新連載です。よろしくお願いいたします。

【サバイバル】survival.

・厳しい環境や條件の下で、生き殘ること。

【乙ゲーム】date-sim.

・用のシミュレーションゲーム。

「見ぃつけたぁあああっ」

「っ！？」

その(ひと)に出會ったのは、私が住んでいた小さな田舎町の裏路地だった。

そのが著ていた、都會から來た若いの人が著るような桃のドレスは妙にくたびれて、薄汚れたバラバラの髪はまるで老婆のように見えたが、もしかしたら本當は若いのかもしれない。

こけた頬に走った目付きはオバケのように恐ろしく、私が怯えてを竦ませると、その人は背負っていた荷袋を投げ捨てるようにして私に襲いかかってきた。

「や、やだぁあっ！」

「このガキッ、大人しくしなさいっ！　……ふふ、これね」

「やあっ、返してっ！」

「煩いっ！」

私の元を破るようにして首に掛けていたお守り袋を奪われ、そのは決して開けてはいけないと言われていた袋から何かを取り出すと、けたたましく笑い聲を上げた。

「アハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ！　やっぱりそうっ！　もう間違いないっ！　ここは『※※※※』の世界だったのよっ！　アハハハハハハハハハハハッ！」

その狂気さえじさせる嗤い聲に、私は恐ろしくてくことも出來なかった。

私は四歳までお父さんとお母さんと三人で暮らしていた。その頃は幸せだった……。朝にお母さんの作るスープの香りで目を覚まし、私が寢坊助のお父さんを起こすとギュッと抱きしめられてまだ剃っていないお髭で頬ずりをされる。

私が文句をいうと、お父さんは笑いながら私の機嫌を取るように脇を持って高く持ち上げた。私がすぐに機嫌を直して笑い聲を上げ、その聲にお母さんが臺所からやってきて、ちっとも怖くない顔で私たちを叱った。

でも、そんな幸せな日々はもう二度と訪れない……。

三年前のあの日、私たちが暮らしていた街を沢山の魔が襲ってきた。何十年か一度起こる魔の大発生。街の兵士であるお父さんはお母さんと私を守ると言って、魔と勇敢に戦い亡くなった。それでも魔を抑えきれず、街にってきた魔から私を守るためにお母さんも亡くなった。

魔との戦いがどうなったのか知らない。瓦礫の中で魔と人の死に囲まれて泣いていた私は生き殘っていた兵士に拾われ、離れたこの町にある孤児院にれられることになった。

お父さんの大きな背中。お母さんの優しい笑顔……。全てを失った私に殘されていたのは、お母さんに渡された『お守り袋』だけ。これからどうなるのか分からないまま、私は両親を失った悲しみを嘆く暇もなく世界の厳しさに曝されることになった。

古い教會の孤児院。新しく居した孤児は十人くらい居た。そこで私たちは全員纏めて納屋のような狹い部屋に押し込まれ、寢の代わりに與えられたボロのような薄い布も、野菜クズに塩だけの薄いスープも、前からいた年上の孤児に奪われた。

孤児院を管理する老婆は一日に二度、い黒パンと塩のスープを與えるだけで何もせず、孤児院の中のことは全て孤児たちにさせていた。水汲み、洗濯、掃除、畑の世話、薪拾い、荷運び、その他にも孤児院とは関係のない老婆が請け負ってきた仕事まで押し付けられ、夜が明ける前から始めて暗くなっても終わらないほど働かされた。

楽をすることを覚えた年上の孤児は全ての仕事をい子にやらせ、食事を奪われて飢えた一人の男の子が食料庫の芋を囓り、老婆に麺棒でを吐くまで折檻されたその子は、翌日寢床で冷たくなっていた。

殺される……そう思ったことは一度や二度じゃない。でも町の大人も頼れなかった。薄汚く痩せ細った孤児に関わろうとする人なんていない。そんな孤児を引き取ろうとする人もいない。しかもあの老婆は、時折現れる特定のなりの良い大人に見た目が良い孤児だけを渡して、沢山のお金を貰っていた。

こんな所にいたくない。でも私は、お父さんやお母さんが言っていた言葉を守って我慢した。

『心から悪い人なんていない。だからあなたは笑って許せる人になりなさい』

暴力を振るう老婆は蟲の居所が悪いだけ。下から奪う年上の孤児たちも、きっと環境が悪いだけ。だから私は笑って許せる人になろう。……そう思って、お守り袋だけは奪われないようにしながら笑顔だけは絶やさず、私は三年間耐えてきた。

でも……私がしたことは間違っていたのか、老婆は明日大事な客がやってくると話し、私は井戸でを清めて綺麗にするように言われた。私は絶した。あの大人たちの私たちを見る目が嫌だった。そして私は、あまりの気持ち悪さとこれ以上の生活に耐えきれなくなって、その日……孤児院を逃げ出した。

でも逃げたのはいいけれど、結局何も持っていない私が空腹と心細さから裏路地でしゃがみ込んで膝を抱えていると、その(ひと)が突然私の前に姿を現した。

「ふふふ、怯えなくていいのよ、『アーリシア』……」

「っ！？」

突然そのに名前を呼ばれて私はビクリとを震わせる。どうして私の名前を知っているの？

「あなたのことは一昨日からずっと見ていたのよ？　名前と年齢……それと髪と瞳のしか分からなかったから探すのには苦労したわ……」

そのは歪な笑顔で私を見下ろしながら、怯える私の髪と目元を指ででる。

「隨分と汚れているわね。でも大丈夫よ、すぐに綺麗にするから。それに、こんなに痩せちゃって……『お祖父様』が迎えにきた時に驚くわ。ちゃんと食べないと……」

「……おじい…さま？」

私がその言葉を呟くとの走った目がギョロリといた。

「そうよ、あなたの……いいえ、『私』のお祖父様よ。……ねぇ、聞いてくれる？　私が前世の記憶を取り戻して、ここが『※※※※』の世界だと気付いた時、歓喜に打ち震えて……絶したわ。だって本編の舞臺である學園に『主人公(ヒロイン)』が學するのは何十年も先の話だったの。その頃には私はおばさんになってるから、どうやっても語に絡むことができない。だからせめて教師にでもなれたらって、冒険者になって魔も覚えてお勉強も沢山した。でもダメだったのよ。貴族しか生徒にも教師にもなれないの……だからね……」

「ひっ」

が私の首を摑んで、自分の腰からナイフと真っ黒な『石』を取り出した。

「私は、『主人公(あなた)』になることにしたの……」

の笑顔が異様に歪む。

「ねぇ、『魔石』って知ってる？　一定以上の魔素を取り込んだ生きは、のを介にして、『魔石』と呼ばれる石が心臓に生まれるのよ。魔石はで魔力を生みだし、高純度の魔力を蓄積するだけじゃなくて、屬やわずかだけど元になった生きの質を殘しているの。フフ……この方法を古い文獻で見つけたときは興したわ。だってこの方法を使えば、魔石に『記憶』と『人格』を寫して他人に移すことができるのだからっ！」

魔石？　魔力？　は難しい言葉を使って酔ったように言葉を続ける。

「その研究をしていた魔師は実験(カエル)段階で研究を止めてしまったけど、私ならきっと完できるわっ！　他者の魔石を使うからいけないのよっ！　私は何度も自分のを抜いて、自分の魔力を含ませることで発生する凝固分を気よく集めて、五年もかけてようやく私の魔石を完させたのっ！　つらかったわ……苦しかったわ……でも」

饒舌に語っていたは、真っ黒なその石を見せつけるようにニタリと笑った。

「この魔石をあなたの心臓に埋め込めば、私はこの古いを捨てて、『主人公(あなた)』になることができるからっ！」

「……ひっ」

狂ってる。正気じゃない。もしそれが功したとしても、それは記憶と人格をけ継いだだけの別人じゃないの？　そんない私でも分かるような事にも気付かず、はナイフを振りかぶる。

「大人しくしてね。すぐ済むわ」

「……い、いやああっ！」

恐怖で思わず振り回した手がナイフにれて、私の手の平をわずかに傷つける。そのに濡れた手がが指で摘まんでいた魔石にれると、私の頭に奇妙なものが流れ込んできた。

「あっ！」

私の手に魔石が弾かれ、の意識が転がっていく魔石に逸れる。

冷たいような熱いような、奇妙な覚が傷ついた手から流れ込んでくる。私を浸食してくるその何かにあののような気持ち悪さをじて夢中で拒絶すると、殘された部分だけが私の中に沈殿して、この三年で人形のように張り付いていた私の笑顔が崩れた。

スッ…と目を細めた私は、冷靜に『この隙に反撃しなければいけない』と考えている自分に気づく。に押さえつけられたまま視線だけをかして辺りを見回し、見つけた手頃な石を摑むと、そのままのこめかみに勢いをつけて叩きつけた。

ガツンッ！！

「ギャアアアアアアアアアアアアッ！？」

頭を庇うようにしてが橫に転がり、持っていたナイフが地面に転がる。私はそのナイフを拾い上げて右手に構え、左の手の平を柄頭に添えて、當たりをするように勢いをつけての元に飛び込んだ。

「がッ、はッ……な、なんで、あんた……」

肋骨の隙間をうように水平に突き刺したナイフはの心臓を抉り、まるで信じられないものでも見るようなの瞳が、無機質でのない『私』の顔を映す。

心臓を抉られながらもの手が私にばされる。それにじることもなく、私がさらに力を込めてナイフを抉るように隙間を作ると、そこから大量のが溢れての目から生命のが消えていった。

「……………」

手が微かに震えていた。塗れのナイフを握る固まったようにかない指を、同じように震える指でしずつ引き剝がす。

今わかった。私の頭に流れ込んできたのは、斷片的なこのの『知識』だった。

このが何を思って、こんなことをしようとしてたのかよく分からない。でも、知識にあるこのは、『乙ゲーム』とやらの為に、何十年もの滲むような努力をしてきたことだけは私にも理解できた。

剣と魔法の世界、シエル。

その中にあるサース大陸最大の大國クレイデール。

地理と歴史。魔の知識。戦闘の技。この世界の常識……専門的すぎて私には理解できないことも多いけど、この世界で生きる最低限の『知識』は得ることができた。

私は事切れて冷たくなっていくのから、奪われていたお守り袋とその中にあった指を取り返し、その傍らに落ちていたあのの気持ち悪い『魔石』を、れないように注意しながら何度も石で叩き潰してから、潰しきれなかった殘りの部分をドブに弾き捨てた。

それからの懐を漁ってナイフの鞘と財布を奪い、放り捨ててあったの背負い袋を肩に擔ぐ。

もうこんな場所に用はない。でも……私には一つだけやり殘したことがある。

私は荷を背負ったまま、今までと違う足音を立てない歩き方で、逃げ出したはずの孤児院まで戻ると、中にはらず誰にも見つからないように孤児院の様子を窺う。すると中では、ようやく私が居なくなったことに気付いた老婆が、他の孤児たちに怒鳴り散らしているところだった。

私はそっと孤児院の敷地にり、庭の暗がりにを潛めるよう隠れて獣のように息を潛める。

「…………」

力が無いせいで急激に眠気が襲ってくるが、の荷にあったい黒パンをしずつ囓って誤魔化した。それでもうつらうつらと意識を飛ばしながらも孤児院から音が聞こえなくなるのを待ち、老婆の部屋がある離れから燈りが消えて、さらに一時間ほど経ってから私は暗闇の中をき出した。

充分に闇に慣らした眼がわずかな星明かりでも老婆の居場所を教えてくれる。

古い教會である孤児院に鍵の掛かる部屋はない。そっと扉を押し開けてお酒の匂いがする離れの部屋に忍び込むと、イビキをかいて眠っている老婆が寢返りを打つのを気よく待ち、こちらに背を向けた瞬間、近くにあった手拭いを軽く押し當てるようにして、その上からナイフに全重をかけて刃を老婆の延髄に元まで突き刺した。

「――ッ」

微かなきをらした老婆のがビクンと震える。

が噴き出さないように手拭いを押し當てながら、糊を拭うようにゆっくりとナイフを抜き取った私は、止めていた息を靜かに吐き出して、直した指先をほぐすようにナイフを鞘に戻してから腰帯に挾み込んだ。

これでもう憂いはない。あのの『知識』では、私が住むこの孤児院の院長は優しい老神父になっていた。もしかしたらこれで、その神父が老婆の代わりにここの責任者になるのが早まり、待もされず売られるような孤児も減るだろう。

でも――

「……くだらない……」

この古いだけの孤児院も、小賢しい孤児たちも、強なだけの老婆も、待を知りながらも目を背ける町の人間も、あのが抱えていた想いも、その『乙ゲーム』とやらも全てくだらない。

まさか、そんな“くだらない”のために私が生まれたとでも言いたいの？

そんなくだらない事のために、お父さんとお母さんが死んだとでも言いたいのかっ！！

私は老婆の部屋とその橫の納戸を漁り、素足だった足に履けそうな革のサンダルを履き、返りのついたボロ布のような貫頭をしまともな貫頭に著替える。

それからシーツを広げ、清潔そうな布や老婆の隠してあった貨、老婆用の質の良い食料や水筒などの必要なものを詰め込み、夜逃げするような格好で、このくだらない町から抜け出した。

私は『乙ゲーム』を拒絶する。

「私は、一人でも生き抜いてやる」

新連載ですが、また乙ゲームものです（笑）

基本的には冒険などの長記と、乙ゲーム要素の暗躍パートになります。

長パートは結構細かくなります。

かなり殺伐としてますが、よろしければブックマークしていただけたら嬉しいです。

簡単な解説：

ゲームヒロイン：アーリシア・メルシス（メルローズ）

貴族令嬢だった母親譲りのピンクブロンドの髪に、祖父譲りの翡翠の瞳を持つ、庇護をそそるような可憐で可らしい顔立ちの。

ゲームでは１１歳まで孤児院で暮らしていたため、魔力は低く、発育も控えめ。

魔の才能も平凡（屬のみ）だが、魔學園に學後はめげない明るさと、他人を疑わない“笑顔”で『攻略対象者』たちと流を深めていく。

主人公(ヒロイン)が會わされるはずだった大人は、いつもの『人買い』ではなく、行方不明となった『孫娘』を捜している祖父の手の者で、本來はその報により孤児院の責任者が替わってアーリシアが孫娘本人と確定するまで大事に育てられるはずだった。

ちなみに現在の主人公は、パッチリお目々が半目になり、弱冠七歳で目付きが悪くなっている。

奇妙な前世を持つの『知識』を得られたが、學習をしていないのでまだ使いこなせていない。

知識には偏りがあり、その容はがこの世界で學んだ知識と、現代の計算や中學生程度の科學知識のみで、の本質に関わる『乙ゲーム』の部分はアーリシアが無意識に弾いたために、その方面の知識は曖昧になっている。

知識だけがあり教育をけていないので、今の主人公の倫理観はかなり薄め。

アーリシアの人格は変わっていないが、急激に數十年分の知識を得たせいで達観し、子供らしい“純粋さ”や“無邪気”さ――そして“笑顔”が失われている。