された札には、許可の文字と左端に日にちが書かれていた。左端の部分は何度も削った跡があるから、都度書き直して使っているようで、なかなか年季のった札だった。

キョトンとした表でけ取る。

「ここでは絶対俺から離れるな」

白蓮はきつい口調でそう言うと、明渓の手をぎゅっと握ってまた走り出した。

「ここだ！　早く！！」

男がって行くのは大きな朱塗りの建だった。でも、普段見ている建とは何だか様子違う。何と言うか、華やかと言うか、派手と言うか……

一歩足を踏みれると、その彩の多さと香の匂いに眩暈がしそうになった。

男は急かすように奧へと案しようとする。しかし、白蓮はそこで足を止めて男をじとっと睨んだ。

「本當に病人はいるんだろうな？」

「あぁ、さっきも言っただろう。男とが部屋で倒れてるんだ。の方は明日請けされるんだよ！　良縁なんだ、助けてやってくれ！　男はいいからだけでも！！」

男の必死の形相と、集まってきた達の懇願する様子を見て、白蓮はこくんと頷いた。

明渓の手をしっかりと握り直して男に付いて行くと、開けられた襖の向こうの寢臺の上に男が倒れていた。

倒れた男の口からは泡が出ている。顔も真っ青で苦悶の表を浮かべ、を掻きむしるような仕草をしたままかない。

どうやら毒を口にしたようだ。

白蓮は男の首に手を當て脈をとると、頭を橫に振りすぐにの方に向かった。同じように脈をとると、こちらは反応があったようで近くにいる者に水を持ってくるよう頼んでいる。

明渓は白蓮の近くで、でも邪魔にならない場所で黙って立っていた。

足音が聞こえて來たので振り返ると、派手な化粧をして著を獨特に著崩したが息を切らせて水を持ってきた。

流石に明渓も建にった時點でここが何処か分かっていた。派手な化粧の達は遊、ここは廓(くるわ)。あの門が建っていた場所が遊郭と外の境だ。

白蓮は懐から嘔吐剤を出して、水と一緒にの口に流し込んだ。

「何故こうなったか分かる人間はいるか？」

を吐かせながら聞くと、一人の遊が手を挙げた。

「俺が処置している間に知っている事を連れに話してくれないか？」

そう言ってちらりと明渓を見た。明渓は頷いて遊の元に向かう。

「話はこの部屋でしてくれ」

白蓮の言葉に遊は頷き、明渓を部屋の隅へと連れて行った。歳は濃い化粧でよく分からないけれど二十歳頃だろうか。倒れていたよりし若く見えた。

「あの……それで何から話せばいいの？」

遊は気が転している様で、オロオロとした様子で明渓に聞いてきた。

「では、誰が始めに見つけたのか、その時どんな狀況だったのかを教えてください」

明渓の言葉に遊は小さく頷くと、ごくんと唾を飲み込んで話し始めた。

最初に見つけたのは、彼自だった。

いつまで経っても客が出てこないので心配になって扉の前から聲をかけてみた。でも、返事はない。不安になってきて扉を開けて中にると二人が寢臺に重なるように倒れていた。

卓(つくえ)の上にあったのは空の徳利(とっくり)と杯。杯の一つは床に転がっていて割れていたらしい。異様な気配をじて二人に近づくと、男が泡を吹いたので慌てて男衆を呼んだらしい。

明渓は卓の上を見ると徳利と杯はそのままになっていた。割れた破片だけは、誰かが危ないと思ったのだろう、集められて卓の上に置かれている。他にや食べがないから毒はあの中にっている可能が高い。あとで白蓮が見るだろうと、徳利と杯はそのままにしておくように頼んだ。

「では、次にあの男が誰なのか、倒れたとどのような関係なのか、それから先程から良縁、請けという言葉を耳にしますがそのあたりの事を教えていただけませか」

「うん、分かった。あの男は姐さんの馴染客で木材の商いをしている男だよ。姐さんは、ずっと贔屓にしてくださっていたある方に明日請けされることが決まっていてね。その方は姐さんも慕っている方で、私達の世界では珍しいぐらいの良縁なんだ」

遊はそこまて話すと心配そうに倒れていたを見る。姐さんと言ってはいるが、こういう店の場合の繋がりに関係なく歳上遊をそんなふうに呼んだりする。

「あの男は姐さんにすごく執著していたんだ。だから昨晩來た時から不安でね。しかも、次の日の夕方まで姐さんと過ごしたいって凄い大金を積み重ねたんだ。斷れば良いのに、樓主は守銭奴だから喜んでそれをけ取って、挙句の果てがこれだよ」

遊は忌々しげに廊下を睨んだ。廊下から寢臺に目をやっている老が樓主だろうか。

「請けされる前に男が一緒に無理心中を図ったんだろうよ。ここでは無理心中は珍しくない話だ」

自嘲気味に言う遊の瞳を、明渓はじっと見ていた。

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春の推理2022 ネタが最近思いついたので、參加しようと執筆中です。でも、容がなろうっぽくないんですよね。読んで貰えるか不安。