《乙ゲームのヒロインで最強サバイバル 【書籍化&コミカライズ】》27 護衛メイドの修行
「……何をしているのですか?」
クルス人の年を押し倒して咽にナイフを向けていると、橫手から不意にセラの聲が聞こえた。……相変わらず足音も気配もない。それでも聲の大きさや方向からまだ數メートルの距離があると察して、油斷なくナイフを構えたまま年から目を離さずにいると、年が救いを求めるように『母さんっ!』と聲に出した。
「…………」
セラの子供だったのか……うっかり殺さなくてよかった。今の私では、セラと敵対したら確実な“死”が待っている。
セラと敵対しないことを示すように、私が刃を離しながらそっと年から距離を取ると、セラは息子ではなく私に尋ねてきた。
「何がありましたか?」
「スカートを捲られた」
「……そうですか」
セラは顔が真っ赤になったままの息子を見てし不審げに眉を顰めると、軽く溜息をつくように私を正面から見て頭を下げた。
「に不埒なことをしたのなら仕方ありませんね。母としてお詫びします」
「問題ない」
「それでは、この話はこれで終わりとして……セオ、いい加減に立ちなさい。鍛錬をはじめますよ」
「……母さん」
セラが息子に厳しい……。
そのセラの息子……セオがし拗ねたように母を見ながら立ち上がり、私を見るとまた顔を赤くして視線を逸らした。
「“自己紹介”は済んでいるようですね。これが私の息子のセオで、こちらがメイド見習いになるアリアです。セオは通常の訓練を続けるとして、アリアには十日後に到著する予定の“対象者”が余計な行をしないか監視する任務をするために、最低限、貴族の前に出られる“教育”を施します」
子供の監視任務……それが私の仕事になるらしい。
「……教育? 禮儀作法?」
「それもありますが、そちらは通常業務の終わった夜に行います。朝の時間は、セオと一緒に関連の修行をします」
「魔は……?」
セラの魔力値なら何かしらの魔を會得しているはず。私の傷を癒したのがセラでなくても、できれば魔のことを知りたいと考えて私が口にすると、セラが私を見極めるようにジッと見つめた。
「時間がないので考えていませんでしたが……あなた、屬は分かっていますか?」
「と…闇」
「二つも屬があるのですね。闇はヴィーロに習いましたか? 魔でしたら私が2レベルまで使えますので、時間があれば教えましょう」
「やっぱり……私に【治癒(キユア)】をかけたのはセラさん?」
「その通りです。魔を使えるのなら【治癒(キユア)】は必ず覚えてください。私たちは仕事柄、傷をけることはありますが、護衛メイドは貴族の前に出る必要があるので、見える部分に傷があるのは目立ちます。仕事中、一般のメイドの前で著替えることもあるでしょう。出來る限りの傷跡は消すように」
「……うん」
「僕だって風魔を教えられるよっ!」
突然セオが私に迫るように話に割り込んできた。
なるほど……スカートを捲られたとき、私が反応できる間合いでなかったのは、たぶん生活魔法の【流風(ウィンド)】も併用していたのだろう。でも……
「私は風魔は使わない」
「……そう」
「でも、対風魔の訓練はしたい」
「うんっ、任せて、アリアっ!」
……蹴り倒してナイフを向けたら懐かれた?
「アリア、あなたの足運びなどを見るに、自己流である程度は鍛えているのだと分かりますが、それを矯正します。的に言えば、『護衛メイド』獨特ので、スカートのままでも戦える足運びです。し見せましょう」
そう言うとセラのが、そのまま音もなく真橫にスライドする。
「……わからない」
「もちろん、そう簡単ではありません。足を見せますので見逃さないように」
セラは足首まであるスカートを脹ら脛まで持ち上げ、同じきを見せてくれた。
すり足、差、加速と減速……かなり高度で複雑な足運びをしている。これを會得できれば隠にも戦闘にも応用が利く。こういうきは“知識”にはなかったので、私は食いるように見て目に焼き付けた。
「本來なら子供の場合、セオのように私たちのきを基本から叩き込むところですが、アリアはある程度の下地も実戦経験もありますし、時間もないので、手取り足取り教えたりはしません。目で盜んで覚えなさい。ある意味、ヴィーロなどと同じ扱いになりますが、構いませんね?」
「……問題ない」
「よろしい」
……知り合う大人はみんな子供に厳しいな。
でも、知識だけで実戦して覚えるのはいつもと一緒だ。意気込みもなく靜かに頷く私に、セラが初めてわずかに笑みを浮かべた。
「それと武を支給します。一般のメイドは、武等の所持は厳ですが、私たちは兵などと同じように最低限の武裝を許されています。それでも外部から來た人間の場合は屋敷にる際に武裝を預かるのですが、あなたの場合は、『虹の剣』のヴィーロと私が保証人になることで許可しました」
そう言うとセラは布に包まれたを私に寄越す。
「その武で、あなたがおかしな真似をすれば、私とヴィーロがあなたを始末することになりますので注意するように」
「……はい」
それは確実に命がない。
「それと……先ほどの黒いナイフはどこに隠していましたか?」
「脹ら脛に革紐で…」
「それくらいなら許可しましょう。他の者には見つからないようにしなさい」
「「………」」
脹ら脛に……の時點で、太ももにも投げナイフを隠していると知っているセオが何か言いかけたけど、私が睨んで止めさせた。
使える武は幾つあってもいい。余計なことをするつもりはないけど、命の危険があれば躊躇なく使う。特にこんなヒラヒラしたを著ているので、私なら戦闘は投擲が主になるはずだ。
支給された武は、細いナイフが2本に投擲用の投げナイフが4本だった。
細いナイフは黒いナイフの逆側につければいいだろうか。それでも2本だと重くなるので1本は予備にする。投げナイフは……太ももに全て括り付けるには、私の腳の太さが足りない。
ヴィーロに貰った投げナイフより細いから、1本ずつなら袖に隠せるかな? そのうち専用のホルダーを作るか買うしかないか。
足運びや細いナイフを使った戦闘、そしてメイド服のままでも戦える、投げや極めのも教えられる。
そのを扱う上で、格の近いセオと格闘の模擬戦もやらされた。
「あ、アリア? 蹴りとか使ったらダメだよっ!?」
「分かってる」
何故かセオは私のスカートが気になるらしい。セラもスカートで足下が隠れている狀況を活かすため、蹴り技などは奧の手にするのが良いと言っていた。
セオは私よりも一つ年下の6歳らしい。6歳にしては背が大きいけど、私と同じように魔力のせいで長が早まっているのだろう。
私は対人戦の技が不足している。実際に修行を始めて一月半程度しか経っていないのだから、足りていないのは當たり前だが、正面からの技の応酬となれば、正式な訓練をしているセオに何度も土をつけられる結果となった。
「そろそろ朝の訓練は終わりにします。汗の臭いと埃を消しますので、二人ともこちらにいらっしゃい」
「……?」
何だろう?と思いながらセラの近くに寄ると、彼は何か呟きはじめ、その手にの魔素が集まりはじめた。
「――【浄化(クリーン)】――」
そのをけると私のから汗の臭いが消えて、メイド服にもついていたわずかな埃が消えていった。
「これは……」
「レベル2の魔、【浄化(クリーン)】です。本來は障気などを浄化するための魔ですが、こうしてに付いた細かな汚れや匂いを消すこともできます。大きなゴミや汚れは無理ですが……いかがでした?」
「覚えたい……」
「是非ともお願いします。職場に使える人間がないので、屬のあるあなたには期待します」
魔のレベル2は【浄化(クリーン)】と【解毒(トリート)】だ。
見るのは初めてだけど、【浄化(クリーン)】は目に見える汚(けが)れを消して、【解毒(トリート)】はの微な異を消す、私からするとかなり有効な魔だった。
でもセラが言うには、どちらの呪文も者がその“汚れ”を理解している必要があり、障気も実際にそれが障気だと理解が必要で、解毒も何の毒か分かっていないと消せないらしく、使い勝手の悪さから治療師くらいにしか使い手がいないそうだ。
軽い解毒をする薬草もあるし、使いこなすには専門の“知識”が必要になるので、そこら辺が高レベルの魔師がない理由かもしれない。
「それから、今日からこれを朝に飲みなさい」
鍛錬の最後に、セラから陶の瓶にったポーションを手渡された。
「……何これ」
「『何ですか』と言うように。それとこれは“毒”ですよ」
なんでも特別な調合をした弱い毒で、苦痛をじることはないが、丸一日は力値が1割ほど減したままになるらしい。
どうしてそんなを……と思ったら、それを続けることで【毒耐】を得られる可能があるみたい。護衛メイドは主の毒味役もしなければいけないそうなので、死にたくなければ真剣に飲むようにと言われた。
……やっぱりこの人、部下に厳しい。
朝の鍛錬の後は朝食になり、セオと一緒に食べることになった。
以前は私たちの他にも子供の見習いがいたらしいけど、すぐに辭めていったそうだ。だからか知らないけど、私は一部のメイドたちから胡な視線を向けられた。
けど、今更その程度のことは気にならない。せめてホブゴブリンくらいの殺気なら気にはするけど……と思いながら彼達に目を向けると、何故か目を逸らされた。
「……アリア、目付きが悪いよ?」
「知ってる」
朝食の後は、セオは執事見習いの仕事があるらしくここでお別れになる。
別れ際にまた赤い顔で『セキニントルカラ』とか言っていたけど、私の仕事で彼が関わることがあるのだろうか?
午前中はミーナの後についてシーツの回収や洗濯の手伝いをした。掃除や洗濯にも注意點があり、その點では、あのは師匠の所でも適當だったみたいで、“知識”はあまり役に立たなかった。
役には立たないけど、教わったことをゆっくりでも丁寧に仕上げる。それは武の修行と一緒だ。丁寧に覚えることが第一で、速度や威力はその後でもいい。
晝食は朝とほぼ同じメニューだった。ミーナによるとシチューは大鍋で一気に作るらしく、それがなくなるまで違うメニューにはならないらしいが、毎日ヘビと兎を食べていた私からすると気になるほどじゃない。
午後はミーナではなく直屬の上司であるセラと、屋敷の中や城の周りの警備の注意點を教えられた。途中で一度カストロとも會ったが、彼は私を見て顔を顰めるだけで何も言わずに去って行った。
「あれでも、あなたに悪いとは思っているのですよ」
「ふぅ~ん……」
別にどうでもいいな。
夕方になってまた食事になる。魔力が増えてまたが長しはじめているのか、それなりにお腹は減っていた。
夜はセラと付きっきりで禮儀作法を教わる。歩き方や姿勢の矯正をされ、お辭儀の角度も直された。私の場合は“知識”があるのである程度覚えは良いみたいだけど、それよりも貴族に対する作法や言葉遣いを念りに叩き込まれ、四時間ごとに鳴る“六の鐘”が聞こえた後も、暗闇での文字の書き方や、この北部地方にいる貴族の名前やその領地を覚えさせられた。
夜は夜で、私は個人的にやることがある。
それは私の【闇魔法】の把握だ。闇魔ではなく、うっかり【闇魔法】を覚えてしまった私だけど、そのおかげか、それまで使えなかった【幻聴(ノイズ)】の魔が使えるようになっていた。
【幻聴(ノイズ)】の…というかレベル1魔の消費魔力は10前後になる。試しにそれと同じことを闇魔法で何とか再現してみると、魔力を20以上消費していた。
魔法は魔と違って々と応用は利くけど、使い勝手が悪い。やはり魔法が廃れて、魔になっていったのには理由があるのだ。
要するに、一人分のシチューを材料から揃えて作るよりも、味の好みさえ気にしなければ、屋臺でシチューを食べたほうが安いし味いのと同じだと理解する。
それでも、を抜いたり香辛料を省けば、かなり安くて簡単に作れるレシピがあるのでは?
強い“威力”と“効果”を両立させる必要はない。魔は汎用を求めて完全なを作るが、闇系の幻魔法なら完璧なを作る必要すらなく、私はホブゴブリンの時のように一瞬でも騙せれば充分なのだ。
「……何を“騙す”か?」
目や耳を騙す魔はある。視覚や聴覚の他に何がある? 嗅覚? 味覚?
「覚か……」
呟きながら眠気覚ましと毒耐の鍛錬を兼ねて、乾燥させていた強心作用のある薬草をしだけ噛み千切る。
私はかすかに思いついた『何か』を形にするべく、眠気の限界が來るまで森の仮拠點で闇魔法の修行を続け、徐々に迫りくる『貴族』との邂逅に備えた。
アリアはかなりストイックです。強くなることに妥協をしません。
朝の修行でセオが言いかけたのは、スカートの中の武ではなかったのですが、そのせいでアリアのスカートのことを報告できなくなりました。
次は貴族との邂逅。悪役令嬢。
更新速度が上がらなくて申し訳ございません。次回は土日の更新予定です。
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