《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》人攫いの隠れ家 02
浴にあたって手枷は外して貰えたものの、足枷はそのままでマイアは服をがされた。
「逃げようなんて考えないで。外には見張りがいる。下手な真似すると痛い目にあわされるよ」
ユライアの発言は忠告のつもりだろうか。
「その服はどうするの」
「洗濯して明日には返してあげる。暖爐の前で乾かせば十分明日までには乾くと思う。貧民窟の浮浪児の場合はこっちで用意した服を著せるけど、あんたの服は質がいいからそのまま使う。無駄遣いするとあの婆さんがうるさいからね」
返して貰えると聞いてホッとした。労力をかけて魔布にしたというのももちろんだが、奪い取られて布の質に気付かれたら大変なことになると思ったからだ。
ユライアに追い立てられるようにして足を踏みれた浴室は、溫泉水を利用しているのか微かに硫黃の香りがした。
ゲイルの家にあった浴室と遜ないくらいに広々としていて立派である。
「どうしてこんなお風呂がこんな所に……」
思わず呟くと、ユライアがふっと笑った。
「それは貴族や金持ち相手の商売をしてるからだね。あんまり不潔なのを持ってくと価格に差し障るんだ。だから取引先の要と用途に応じてここで『加工』して『出荷』する」
「加工……?」
「そう。玩用なら最低限の禮儀を叩き込むし、相手の要に沿った調教をする事もある。あんたらの場合は実験用だから、出荷前に綺麗にするだけだ」
どっちがマシだろうね、とユライアは呟いた。まるで家畜のような言いにムッとすると鼻で笑われる。
そして、ユライアは手にした麻布に石鹸を付けて軽く泡立てると、容赦なくマイアのをこすりたててきた。
「痛い! もっと丁寧にやってよ」
魔力が急発達してからのお嬢様生活で、人の介助をけて浴することには慣れているけれど、こんな暴な扱いはされたことがない。
「嫌よ。だってあんた、私の顔を見て醜いと思ったでしょ」
ユライアは痘痕だらけの顔に意地悪そうな歪んだ笑みを浮かべた。
「そんな事……」
「否定してもダメよ。だってあんた、さっき私の顔から目を逸らしたもの」
それはが痛々しかったからだ。しかしそんなマイアの態度が彼を傷付けていたかと思うと何も言えなくなった。
「ほら、何も言い返せない。私だってこんな自分の顔は好きじゃないから今更傷付いたりなんかしないけどね」
ユライアは吐き捨てるとフンと鼻を鳴らした。
「全部痘瘡が悪いんだ。あんたみたいな上流階級の人間にはピンと來ないだろうけどね」
痘瘡は庶民にとっては『命定めの量定め』と呼ばれ畏怖される流行病だ。
発癥から四日以に特殊な魔薬を投與すれば重癥化が防げるため、富裕層にはなんて事のない病気なのだが、その薬は非常に高価だ。これは、薬學に通した魔師にしか調合ができないためである。
痘瘡にかかると全に豆粒狀の発疹ができ、やがて化膿してじゅくじゅくになる。この時點で力のない者は亡くなるのだが、幸運にも生き延びたとしても全には醜い痘痕が殘る。
化膿した段階で聖を呼べば跡形もなく綺麗に治るが、庶民には聖の治療は到底手が屆かない。
命が助かっても容姿を大きく損なう事になるので、痘瘡は庶民の、特にには酷く恐れられる病気だった。
「私がこんな所に流れ著いたのはこの痘痕のせいだよ。こんな醜いはいらないって言われて旦那に追い出されてね……こんな顔じゃ娼婦としても大して稼げやしない。昔は運命を呪ったけど今はそうでもないよ。だってあんたみたいに若くての綺麗な子が転落するのを特等席で見できるからね」
そう言ってユライアは嘲るような笑みをこちらに向けてきた。
その目はどろりと濁っていて、マイアはユライアにれられた部分がどす黒く汚れるような気がした。
命は平等ではない。聖になってからのマイアはずっと思い知らされてきた。
だからこんな風にじるのは間違っている。そう思うのに。
◆ ◆ ◆
ユライアの手つきは荒々しく暴だったがを清められたこと自はありがたかった。
毎日浴する習慣があり、この旅を始めてからもルカの魔で常には清潔な狀態を保っていたのだ。四日間も浴できないとも髪もべとべとして気持ち悪かった。
(後はなんとか逃げられたら……)
希は捨てない。最後まで諦めては駄目。マイアは心の中で自分に言い聞かせた。
まだ折れずにいられるのはきっとネリーやアイクのおかげだ。虛勢を張っているだけかもしれないが、年下の二人がまだ諦めていないのだ。マイアも諦める訳にはいかないと思った。
渡された著替えはシンプルなナイトウェアに分厚いウールのガウンだった。濡れた髪でを冷やさないよう頭にはリネンを巻き付けられる。
支度が終わるとまた無骨で重い手枷で戒められ、追い立てるように浴室から放り出された。
外には見張りらしき中年の男とが待機していた。
「こっちだ」
そいつらに連れていかれたのは綺麗に整えられた一室だった。
階段を昇り降りした記憶はないし、手が屆かない位置に橫長の窓がある所を見ると恐らく半地下なのだと思われる。
しかし、壁には白い壁紙がられているし、床も板張りになっていて、まるでどこかの民家の一室のように整えられていた。
ベッド、ソファ、戸棚だどの調度類も揃っているし、床には絨毯も敷かれている。
ソファの傍には火鉢が置かれていて、室は気が高いのか廊下と比べるとかなり暖かく保たれていた。
「よく來たね。こっちに座って髪を乾かしな。今日のところはお前にはあたしの部屋で過ごしてもらうよ。ひ弱な魔師様に風邪を引かれたら困るからね」
聲をかけてきたのはセルマだった。
火鉢の傍の席に腰掛け、優雅にティータイムを楽しんでいたようだ。
「……どういう意味ですか」
マイアは警戒しながら尋ねた。するとセルマはニヤリと笑う。
「どうもこうもないさ。あんたにはこのアジトで一番いい部屋で寢かせてやるって言ってんのさ。先方があんたにはかなりの高値を付けてくれてね」
セルマの上機嫌な様子を見ると、マイアには相當な値が付いたようだ。
「あんたの健康を損なう訳にはいかないんだよ。だから特別扱いさ。謝するんだね」
「他の皆はどうしたの……」
「危害は加えてないよ。あいつらも大事な商品だからね。ただ、普段商品を出荷まで保管しておく部屋はちょっとばかし寒いんだ。そんな所に見るからに虛弱なあんたをれるのは可哀想だと思ってね」
マイアには聖としての高い自己回復力がある。
々の怪我なら翌日には治るし、や髪は手れを怠ったとしてもまず荒れない。更に病気にもかかりにくいので、人より小柄で筋力も力もないだが、実際はかなり頑丈にできている。
寒い部屋に閉じ込められているネリー達の事を考えると後ろめたかったが、ここは黙っておくしかない。普通の魔師はデリケートな生きなのだ。
「一応斷っておくけど、あたしに危害を加えて逃げようなんて思わないように。もし変な真似したらあいつらに連帯責任を取らせるからね。ここで寢かせてやるのはあたしの好意だ。それを無駄にすんじゃないよ」
セルマはそう言い放つとふんぞり返った。
この老婆の監視下で過ごすのと寒い牢獄、一どちらがマシなのだろうか。マイアは心の中でため息をついた。
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