《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》月浴と闖者 02
學校で頑張りすぎたマイアは、卒業して聖認定をけると同時に第一部隊への同行を命じられた。
今年でこの遠征に參加するのは三年目になる。
思えば初めて出會った時からアベルの態度は酷いものだった。値踏みするような眼差しと冷淡な言葉に、お前のような下賤なとの結婚なんて認めないと言われているような気分になった。
結婚の噂が出回り始めてすぐに、一度だけ勇気を振り絞ってどう思っているのか聞いてみたことがある。
帰ってきた言葉は、「王命が出ればけれる」という淡々としたものだった。
生まれながらの王族であるアベルには、政略結婚は當然のものなのだろう。そしてそれは聖となったマイアにも當てはまるものだ。
孤児院出のお針子として食い詰めて街娼になるよりはずっといい。
王子妃になれば當時では考えられないくらいの贅沢ができるのだからこちらも割り切るだけだ。立派な聖になるために努力をしたのは、そもそも充実した食住の為である。
――そう結論付けはするものの、マイアも人間だから嫌な態度を取られれば腹が立つ。
権力者に盾突いて不敬罪に問われたら困るから、絶対に自分の心の中だけで収めると決めているけれど。
一緒に食事をした時の事を思い出したらまたムカムカしてきた。怒りを鎮める為に、マイアはごろりと橫になって上空の満月を見上げる。
その時だった。視界に突然人影が飛び込んできた。
何の気配もなく唐突に現れた男の姿にギョッと目を見開くのと、容赦なく左腕を踏まれるのは同時だった。
「いっ……!」「うわっ!」
マイアは痛みの、男は驚きの悲鳴をほぼ同時に上げる。
まだ《認識阻害》の魔が持続している狀態だったのだが、あまりの痛みに悶絶したため魔が切れた。
「えっ、と……聖様……?」
恐る恐る聲をかけられて、マイアは足を踏み付けてくれた男がまだ年若い青年だということに気付いた。
「何でこんな所に……」
「……眠れなくて。し息抜きをしに來ただけ」
マイアは警戒しながら返事をした。
若い男は狼。學校でも聖認定をけてからも何度も何度もマイアは周りから言い聞かされていた。
もし何かこの男が変な真似をしてくるようなら最大限の抵抗をしなければ。
マイアはを起こすとさりげなくマントで隠すようにしながら護用の魔を手に取った。
遠征中の聖には、魔蟲対策と人対策、二種類の使い捨ての魔が萬一の時の為に支給されている。
魔というのは魔師が魔の準備時間(キャストタイム)を短するために式を込めて作った道である。
発には魔力を込めなければいけないので魔力保持者にしか使えないが、羽筆(クイル)で式を書くという手間が不要になるので重寶されている。
ただし使い捨てのものであっても作には月晶石という希な鉱石が必要になるのでとても高価だ。何度も繰り返し使えるものとなると家一軒買えるほどの価値があったりする。
今マイアが手にしているのは人間対策の魔で、中に火の魔が込められていて、魔力を込めて投げ付けると小規模な発が発生するという代だった。
「えっと……ごめんなさい! 俺、今、聖様の事踏みましたよね? 大丈夫ですか!?」
マイアの警戒をよそに、青年は慌てた様子で話しかけてきた。
「大丈夫よ。聖は自然治癒力が高いから頑丈なの」
の治癒魔力は聖自のを、常に萬全の狀態に保つ効果がある。
そのおかげで魔力が急速に目覚めた十二歳の時、栄養狀態が悪かったせいでボロボロだった歯や荒れたは徐々に綺麗になっていった。
治癒魔力のおかげで特別な手れなんてしなくても、今は常にはすべすべだし髪もつやつやだ。
これで髪が赤茶じゃなくて金髪だったら完璧だったけれど、ないものねだりは贅沢というものだろう。
既に青年に踏まれた所は痛くない。だけど青年は改めて深々と頭を下げた。
「それでも痛かったですよね。本當に申し訳ないです。俺、聖様には傷を治してもらった恩があるのに」
「そうなの?」
「はい。覚えてませんか? 俺、聖様に二日前にお世話になっています」
「そうだったかしら」
遠征中は毎日のようにたくさんの怪我人の治療をしているから、一々誰を癒したかなんて覚えていない。
特に二日前は魔蟲化した大型犬サイズの軍隊蟻の群れに出くわしたとかで、いつもより怪我人が多く忙しかった。
「ヘマして蟻の酸に右半やられちゃって……聖様が治療して下さらなかったら、この格好いい顔がとんでもないご面相になる所でした」
そう言って青年はへらりと笑った。
いくら夜目が利くとは言え暗闇の中なので、青年の顔まではわからなかった。髪のが濃くてふわふわしている事と、兵士にしては付きが細い事はわかる。
服裝が正規兵のものでは無いということは恐らく傭兵だ。
魔蟲の討伐は、正規兵だけでは手が足りないため、傭兵ギルドに依頼して腕利きを回してもらっているのが実だ。
魔蟲の骸は高値で売れる。固い外皮やしい翅(はね)は様々な工蕓品や武の素材になるためだ。
また、蜂型魔蟲のや蜘蛛型の糸、ホットスポットにしか生えない珍しい薬草などの副産が手にる事もあるので、魔蟲狩りを専門とする傭兵は、腕に覚えがあればかなり実りのいい職業だった。
しかしその日暮らしの職業だから傭兵には気の荒い者が多い。警戒は緩めるべきではない。
「の表面が焼けた程度なら治せるけど、怪我の程度があまりにも酷いと治せない。私たちの治癒は萬能じゃないから怪我には気を付けてね」
「知ってますよ。の鳩尾から上の臓、脳、それから四肢や目なんかの欠損した場合は厳しいんですよね。俺もこの稼業長いですから、聖様に治療してもらったのは実は初めてじゃないんです」
「傭兵なの?」
「はい。一つ所に留まるのはできない質(たち)なんで。あ、これあげます」
そう言いながら青年はその場で屈むとマイアに手を差し出してきた。
「……何?」
「飴ですよ。疲れた時は甘いものが一番です」
手を差し出すと、手の平にぽとりと紙に包まれた飴玉が落とされた。
「本當は聖様、月浴をしに來たんじゃないんですか? すごくお疲れのように見えます」
青年の指摘にマイアはぎくりとを震わせた。
「傷の治療はにはキツいですよね? 結構ぐちゃぐちゃのドロドロで」
「……そうかもしれないわね」
骨や臓が出した怪我人や凄慘に食い荒らされた、大量のの匂い。
嘔吐し、眠れない夜を過ごしたのは見習い聖として遠征に同行した最初だけで、今はもう覚が麻痺したのか、負傷兵を見ても何もじなくなった。
だけど慣れたと思っていただけで、本當は違ったのかもしれない。
なぜなら人間関係が面倒なのは普段過ごす首都でも変わらない。
遠征中はアベルとの接點が増え、冷淡な態度や言いに腹が立つが、首都は首都で別の面倒臭さがある。
マイアは普段、國王の居城であるヒースクリフ城の施療院に詰めている。
施療院では常に聖が詰めて治癒魔を施しているが、聖の治療をけられるのは、役所の許可を得た患者と軍人に限られている。
聖は貴重だから、その治癒の奇跡は國に管理されていて安売りはしていないのだ。
なお、月に一度だけ市民に聖の治癒が開放される時があるが、その時は國中の町や村から治療をむ人が集まり長蛇の列ができる。
施療院でのマイアは異端者で群れから弾かれる存在だった。
第一に平民の孤児という賎しい出自。
第二に魔力の発達が遅く、他の聖よりも六年遅く學び始めた事。
第三に學び始めが遅かったにも関わらず、高い治癒能力を示し、第二王子の妃候補と言われるようになった事。
これらの要因により、同僚の聖だけでなく貴族からもマイアは様々な悪意ある視線を向けられる存在となった。
なお、マイアはまだアベルの妻になると決まった訳ではない。
アベルは王太子である兄のヴィクターと違って魔師ではないので、他の世襲貴族出の魔師と娶(めあわ)せた方がいいのではないかという意見があり、國の上層部ではめているらしい。
年回りが合えばヴィクターに嫁がされたのだろうが、生憎一回り年上の王太子は既に貴族出の聖を妻として迎えていた。
マイアの嫁ぎ先は國の思で決められる。
誰に嫁がせるのが次代に魔力や治癒の魔力質を伝させられる確率が高いのかが一番の上層部の関心事で、まるで家畜の品種改良みたいだ。
今マイアは二十一歳だ。だから國の上層部としては、気軽にける未婚の聖の數を考えると、あと二年くらいはマイアには未婚のままでいてもらいたいらしい。
唯一の救いはフライア王妃がマイアに同的で何かと気にかけてくれる事である。
誰よりも強い規格外の治癒魔力を持つ事から王妃として迎えられたフライアの出自もマイアと同じ平民だ。ただ、フライアの実家は首都でも有名な商家なので、マイアよりずっと育ちはいい。
それでも生まれのせいで々と言われて苦労してきた人で、マイアの事も他人事とは思えないのだと言って々と良くしてくれた。
王妃が味方になった事で、王妃を深くしている國王もまたマイアに好意的だった。
國王夫妻の後ろ盾は更なるやっかみを生んだが、そのおかげで表立って何かをされるという事はなかったのでマイアの中では差し引きゼロである。
國王が手配してくれた護衛と侍に守られたマイアに的危害を加える者はいなかった。
口の一つや二つや三つ、孤児院の新りいじめに比べたら可いものだ。
孤児院時代は暴力や食事を奪われるなどのに害のある嫌がらせが日常茶飯事だった。それとを売っていたかもしれない未來に比べたら、聖の生活は多いびられても許容範囲である。
で野生の聖だとか雑草聖なんて言われていたけれど、野生上等雑草上等だ。野生のも雑草も、品種改良された家畜や農作より強いのだから。
「……聖様、大丈夫ですか?」
青年に聲をかけられ、マイアははっと過去の回想の世界から我に返ると、頭を軽く振った。
「あなたの言う通り疲れていたみたい」
取り繕うように告げてから、手の中の飴玉を見つめる。
「……これは後で食べさせてもらうわね」
飴をガウンのポケットに仕舞おうとしたら、クスリと笑われた。
「もしかして警戒なさってますか? 変なものなんてってないですよ」
青年の言葉にマイアはぎくりとする。そんなマイアをよそに、青年はポケットからもう一つ飴玉を取り出すと口の中に放り込んだ。
「何種類かのハーブを煮出したに練と蜂を加えて固めたものです。何なら魔で浄化なさってくださって構いませんよ? 聖様なら使えますよね? 毒を消す魔」
青年の言う通りマイアには《浄化》の魔の心得がある。
……というか、この魔は、聖にとって一番使用頻度が高い魔だ。
《浄化》は、人に悪い影響を與えるものを取り除く魔である。魔蟲の毒をけた時や、化膿止めの効果が期待できるため頻繁に使う。
青年がこの魔を使ってもいいというのなら使ってやろう。
マイアは羽筆(クイル)を取り出すと《浄化》の魔を飴玉にかけてから口の中に放り込んだ。
甘い。味しいのがちょっと腹立たしい。
「どうですか? 聖様」
「悪くないわ」
「それは良かった」
青年が屈託なく笑う気配が伝わってきた。
「どうして夜中にこんな所にいるの?」
「同じ天幕の奴のいびきが猛烈で……気になってどうしても眠れなくてちょっと散歩に」
「明日も早くから討伐に出るんでしょ? 睡眠不足だと辛いんじゃないの?」
「まあそうなんですけど。聖様に會えたから差し引きゼロかなって」
差し引きゼロ。それはマイアが嫌な事があった時に自分に言い聞かせる言葉だ。
その単語が青年の口から飛び出してきた事で何だか毒気が抜かれてしまった。
「手にれても構わない?」
「え? それは構いませんけど……」
マイアは立ち上がると、戸う青年の手を取って魔力を流した。
疲労が取れるようにと祈りを込める。
「聖様、これは……」
「飴のお禮よ。寢不足で怪我したら私の仕事が増えるでしょ」
「飴のお禮にしては貰いすぎですよ! あの、俺、ルクス・ティレルって言います。聖様、いつかあなたに何かあったらお返しさせてください」
青年の名乗りにマイアは目を見張った。ルクス・ティレルという名前の魔蟲狩り専門の傭兵に聞き覚えがあったからだ。
細のに似合わず魔蟲の弱點である核を固い外皮ごと的確に刺し貫く技量を持った天才剣士。その剣は、まるで剣舞を舞うように華麗なのだと聞いたことがある。
普段は単獨でホットスポットに潛り魔蟲狩りに従事するフリーの傭兵で、國側から特別に招いて毎年討伐に參加してもらっているという噂である。
マイアも遠目に彼を見た事があるが、確かに目の前の青年はその特徴に一致していた。
ふわふわの焦げ茶の髪に茶の瞳、頬に散ったそばかすが特徴の二十代前半に見える青年だったと記憶している。
「もしかして俺の名前、ご存知だったりしますか?」
「……聞いたことはあるわ」
「栄です。聖様にも知られてるなんて」
嬉しそうな聲に不覚にも心臓が高鳴った。
有能な傭兵とこうして言葉をわした事はいつか何かの役に立つかもしれない。
「小さいけれど貸し一つでいいのかしら?」
「小さくなんてないですよ。聖様には怪我も治して頂いてますから。本當にありがとうございました」
そう言ってルクスは頭を下げた。
「そろそろ戻りませんか? 送りますよ」
「結構よ。実は魔でこっそり抜けてきたの。だから送られるのは逆に迷」
「そうですか。じゃあ俺はそろそろ戻りますね」
マイアの言葉にルクスはあっさりと引き、再びぺこりとこちらに一禮してから去っていった。
(変なやつ)
一人殘されたマイアは心の中でつぶやいた。
星の見守り人
如月 星(きさらぎ せい)はごく普通の宇宙好きな天文探査官だった。 彼は銀河連邦の公務員で有り、科學や宇宙が好きだったので、宇宙探査船に乗って、宇宙探査局の命令に従い、のんびりと宇宙探査をしていた。 辺境の宇宙を しかし彼の少々変わった才能と、ある非常に特殊な遺伝的體質のために、彼は極めて特殊な計畫「メトセラ計畫」に関わる事となった。 そのために彼は萬能宇宙基地とも言える宇宙巡洋艦を與えられて、部下のアンドロイドたちと共に、宇宙の探査にでる事となった。 そしてある時、オリオン座のα星ベテルギウスの超新星爆発の調査に出かけた時、彼のみならず、人類全體の歴史と運命を背負う事になってしまった・・・ これは科學や探検が好きな一人の人間が、宇宙探検をしながら、しかしのんびりと暮らしたいという矛盾した欲求を望んでいたら、気が遠くなるような遠回りをして、ようやくその願望を葉える話である!
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