《乙ゲームのヒロインで最強サバイバル 【書籍化&コミカライズ】》18 山賊のアジト攻略
山賊を狩る。私には唐突でしかなかったけど、ヴィーロは最初から山賊か野盜崩れ、もしくはゴブリンなどの住処を襲撃して、私の修行のために“使う”ことを計畫していたらしい。なかなかに酷い。
山賊と盜賊は若干違う。出現場所の違いもあるけど、一番大きな違いは、山賊は盜賊のように盜賊ギルドのような組織に“管理されていない”點だ。
盜賊は、スラムの孤児のようにそれ以外でり上がるを持たず、悪事をすることの忌避をなくしてしまった人間たちだ。それ故にヴィーロのような冒険者ギルドの斥候がスラムの孤児を雇うのは、盜賊ギルドの構員を増やさないようにする意味もあるらしい。
だが山賊は、食うに困った村人がなる場合が多い。
農村などでは……特に貧しい農村の場合は、労働力として子供も使うため子沢山になりがちである。だけど貧しいから次男や三男以降は引き継ぐ田畑もなく、村や近くの町で仕事があればいいのだが、それからもあぶれた村人は、町で盜賊崩れになって捕まるか町の外で山賊になりやすい。
だけど、このクレイデール王國は“生き延びるだけ”なら比較的安易な國である。稅率などはそれほど安いとは言えないけど、気候が溫暖で森の恵みが多いので、よほどのことがないかぎり“飢える”と言うことはない。
要するに山賊をする大部分の人間は、他人から奪って楽をするというに負けてしまった人間たちだ。
しかも、盜賊ギルドの盜賊たちは事を大きくしないためもあるが、一般人の殺人を忌避する傾向がある。
だが山賊は旅人を殺すことを躊躇しない。護衛がいるような貴族は襲わず、弱い人間だけを狙い、領主などに知られないように口封じとして殺す。
商人などを人質にとって代金を要求するような度のある人間はいない。元々が村人だったせいか、『臆病なので』悪事を知られることを恐れて殺すのだ。
「……だから、山賊を見つけたら捕まえるよりもまず討伐が優先される。捕まえても衛士のいる町まで連れて行くことは難しいし、引き渡しても賞金でもかかってないかぎり懸賞金なんて微々たるものだし、どうせ鉱山なんかで死ぬまで強制労働なんだから慈悲をかける意味もない。理解できるか?」
「……うん」
近くの村から出発して半日ほど進んだ森の中で、焚火の炎で野鳥のを炙りながら話すヴィーロの言葉に、私は靜かに頷いた。
山賊に人権はない。領主の法が屆かないからこそ勝手放題しているのだから、彼らが法に守られることもない。
そう考えればまだ盜賊ギルドの在り方のほうが納得できた。彼らは勝手をするためにギルドという大きな力を作り、悪人なりの規律を守ることで自らのを守ってきた。
だからこそ『山賊』という存在は、私の修行に『使う』にはちょうどいいのだろう。
「……そろそろ行くぞ」
「了解」
ヴィーロの言葉に立ち上がり、生活魔法の【流水(ウォータ)】で焚火に水をかけ、踏み潰して火を消した。あまり事を起こす前に魔力の消費をするべきではないけど、消費1くらいなら數分で回復する。
遠くの空はまだほんのりと明るいが、街道から離れた森の中はもう何も見えないほど闇に包まれていた。
その暗闇の中を気配が薄くなったヴィーロが歩き出し、私も気配を消して後に続く。
何も見えない暗闇でも私には暗視スキルがあり、ヴィーロも當然のように暗視スキルを持っていた。
ヴィーロはまだ私が後をついてこれるように隠スキルを抑えてくれているが、これが暗視スキルも探知スキルもないスラムの子供だったら、ヴィーロはどうするつもりだったのだろう?
フェルドもそうだけど、ヴィーロも自分が出來ることを特別だと思っていないがある。普通なら接しているうちに子供がそんなことを出來ないのだと気づくのだろうが、私が普通に森で焚火を起こして、暗闇でも平気で活しているせいで、どんどん自重がなくなってきた。
隠を抑えてくれているといっても、おそらくは自分の冒険者パーティーメンバーが気付ける程度に無意識に抑えているだけで、子供(わたし)を気遣っているのではないような気がしている。
それでも私の“修行”だとは覚えているようで、要所要所で々と教えてくれた。
「山賊は、盜賊ギルドの連中と違って特に技があるわけじゃねぇ。多は知恵のある奴がいてアジトへの道を隠しているが、戦利品を運ぶためにおざなりになっている」
「うん」
街道からし逸れたところに獣道のようだけど獣が通るには広い道があった。
「ここを見ろ。何日か前に雨でも降ったのか、乾いて固まった足跡が殘っている。足跡が何種類あるか分かるか?」
「……そこまで見えないよ」
「お前、暗視スキルがあるんだろ? 強化の要領で視覚を強化するように意識してみろ。人種的限界で人族はレベル1までしか暗視を會得できないが、このくらいなら目を凝らせば見えるはずだ」
なるほど……普通の【暗視スキル】はそうやって使うのか。
私みたいに魔素の“”で判別するのはやはり異端のようだ。本來の暗視スキルは視力を強化するだけじゃなく、気配や魔素の流れを察知して視覚と合わせることで脳で実際の景を視覚化するのだろう。
私も魔素の流れで気配を探知する訓練は続けている。私はそれに魔素のを合わせることで暗闇を視覚していた。
人族の暗視スキル限界はレベル1。それは基本的な能力の差で、獣人やドワーフだともっと上がるのだろう。“知識”によれば、地下に住むドワーフは生まれながらに暗視スキルを持っているらしい。
でも、通常の手段とは違う方法でスキルを得た私なら、通常方法を會得すれば、もっとスキルレベルが上がるかもしれない。
とりあえず強化の要領で眼に魔力を流してみる。
「………見えた」
うっすらとだけど確かに足跡が複數あるのが分かる。
「五~六人?」
「もうし多いが10人には満たないな。この二つの足跡は似ているが、こっちのほうがわずかに深い。重が重いか荷を擔いでいたか……足跡がしれているから後者の下っ端だな。これは跡探索で魔の數を特定するのにも使える。歩幅や歩き方で相手の姿を“想像”しろ」
「わかった」
「……止まれ」
ヴィーロが不意に手を上げて歩みを停めた。
「あそこを見ろ。道から外れた場所に不自然な場所がある。何があるか分かるか?」
目を凝らすと確かに枝葉の向きが不自然に違う場所がある。上のほうまで折れた枝があり、それをつけたモノを“想像”すると……
「……罠?」
「正解だ。おそらくは侵者対策と言うより獣対策用の熊罠だな。お前のような軀だと、挾まれたら【回復(ヒール)】だと治しきれないので注意しろ」
「了解」
「見える罠は念の為に解除しておく。音を立てない方法は眼で覚えろ」
罠を解除しながら進んでいくと森の隙間の向こう側に、微かな“火”と“”の魔素が見えた。
私がその方角を無言で指さすと、ヴィーロもその方角に目を凝らしてから小さく頷いて、指のきだけで『進め』と指示を出す。
そちらに進むと開けた場所が見えた。山賊だと窟辺りに住んでいるイメージがあったけど、ヴィーロが口のきだけで『廃村』だと教えてくれた。
元々その村の住民だったのか、そこに山賊が住み著いたのか知らないが、靜かにその小さな村を窺うと、荒れ果てて草原と化した畑と幾つかの朽ちた家屋があり、そして中心部の比較的まともな家屋のある場所で、山賊たちが焚火を焚いて酒を呑んでいるみたいだった。
「……し多いな」
場所を確認したことで聲を出すことにしたヴィーロの言葉に私も頷く。
足跡は十人弱。留守番役を含めて十人強だと想定していたが、見えるだけでも15人ほどの山賊が見える。
中央の焚火の側に十人弱。そこから離れた屋のある場所でも、見張りを兼ねた數人の男達が酒を呑んでいた。
その近くに戦利品と思しき派手にが飛び散った跡がある馬車があり、私たちは相手がただの村人や旅人ではなく山賊だと確信する。
「しずつ減らすぞ。怖いならここにいていいぞ?」
「ううん」
私が首を振るとヴィーロがニヤリと笑う。……いや、こんな場所まで來て子供扱いは困るけど、本當に私が子供だと覚えているのだろうか?
気配を完全に消したヴィーロが大気の魔素の流れに沿ってするりとき出す。目の前にいると分かっていても、私には魔素ので“人の形”を追うだけで一杯だった。
これが【隠スキル】レベル4…か。
私も彼のきを目に焼き付けるようにして後を追う。
隠レベル1の私と違って、本気になったヴィーロは恐ろしいほど速かった。ふらふらと千鳥足で人のから抜けてきた男の一人に音もなく忍び寄ると、腕を首に巻き付けるようにして、『ゴキッ』と幻聴が聞こえるようなきで首をへし折り、廃屋の裏側に音もなく寢かせる。
「俺は見張りどもを先に始末する。お前はあの連中を見ていろ。見張りのほうへき出したら知らせに來い」
こくりと頷いた私の頭をポンッと叩いてき出したヴィーロの姿は、數十メートルも離れると完全に見えなくなった。
4~5人程度の見張りならヴィーロには問題ないだろう。普通の子供だったら山賊のいる場所で一人殘されるのは不安になるのだろうが、私は自分の仕事をこなすべく、鑑定水晶を取りだして山賊たちを調べはじめた。
殘りの廃棄水晶もなくなっていたが、いまだに【鑑定スキル】は得ていない。これも何かコツがあるのだろうか? 後でヴィーロに聞いてみよう。
山賊たちの戦闘力は40~70程度だった。一人だけ高い人間がいたけど、他は普通の村人とあまり変わりない。
でも考えてみれば、盜賊や冒険者と違って元が村人である山賊はスキル持ちがないのだろう。隠や探知スキルなどあるわけがなく、々が【剣スキル】レベル1程度しかいないのだと思う。
その中からまた一人の男がこちらに歩いてくるのが見えた。
しマズい。用を足しに來たのか、さっきの男を捜しに來たのか分からないが、死を見られて騒がれたら、ヴィーロは全員を相手にすることになる。
ヴィーロに知らせるか、この男を何とかするか……私は決斷を迫られた。
「…………」
私はを心の奧へ沈めて、靜かに目を細める。
マフラーで暴に頭の灰を拭うと、不自然な荷は纏めて草むらに隠し、意を決して男の前に歩み出た。
「おじさん」
「んん? なんだぁ? ガキかぁ?」
三十代くらいの腰に手斧を下げた薄汚れた男は、あきらかに酔っ払っているようで、不意にこんな場所に現れた子供に武も抜かずに近づいてくる。
「男かぁ? かぁ? よくわかんねぇなぁ。だと高値で売れるらしいぞ」
「……そうなんだ。おじさん、ちょっとこれを見て」
「ん? なんだぁ?」
私が向けた左手を覗き込むように男が不用意に近づくと、右手に隠していた私の髪で作った紐分銅を、魔力を込めて振り下ろした。
ゴッ! と鈍い音を立て、分銅を脳天に叩き込まれた男が眼を回したように仰向けに倒れる。すかさず黒いナイフを抜いて馬乗りになると、その重みで男がわずかに意識を取り戻した。
朦朧としていた男の瞳が私が構えたナイフを見て恐怖に揺れる。その咽が恐怖のびをあげる前に、黒いナイフの切っ先を男の顎下から頭に向けて突き刺した。
「……ぅが…」
「…………」
男の怯えた瞳に、あのを殺したときのように無表になった私の顔が映る。
ゆっくりと震える手が私にばされ、私がナイフを捻るようにして引き抜くと、ドロリとしたが溢れて男の手が地に落ちた。
「……ふぅ」
し張していたようで息を吐いてからナイフの糊を男の服で拭う。
これで問題はないだろう。ヴィーロが見張りを片付けるまで、また來たら私が始末すればいい。命のやり取りで躊躇するほど“ゆとり”はないので、命を奪うことに躊躇はしない。
それにしてもこのナイフの切れ味は凄い。糊も軽く拭っただけで本來の沢を取り戻しているので、本當に良いなのだとあらためて理解した。
しばらくして見張りのほうへ視線を向けると、燈りが消えて人型の魔素が見えなくなっていた。
見張りの始末は終わったらしい。これまでは暗殺者みたいな戦闘だったけど、焚火のところにいる六人に対しては『冒険者の斥候(スカウト)』としての戦いが見られるのだろう。
そんな集団戦に私が混ざるつもりはない。油斷をしているのならともかく、正面から複數を相手にするのはまだ危険で、下手な援護だけでもヴィーロの足を引っ張ることになりかねない。
私はし離れた場所から見張りして、誰か逃げ出したらその位置を把握しておくか、倒せるようなら倒せばいいかと考えた。
「……六人?」
確か……焚火のところには九人いたはずだ。ヴィーロと私が一人ずつ倒して、殘りは七人のはずだった。
もう一人はどこに行った? 慌てて辺りを見渡しはじめた私の耳に、暗がりから聲が放たれた。
「誰だっ!? 何をしているっ」
振り返ると、薄汚れた革鎧(ハードレザー)のその男が警戒したように剣を抜いていた。
「…………」
ヴィーロはまだ戦闘を始めていない。ここで騒ぎを起こしてヴィーロに助けを求めれば、ヴィーロは足手纏いを連れた狀態で戦闘をすることになる。
仕方がない……。私はヴィーロの戦闘が終わるまで、時間を稼ぐために黒いナイフを引き抜いた。
次回、山賊長との戦い。
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