《貓《キャット》と呼ばれた男 【書籍化】》16 捕食者
日が沈み、さっさと食事を済ませたマートが、夜中からの夜営に備えて早めに寢るかと準備をしていると、今回の護衛対象でもある伯爵令嬢のジュディと護衛騎士のシェリーの2人が心配そうな顔をしてやってきた。
「どうした?お嬢」
「貓(キャット)、私の侍のクララが川に行ったまま、帰ってこないのよ。念話呪文を試してみたけど、それも反応がないの」
「川?」
屋外で夜営を行う際、水というのは非常に重要だ。飲料水、料理はもちろん、や類を洗ったりする必要もあるので夜営地は水源からそれほど遠くない場所を選ぶことが多い。
「いつ頃?」
「クララが川の方に向かった時は、まだ明るかったわ。1時間程前かしら?」
「1時間、それは長いな。到著した時に、川岸あたりも軽く巡回はしたが、特に異常はみられなかったが」
マートと同じく斥候をつとめるクインシーがそう言った。
「ふむ、ちょっと見に行くか。クインシー、アニスにちょっと出かけてくるって言っておいてくれ」
「ああ、何かあったらすぐ連絡するんだぞ」
「私たちも行くわ。私、魔法は得意なのよ」
ジュディはそう言い出した
「んー。あたりは真っ暗だ。何かがあったときに守れる保証がない。やめたほうがいいと思うが?」
マートはそう言って、彼の護衛騎士であるシェリーのほうを見た。周囲は星明りのみで、殆ど真っ暗闇だ。
「私もそう思います」
シェリーもそう言って頷いた。
「でも、クララが心配……」
「私が行きましょう。お嬢様の護衛は皆さんにお願いします」
ジュディとシェリーは尚も話し合って居たが、マートが行くのなら早くしてくれと急かすと、結局ジュディは折れ、シェリーだけが行くことになった。
「とりあえず、川に行くか。シェリーって言ったよな。俺には要らないが、あんたは松明が要るだろう。クインシーから借りていくといい。ちゃんと遅れずについてきてくれよ」
マートはいつもの調子で歩き始めた。シェリーがあわてて松明をうけとると、その後ろに続いた。
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早足で移した2人は5分も経たずにクララが行ったであろう川岸に到著した。だが、まだ月が昇っておらず、あたりは真っ暗だった。耳を済ませても川のせせらぎの音だけが不気味に聞こえていた。
「クララー? いないのー?」
シェリーが大聲で問いかけをするが、何の反応もない。松明のあかりを頼りにあたりの草むらを探そうとし始めるが、それをマートは止めた。
「し待ってくれ。荒らされると足跡がわかりにくくなる」
「足跡って、こんな真っ暗なのに?」
「ああ、そこに小さいブーツの足跡がある。クララはそれぐらいだったか?」
川岸のあたりはまだ土が水分を含んでいて、松明を近づけるといくつかの足跡が殘っているのが見えた。ほとんどが、大人の男サイズだが、一つだけ小さい足跡がのこっていた。
「へ?ああ、これぐらい……だろう。あまり大きさは意識したことがないが、あまり大きくないことは確かだ」
マートは地面に四つんばいになると、じっとその足跡を見た。
「こっちに歩いたな」
四つんばいのまま、マートはゆっくりと移する。その足跡は草むらの中にって行ったようだ。腰ぐらいの高さの草むらをかき分け、すこし奧にると...小さな木があり、その元に籠と服や下著が散していた。
「これは、クララのか?」
「それ、私の……いや、馬鹿もの、クララが持っていたものだ」
シェリーはマートがつまんだ赤い下著に一瞬赤面したが、あわてて言い直した。
「ここで何が?」
マートはあたりの地面を調べ、何か重いものを引きずった痕跡があるのに気付いた。その痕跡を調べるとキラリと細い糸のようなものがついていた。
「蜘蛛の糸?ヒュージスパイダーか……?」
「ヒュージスパイダー?あの蜘蛛の化けか?あれが襲うのはせいぜい犬ぐらいでは?」
シェリーはそう聞いて、顔を青くさせつつそう言った。ヒュージスパイダーというと、長が1m、足を拡げると3mほどになる蜘蛛型のモンスターのことだ。
「大きくなったら、牛でも襲うことがあるんだ。人でも例外じゃないさ。ここになにか重いものを引きずったような跡があるが、人間や大きいの足跡はない。ヒュージスパイダーが、クララを、毒で麻痺させ、糸でぐるぐる巻きにして巣に連れ込んだかもしれない」
「そんな……クララ」
「蜘蛛は麻痺させるだけで、すぐ殺されるわけじゃない。ゆっくり溶かして喰うんだ。早く見つけるぞ」
「人を呼ぶ?」
「いや、踏み荒らされたら、よけい痕跡を追えなくなる。人を呼ぶのは巣を見つけてからだ」
マートは、足を速めて、その重いものを引きずった跡を追いかけ始めた。
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