《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》檻の中 01

男たちはカーヤと同じようにマイアにも麻袋を被せると、ぞんざいに擔ぎ上げた。

人の手で運ばれていたのはわずかな時間で、すぐにガタゴトと音を立てる乗りに乗せられる。

麻袋には獨特な匂いがあり、酷く揺れた事もあいまって、元々乗りに弱いマイアは一瞬で気持ち悪くなった。

どれくらいその苦行が続いたのだろう。

ようやく麻袋が取り払われた時に視界にってきたのは、鬱蒼とした木々と大型の家畜を運ぶような檻(おり)が乗せられた幌馬車だった。

マイアは農家が使うような木製の手押し車に載せられていた。街中からはこの手押し車で運ばれてきたらしい。

周囲には拐犯一味の男が何人もいる。連中の服裝はまだ仮裝のままだったが仮面は外していた。どいつもこいつもいかにもな風だった。

「ちょっと! きつく縛りすぎたんじゃないのかい!?」

ぐったりと手押し車にもたれかかるマイアを見て、慌てた様子で老婆が駆け寄ってきて口の猿轡を外してくれた。

外の空気を吸うだけで隨分とマシになる。

マイアははあはあと荒い呼吸を繰り返した。

老婆の手がマイアの仮面も剝ぎ取った。すると老婆の傍にいた男が口笛を吹いた。

「ちぃっと細すぎるが顔はまあまあじゃねぇか。なあ、セルマ婆、ちょこっと味見していいか」

どうやらセルマというのが老婆の名前らしい。セルマは舌打ちすると男の頭を叩いた。

「駄目に決まってんだろ。無傷で屆けなきゃ価値が下がる。そっちの子供は駄目かもね。お前らが考え無しに蹴飛ばすから」

セルマの視線がマイアの隣に送られた。思わずそちらを確認したマイアは大きく目を見張る。

マイアの隣には、ぐったりとかないカーヤが橫たわっていた。

(なんて事を……!)

息を呑み、青ざめたマイアの髪にセルマの手がびてきて、髪飾りがするりと抜かれた。まとめあげていた髪がはらりと落ちて視界にってくる。

「まぁこいつで相殺できるかね。安心おし、依頼主がしがってるのはあんたらのだ。あんたがに著けている金目のはあたしらが有効活用してやるよ」

ってどういう意味……」

「さあね。そこまではあたしらの知ったこっちゃない。一つ言えるのは健康狀態が良好な人間を連れていくと高値で買い取ってくれるって事さ」

エミリオが話してくれた子供がいなくなる事件と何か関連があるのだろうか。

眉を顰めて考え込んだ時だった。

「お、おい、セルマ婆さん! 髪のが……」

周囲を取り囲んでいた一味の視線がマイアに集中した。

「こりゃ驚いたね……あんた、魔師だったのかい」

セルマの言葉にマイアは慌てて自分の髪を確認した。

――焦げ茶からマイア本來の髪である赤茶に変わっている。

いつの間に背後に回ったのだろう。魔の指が手袋ごと一味の男に奪い取られていた。

いや、取られたのは指だけではない。夫婦を偽裝する為にルカに貰った婚姻腕もだ。

「お、おい、婆さん、不味いんじゃないのか……?」

「狼狽えるんじゃないよ! 魔師ならどっかに羽筆(クイル)を隠し持ってんだろ? そいつを取り上げちまえば大したことはできなくなるはずだ」

そう宣言するとセルマはマイアのを縛めるロープを切り、検査を始めた。抵抗したいが手首を後ろ手に縛られているのでぎする事しかできない。

「ちょっと! 変なとこらないで!」

「ならどこに隠し持ってんのか教えな。あたしじゃなくてそこの男どもに探させたって良いんだよ!」

セルマの言葉にマイアはギリッと歯を食いしばった。

悔しいがセルマの発言は事実で、羽筆(クイル)を奪われるとほとんどの魔師は無力になる。

水晶孔雀の羽でできた羽筆(クイル)は、魔を発させる為に最適化された道だ。

年単位の時間を掛けて自分の魔力を馴染ませた羽筆(クイル)なしで魔を使おうと思ったら、や月晶石といったを用意した上で複雑な魔儀式を行う必要がある。

そんな方法を知っているのは羽筆(クイル)が発明される以前の古代魔を専門に研究している魔研究者くらいだ。

そもそも聖であるマイアに大した魔は使えないのだが、それでも魔力に目覚めてからの九年間、ずっと用していた羽筆(クイル)を奪われるのには抵抗があった。

「ジャン! 魔師様はあんたにをまさぐられるのがおみみたいだ」

「やめて!」

筆(クイル)を奪われるのは嫌だ。それよりも、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらこちらを見ている男にられる方が無理だと思った。

「羽筆(クイル)はスカートのポケットよ……」

「最初から素直に教えときゃ良いんだよ」

セルマは吐き捨てると、マイアから羽筆(クイル)を奪い取った。

「この指は魔かい? 羽筆(クイル)と合わせていい値で売れそうだね」

セルマは背後の男から指け取ると、にんまりと笑った。

「詳しい検査はまた後でやるとして、とりあえずぶち込んでおきな」

セルマは男たちに顎で指示を出した。一味の中でも特に屈強な男がやってきて、マイアを肩に擔ぎあげた。

まだ乗り酔いから回復していないのに、変な勢を取らされたせいで吐きそうだ。

戻しそうになるのをギリギリの所で堪えているうちに、男は檻が積み込まれた幌馬車にマイアを運んで中へと放り投げた。

暴な扱いだが痛みをじなかったのは、テルースの仮裝裝の下に魔布に変えた服を著込んでいたためだろう。これは、人混みでは何があるかわからないから著ておいた方がいいというルカの忠告に従ったものだ。

マイアに続いてカーヤも檻の中に投げ込まれた。

そして無にも鉄格子は閉じられ、頑丈そうな鍵が外からかけられる。更に幌に固定されたカーテンが閉ざされ、周囲は薄暗くなった。

まるで売られていく家畜だ。いや、これからまさに売られるのだが。

頭を抱えたマイアは、檻の中に先客がいることに気付いた。

檻の隅にの子が座り込んでいる。

黒貓の仮裝裝にを包んだ十二、三歳くらいのだ。

薄暗い幌馬車の中でも淡い金髪と整った容姿をしているのがわかる。瞳のは飴で、複雑に編み込んだ髪型に三角の耳と尾がよく似合っていた。

「外の聲が聞こえてきたわ。あなた魔師の癖に捕まったの? 間抜けね」

は辛辣だった。つり目がちの眼差しが生意気そうだ。

「ま、私も人の事は言えないけどね。こんな事なら護衛を撒くんじゃなかったわ」

は立ち上がるとマイアに近付いてきた。

その所作は優雅で、いい所のお嬢様のように見える。

はマイアの背後に回ると、後ろ手に手首を戒める縄との格闘を始めた。どうやら外してくれるみたいだ。

「あなた、所屬はどちらの魔師でいらっしゃるの? どういう経緯でキルクに?」

とはいえ上流階級に所屬すると思われる子供の質問に、マイアはどう答えたものか躊躇った。

「どうして何も仰らないの? もしかして言えない事がおありなのかしら?」

首を傾げながらしずつマイアを縛める縄を解いていく。

「あなた……まさかマイア様……? マイア・モーランド様ではありませんか? 聖の」

唐突に本名を呼ばれたのは、もうしで縄が解けるという時だった。

ギョッと目を見張り、ぎすると同時に腕の縄がはらりと落ちる。

縄が(こす)れたせいで痛む手首をさすりながら、マイアはまじまじとの顔を観察した。

殘念ながら覚えがない。どこかで會った事があるだろうか。

「私の名はネリー・セネットと申します。こうしてお會いするのは初めてなので記憶されてなくて當然かと存じます。ザカリー・セネットの孫娘と申し上げましたらお分かりになりますでしょうか?」

マイアは大きく目を見開いた。ザカリー・セネットの名前に聞き覚えがあったからだ。

ザカリーは、昨年亡くなるまでの間マイアがほぼ専屬で診ていた先代のセネット伯爵である。

胃に巖ができる死病を患っていて、痛みの緩和の為によく呼び出された。

マイアが半ば専屬のような狀態になっていたのは、隙あらば聖のおろうとする助平爺だったからだ。

「セネット前伯爵閣下のお孫さんですか……」

何とも微妙な顔になったのは、ザカリーからかけられた卑猥な発言を思い出したためだ。

「はい。その節は祖父が多大なご迷をおかけして……やっぱりマイア様でいらっしゃいましたね」

ネリーに改めて本名を呼ばれ、マイアは失言に気付いた。

逃亡中である事を忘れて普通にけ答えをしてしまった。

その時だった。

「う……」

わずかなうめき聲が聞こえたのでそちらを見ると、半ば存在を忘れかけていたカーヤがわずかにいていた。

――助けなければ。

マイアは慌ててカーヤに駆け寄ると、妖の仮裝裝をがせ始めた。

確かカーヤはを蹴飛ばされていた。それを裏付けるように、腹部が酷い痣になっている。

橫から覗き込んできたネリーが息を呑む気配がした。

「なんて酷い……外の連中の仕業ですか?」

マイアは頷くと、カーヤのお腹に手を當てて魔力を流し込んだ。

手の平から金が溢れ出す。

魔力が通る。大丈夫だ。

マイアは心の中で安堵すると、カーヤのが元通りに治るよう祈りながら魔力を流した。

報告、Twitterでも告知致しましたが書籍化・コミカライズが決まりました。

応援して下さった皆様のおかげです。

レーベルや刊行時期など詳しい事はまた改めてお知らせ致します。

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