《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》05
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エバンが左腳と右腕を失ったエインズを背負い、エバンの荷と地図を持ったシリカがその後ろを歩く。
シリカの目に涙はもうない。
あの場で半刻ほど泣き、次に立ち上がった時にはその目に悲しみはなかった。
「……いい目だ。もう二度とこの子の前でさっきの醜態を曬してはいけないよ。それは——、」
エバンは続けなかった。
「わかっています」
シリカの聲は小さいけれど、そこには力強さがあった。
エバンは殘酷な運命にいる男の子を背負いながら、先ほどのシリカの言葉を思い出す。
(この先もこの子には殘酷な運命が降りかかるだろう。だがきっと娘がこの子を導くはずだ。俺は、この子を導く娘を正しく育てる)
それがこの子のためになる。
エバンたちがタス村に戻ったのは夕方だった。
村に著くとそれぞれ解散し、エバンとシリカは家に戻った。
「ただいま、母さん」
エバンが扉を開け、その後ろからシリカがる。
「おかえり。……その子は?」
エバンの妻、シリカの母であるカリアは、夫の背に乗っている男の子に目を向ける。
「……シルベ村の生き殘りだ。ただ——、」
エバンが男の子をソファに降ろす。
「っ!」
カリアは目を見開いた。そして、目を伏せる。
およそ6歳の男の子のそのにこの子の將來を憂いずにいられる訳がない。
「この子のを清潔なタオルで拭いて俺のベッドに寢かしてくる。話はそれからだ」
それはこの子への接し方。シリカの覚悟。エバンたち家族のこれからのこと。
テーブルの上に置かれた豪勢な夕食。心ともに疲れ切った夫と娘のためにと用意した夕食だったが、それはとても靜かに、これまでで一番靜かな夕食となった。
食べ終わったあと、今後のことを決め、その日はすぐに眠ることにした。
それから3日後、いつものようにカリアが最初に目を覚まし、エバンとシリカを起こす。
「起きて、あなた」
エバンは寢起きよく、すぐにソファから起きる。
「いたたた」
ベッドを男の子の寢床としたため、エバンはソファでし窮屈に眠ることとなったのだ。
固まったをばすことでほぐす。
カリアは娘の部屋の扉を開け、布団をぐしゃぐしゃにしながら眠るシリカをゆすり起こす。
3人がテーブルについて朝食を取り始める。
「今日はまた山にらないとな。そろそろ雪が降りそうだ」
「そうね。朝晩の寒さがかなり厳しくなってきたものね」
「ああ。一応、冬を越すだけの食料は目星がついたが、あって困るものでもないからな」
「シリカは今日どうするの?」
「今日は道場に行かないと。顔を見せろって、ギースさんから言われてるの」
シリカはやれやれと肩をすくめる。
「だから、あの子の様子を見てから道場に行くわ」
「そうね。あの子もそろそろお腹を空かして目が覚める頃だものね」
カリアは小さく微笑み湯気の立つスープに口をつける。
その後も和やかに朝の時間を過ごし、食事を終える。
エバンは弓と剣をに著け出かけて行った。
「シリカ、食を持ってきてちょうだいね」
「わかってる!」
キッチンで使用した食を洗っているカリアに、日頃口酸っぱく言われているシリカが多苛立ちながら答える。
カリアのもとへ食を持っていき、そのまま濡れタオルとお湯のったバケツをもらう。「しっかり拭いてあげるのよ」
「わかってる」
今度は靜かに答える。
リビングを出て、階段を上り、エバンの寢室にる。今はシリカが助け出した男の子が眠っている。
「るわよー」
聞こえていないだろうけど一応言っておくか、とシリカが斷りをれる。
扉を開けると、そこには、上半を起こした男の子がいた。
「……えっ?」
一瞬呆気に取られたが、すぐに狀況を理解した。
シリカは思わずタオルのったバケツを落とす。
「お、お母さん! 來て! ……あの、えっと……、目を覚ました! 男の子!」
言葉が頭についてこない。
脈絡なく紡がれる言葉。
「なに言ってるの、シリカ?」
下からカリアの聲が聞こえてくる。
「いや、だから、男の子が起きてるの! ……あつっ!!」
今になって足にかかったお湯に意識が行く。
片足立ちでバランスを取りながら、お湯のかかった足を抱えて悶絶する。
「……あの子は、なにやってるのかしら」
呆れながら、ゆっくりとカリアがやってくる。
部屋にると、片足で飛び跳ねている娘と窓の方に目をやる男の子が見えた。
「……目が覚めたのね」
「だから、そうだって言ってるじゃん!」
「あんな言い方だと分からないわよ、まったく」
カリアは娘をひとまず置いておくことにして、男の子のもとに寄ってかがみ込む。
「目が覚めた?」
カリアはできるだけ優しく聲をかけた。
「……」
男の子は窓から目を離し、カリアの方へ向く。
髪は銀でシリカよりも長くびている。喜怒哀楽の何のもこもっていない表。目は開けているが、果たして見えているのか、何も映っていない。
しかし、カリアと目が合っているのできっと見えているのだろう。
「おなか、空いた?」
「……」
男の子は何も答えず、じっとカリアを見つめる。
「もしかして、言葉が分からないのかしら」
シリカがカリアに訊く。
「そんなことはないわよ。シルベ村もタス村も言葉は同じだもの」
カリアの発した「シルベ村」という単語に男の子は肩をぴくっとかしたが、それだけだった。
その様子をシリカは見ていた。
言葉は分かる。今の反応から會話も聞こえている。
だったら言わなければいけない。この子に教えなければいけない。
「きみの村、シルベ村、……なくなっちゃったわ」
後半につれ、シリカの聲が消えかかる。
「…………しってる」
男の子の聲が小さく広がる。
「……お父さんも、みんなもがんばってくれたけど、きみ以外に……、だれも見つけられなかった」
「……しってる」
「きみを瓦礫の中から見つけ出したときには、……そのときにはもう腳と腕が」
シリカが目を伏せながらいう。
「しってる。全部、しってる。……見てたから。何もせずに、見てたから」
「……」
男の子は、失った腕や腳を憂いなく、一瞥もせず、ただただそう述べた。
「今は気持ちの整理が出來てないだろうから、し一人にしてあげたら?」
カリアがシリカの肩に手を置く。
「そう、よね。……きみ、名前は?」
「エインズ」
「そう、いい名前ね。わたしはシリカ。こっちはお母さんのカリア」
「カリアよ。ひとまずごはんを作るから席を外すけど、食べられそうだったら食べてね? シリカ、準備を手伝ってくれないかしら?」
「分かった」
カリアとシリカが部屋を出た。
出る間際、エインズがぶつぶつと何か呟きながら左手をかしているのをシリカは見た。
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