《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》樹海を征く 02
飴を舐めながらその場に座り込んでからほどなくして、誰かがこちらにやってくる気配がした。
しずつ大きくなる落ち葉を踏みしめる足音に張が高まる。
結界があるとはいえ本當に大丈夫だろうか。木の幹のから固唾を呑んで見守っていると、正規兵の軍服にレザーアーマーをに著けた男が五人、連れ立ってこちらにやってくるのが見えた。
五人は小隊の構人數だ。兵士たちはマイアの痕跡を探しているのか、周囲を見回しながら無言で通り過ぎていく。
その姿が見えなくなって、ようやくマイアは息ができるようになった。
「マイア、そろそろ解いていい」
ルカに聲を掛けられるまで張で結界維持中である事を忘れていた。
マイアは式に供給する魔力を斷つとふうっと大きく息をついた。
「一応の確認だけど魔力は大丈夫?」
「うん。魔力は結構ある方だからこれくらいなら全然平気」
マイアの魔力量はイルダーナの魔力保持者全の中でも上から數えた方が早い。
だからこそ雑草とか野生なんて口を叩かれて來た事を思い出すとムカムカした。
◆ ◆ ◆
整然とした魔式とか機敏な作などから、なんとなく強いんだろうな、と思っていたルカの実力を目の當たりにする機會は唐突に訪れた。
――大型犬ほどのサイズの蜻蛉(とんぼ)型魔蟲に襲われたのだ。
休み休み移して、ちょうど太が天頂に差し掛かろうかという時だった。
魔素の影響により変異した魔蟲は、本能的により強い魔力を求める質がある。
高い魔力を持つ魔師、そして聖は連中にとっては同族に並ぶご馳走だ。
魔蟲の覚は時に魔師の知範囲を超える。そいつはそれだった。
先導するルカが唐突に立ち止まり、マイアは眉をひそめた。
どうしたのかと確認する前に、ルカは羽筆(クイル)を取り出すやいなや、空中に半ば毆り書きの魔式を書き始める。
その作でマイアは急事態が起こったのだと悟った。
ルカが式に魔力を流すのと、そいつが上空から襲いかかって來たのはほぼ同時だった。
バチバチと火花が散って、完した魔による防壁に何かがぶつかる大音響が響き渡った。
蜻蛉型の魔蟲だと認識できたのはその時だ。マイアは恐怖に直し、その場に立ち盡くす。
ブブブブブ……という耳障りな羽音を立てながら魔蟲は上空に舞い上がり、空中でホバリングしながらこちらを窺うようにギョロギョロと複眼をかした。
ルカは冷靜だった。左手で魔の防壁を維持し、二度目の魔蟲の空からの突進を防ぎながら、羽筆(クイル)を持つ右手で改めて魔式を書き直した。
「マイア、新しい壁の発と維持を頼む?」
「っ、わかった!」
マイアはルカが空中に書いた新たな魔式にれると魔力を流した。
二枚目の防壁が形されるのを確認してから、ルカは一枚目の壁を解除し、重い背嚢をその場に投げ捨てるように下ろした。そして腰ベルトに固定したれから先が二に分かれた棒の形狀をしたものを取り出す。
(パチンコ?)
いや、違う。木の枝で作られる子供用の玩ではなくて、しっかりとした造りのそれは、スリングショットと呼ばれる投石用の武だ。
スリングショット自の歴史は古いが、飛躍的な進化を遂げたのは五十年ほど前の事だ。
高名な海洋冒険家がこの大陸に持ち帰った南國のゴムという名の樹木から、『弾ゴム』という素材が生み出されたのがスリングショットをより実用の高い兇へと進化させた。
威力や程では弓矢に劣るが、矢の供給が難しい場面では非常に有効な武である。
ルカは腰ベルトに仕込んであったらしい丸い弾をスリングショットにセットし、ゴム紐の部分をぐいっと引っ張った。
マイアは有り得ないくらいにびたゴムにぽかんと目と口を開ける。
再び蜻蛉型魔蟲がこちらに向かって急降してきて――。
ルカは冷靜に狙いを定めて礫を放った。
ギィィィィ!
耳障りな斷末魔が周囲に響き渡り、中空から魔蟲のが落下してきた。
右の複眼との一部が砕された魔蟲が目の前にどさりと落ちた。
魔蟲のほとんどは蟲と同じくの一部を潰されてもしばらくはき回る。
そいつもまだもぞもぞといていて、本能的なおぞましさが呼び覚まされた。
ルカは腰に佩いたエストックを抜くと、魔蟲に走りよってそのに刀を突き立てた。
「もう大丈夫。防壁は解除してもいい。ありがとう、マイアのおで楽に狩れた」
ルカは、魔蟲がかなくなっている事を確認してからこちらに聲をかけてきた。
「私、役に立った……?」
「ああ。ソロだとこういう不意討ちをけたら防魔を自力で展開しながら剣でやり合う事になるからもっと面倒臭い」
ルカの言葉にじんわりと心の中に喜びが広がった。
治療以外の方面で自分の魔力が人の役に立ったのは初めてだ。
「そんな飛び道も持ってたのね」
「正面からやり合ったら命がいくらあっても足りないからな。魔蟲狩りの様子は見た事ない? 薬と飛び道で弱らせてから叩くのが鉄則なんだけど」
「それは知ってるけど……」
元が蟲だけあって魔蟲は驚異的な能力を誇る。そんな連中に対抗するために人は知恵を絞る。
薬、罠、飛び道――人類は々なものを駆使し、なるべく人的被害が出ないように奴らを狩るを模索してきた。
「ルカは剣士だって聞いてたから飛び道が出てきてびっくりした」
「ああ……ソロの時しかこいつは使わないから」
「どうして?」
「弾は使い捨ての魔なんだ。筋力強化魔のせいで程も出るし、こんなもの使ったらまず怪しまれるだろ」
なるほど。マイアは納得した。
い魔蟲のをスリングショットの弾丸が一発で砕したのだ。確かに普通じゃない。
「さて、先を急ごう。骸目當てに別の魔蟲が來たら困る」
「素材は採らないの?」
蜻蛉型の翅(はね)はかなり高値で売れるはずだ。
「惜しいけど採取の時間が勿ない。しでも早く森を出ないと」
ルカの言葉にマイアは後ろ髪を引かれる思いがしたが、今の狀況下では仕方ないと納得し、ルカの背中を追いかけた。
蜻蛉は鳴かないとかパチンコという言葉に疑問に思われた方もいるやもしれませんが、場面の迫や説明をわかりやすくするためにあえて出しています。ご了承ください。
この世界の蜻蛉型魔蟲はギチギチ鳴いてパチンコという子供のおもちゃがあるのです。
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