《魔力ゼロの最強魔師〜やはりお前らの魔理論は間違っているんだが?〜【書籍化決定】》―33― ミレイアの部屋
放課後になった。
ミレイアの部屋に行くのが楽しみで午後の授業はあまり集中できなかった。
早く悪魔が見たい。
一応、ビクトル、シエナもったが、ビクトルには拒絶されシエナはそもそもおうとしたときには教室にいなかった。
「部屋に男の子をいれるのって、なんだか張しますね」
寮の部屋の前でミレイアがそんなことを言う。
「そうか……?」
俺は部屋に誰をれようが張しないけどな。
「アベルくんって、あまりそういうことに興味なさそうですよね」
そういうことがなにを指すのかわからなかったので、曖昧に頷いておいた。
ミレイアの部屋はきちんと整頓されていた。
とはいえ大部分は俺の部屋とそう変わらない。まぁ、住む前に家とか一通り揃っていたからな。
他の生徒も裝に変化はあまりないのだろう。
「それじゃ、早速だけど見せてもらっていいか」
「はい、わかりました」
そう言って、ミレイアは手のひらを下に向けるようにして前にばす。
「〈召喚《エヴォケーション》――フルフル〉」
悪魔に限らずなんらかの霊を呼び出すには二つの方法がある。
〈降霊《インバケーション》〉と〈召喚《エヴォケーション》〉。
〈降霊《インバケーション》〉はの中に呼び出すのに対し、〈召喚《エヴォケーション》〉はの外に呼び出す。
今回の場合は〈召喚《エヴォケーション》〉のため、悪魔がをともなって姿を現した。
「ニュキ」
聲の発生源は下にあった。
「隨分と可らしい悪魔だな」
床にいたのはピンクの丸いとしか言いようがない存在だった。黒い小粒な瞳もついている。
「よく言われます……」
と、ミレイアが恥ずかしそうに呟く。
しかし悪魔という存在を初めてみたな。
悪魔というと邪悪なイメージがあるが、こうして見ると意外とそうでもないことに気づかされる。
りたい。
そう思ったときには手をばしていた。
「あ」
と、ミレイアが短く言葉を発する。
と、そのとき――。
ビリッ、と全に雷のような衝撃が走った。
その衝撃で俺のは後方に倒れた。
「ご、こめんなさい。私以外がると雷が発生するんですよ」
ミレイアが慌てて頭を下げる。
「いや、貴重な経験ができた。ありがとう」
全痺れて痛いが、それよりも貴重な経験ができたことに対する謝の気持ちのほうが度合いが大きかった。
「そんなことより怪我をなんとかしないと」
「この程度ほっとけば治るだろ」
「そういうわけにいきません、ああ、どうしたらいいのか……」
ミレイアの慌てっぷりに見ているとこっちが疲れてしまいそうだな。
「えっと〈治癒《サングリア》〉」
と言って治癒魔を扱う。
まぁ、治癒してもらえる分にはかまわないので大人しくけるが。
「ああ、やっぱり私、治癒魔が苦手なんですよ……」
その言葉通り、がうまく治らなかった。
見た限り魔の構築に不備は見當たらないが……。
「相が悪いのかもな」
どんな人にも得意不得意があるように魔の分野でも同じことがいえる。
「う~っ、こうなったらポーション買ってきますね!」
そう言って、ミレイアは部屋を出ていってしまった。
ポーションを飲めば確かに傷は回復する。
ポーションの場合、治癒魔と違い魔力を消費しないのが利點だ。學校の売店にでもいけば、ポーションは売っているんだろうか。
「取り殘されてしまった」
せっかくだし悪魔をより観察しようかと思い、辺りを見回すがいない。
もしかしたら主人であるミレイアについていったのかもしれない。
ならば、ミレイアの魔の研究資料でもないかな、と部屋をキョロキョロ見回す。
他人の研究資料を勝手に見るなんて、道徳的に考えたら最低な行為なんだろうが、知的好奇心の前にそんな常識は取り払われていた。
ふと、気になるものを見つける。
機の上に紙の束があった。
もし研究資料なら無造作すぎるから、流石に違うかと思いつつ手に取る。
「暗號で書かれているな」
人によっては盜まれないように暗號を用いて書く人はいるが……
「どう見ても研究資料だな」
暗號で書かれていようとなんの資料かは一通り見ればわかる。
よし解読しよう。
そう思って、目を通していく。
暗號ってのは、本來の文字をなんらかの法則で別に文字に置き換えていくことで作られる。
暗號を解読するためには、まず本來の文字を推測し、実際に書かれている文字と見比べることで法則を見つけていけばいい。
例えば、魔法陣には必ず神を表す文字と、世界の始まりの経緯を文字で書く必要がある。
それらの言葉が暗號に書き換えられていたとしても見つけるのは容易だ。
文字數や文字のパターンが必ず一致するからだ。
それらのことを念頭に俺は素早く暗號を解読しようと、目をかす。
……あれ?
研究資料に対し、俺はどうしようもない違和を覚えていた。
なんだこれは――?
「――なにしているんですか?」
暗號の解読に夢中ですっかり忘れていた。
ミレイアがポーションを片手に後ろに立っていた。
「ああ、無造作に置いてあったからな。つい手にとってしまった」
「まさか読んでいないですよね」
ミレイアの言葉はいつもと違いどこか平坦だった。
いつもの笑顔は消え、異様に見開いた目でこっちをじっと見つめている。
読もうにもなにを書いているかさっぱりわからなかった、と穏便に済みそうな言葉を頭に浮かべるが、俺の口から出た言葉は全く別のものだった。
「お前って、もしかして異端者だったりする?」
好奇心は貓を殺す。
そんなことわざがふと頭に浮かぶ。
「霊域解放――混沌の境域(カオス・アーレア)」
瞬間、世界が塗り替えられる。
寮の一室にいたはずなのに、気がついたときには異様な世界に飛ばされていた。
異界とでも表現すべき、異様な景。
すべてが真っ黒。
空も足場も含めて。
なのに、自分の姿は視認できる。
ミレイアの姿も同様に。
だがミレイアの姿はなぜか上下逆さまだった。不思議だ。
「やはり、あなたも異端者のようですね」
ふと、ミレイアが意味深なことを呟く。
「あなたの神の名前を教えください」
そう言って、ミレイアは俺のほうを睨みつける。
話が見えてこない。
なにかを勘違いしているのか?
「なんで、黙っているんですか……」
「えっと……まず、名乗るならそっちが先じゃないのか?」
そう俺が言うと、ミレイアは「ちっ」と舌打ちのようなことをし、吐き捨てるように言葉を述べる。
「偽神アントローポス。それが私です」
偽神。その言葉がでた瞬間、全を鳥が駆け巡った。
8年前の偽神の襲來。
そのとき先導したのは偽神ゾーエーのはず。
その偽神がこうして話しかけてきた。
正直信じられないが、この異界は偽神でないと創れないはず。だから、目の前の存在が異端だと納得できた。
「私は名乗りました。あなたの名前を教えて下さい」
ふと、ミレイアが俺に呼びかける。
察するにミレイアも俺のことを異端と疑っている。
「俺の名前はアベル・ギルバートだが……」
「ふざけないでください。私が聞いているのは神のほうの名前です」
やはり、そうか。
ミレイアは俺も偽神の1だと疑っている。
噓をつくことになるが、あえて良さげな偽神の名前を名乗るか。いや、偽神相手に下手な駆け引きは危険だ。ここは正直に言うべきだ。
「俺は正真正銘アベル・ギルバートだ。偽神との関わりは一切ない」
「…………」
彼はジッと観察するように見ていたかという、パチクリと瞬きをした。
瞬間、左腕が斬れた。
なにかで斬られたわけではない。
なんの前れもなく、唐突に左腕が斬れたのだ。
あ、めちゃくちゃ痛い。
しぶきをあげる左腕を必死に右手で押さえる。
「偽神であれば抵抗できるはず。本當にただの人間?」
「そんなことよりこの腕をどうにかしてくれ」
さっきから痛くて痛くて仕方がない。
「はぁ……わかりましたよ」
投げなりってじでミレイアがそう口にした途端、腕がなんの前れもなく完治していた。
「す、すごいな」
心から稱賛してしまう。
こんな力、魔の枠を超えている。どう見ても、目の前のそれは偽神だ。
それにしても、まさか偽神と出會うことになるとは。
學院に行けば、アゾット剣など〈賢者の石〉の研究のヒントと出會えると思っていたが、流石に偽神と出會えるなんて予想だにもしなかった。
うまくいけば、偽神ゾーエーの呪いについても聞き出せるかもしれない。
「それで、なんで私が異端とわかったんですか?」
「研究資料を見たからだ。魔構築が通常のと違ったからな」
「よくそれだけで異端だとたどり著けましたね。普通わかりませんよ」
呆れたふうにミレイアはそう言う。
「それで、あなたは何者なんですか?」
「何者って、言われてもな。普通の魔師のつもりではあるんだが」
「あなたが魔師でないことは気がついています。魔力ゼロの人間が魔を扱えるわけがありません」
「それは調不良で魔力を計測できなかっただけで、俺には微量ながら魔力が……」
「それで他の人を騙せても私は騙せませんよ」
そう言ってミレイアは上下逆さまのまま俺に近づき、指を突き刺す。爪が額にめり込む。
「験での戦いも見ました。あれはどう見ても魔の範疇を超えている。だから、あなたを異端だと疑って警戒していたんです」
「俺に話しかけたのは俺のことを探るためってことか」
「はい、そうです」
ミレイアは肯定した。
どうやらミレイアには俺の魔が原初シリーズと矛盾していることをお見通しってことらしい。なら、正直に言うしかない。
「俺の魔は原初シリーズとは全く異なる魔理論に基づいて構築されているからな。別に偽神を崇めているわけじゃない」
「意味わかりませんね。偽神以外に原初シリーズから逃れるは……」
ミレイアが一度口を噤んでから、俺から視線を外し、ふと口にした。
「科學ですか?」
ミレイアは困げにそう言って、
「科學なんて概念があるんですか?」
明らかに俺以外の誰かと喋っている。その誰かがミレイアに科學という単語を教えたのだ。
「誰と喋っているんだ?」
「あぁ、すみません。偽神アントローポスと會話をしていまして」
「お前が偽神なんじゃないのか?」
「私はあくまでも偽神の依代であって、私自はただの人間ですよ」
「そうなのか」
偽神が人間を依代にするなんて聞いたことがないだけに驚く。
「その偽神アントローポス様はなんて言っているんだ?」
偽神アントローポス様の機嫌次第で俺の処遇が決まるわけだから心おっかなびっくりだ。
「私の配下になるなら殺さないでやる、と言っています」
なるほど、そうきたか。
「わかったよ」
肯定する以外の選択肢がない件について。
気がつけば異界は消え、元のミレイアの部屋に戻っていた。
「それで俺はなにをすればいいんだ?」
不可抗力とはいえ偽神の配下になったのだ。命令されたら従わざるを得ないだろう。
「今すぐ、なにかをしてくれってことはありません。ただ、私のこと誰にも喋らないでください。喋ったら殺します」
「それはわかったけど……」
命は惜しいし、それに誰かに言ったところで信じて貰えそうにないからな。
「だが、なんで偽神がこの學院に通っているんだ? その理由ぐらい聞かせてくれてもいいだろ」
「そんなの一つに決まっているじゃないですか」
ミレイアは両手を広げて口の両端をつりあげて、笑っていない目でこう告げた。
「この學院の生徒たちの救済です」
と。
生徒の救済。それを文字通りけ取るほど、俺も馬鹿ではない。
偽神が救済といえば、やることは一つだ。
全生徒皆殺し。
ふむ、これは厄介な沼に足を踏みれてしまったらしい。
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