案の定長くなったので、分割して前倒し投稿です。

拐されたエレーナを追って、私は小さな橫の中を進んでいく。

あのメイドが報を流していたとしても、事前にこれだけのを掘る時間があるはずもなく、おそらくは土魔法の使い手が拐犯にいるのだと推測する。

セラの仲間たちが見張っていても、地下までは調べられなかったか……。

そもそも人手不足だから私のような子供まで使っている。今回エレーナの側にいたセラの仲間は対応してくれた侍一人だけだが、彼も隠や探知に長けているわけではなく、盾となるために戦士の技能をいくつか持っているだけだと聞いていた。

組織の全員がセラのような高い斥候技能を持っているはずもなく、大部分はおそらく報を収集する間諜のような者なのだろう。だからセラは私のような得の知れない子供に技を仕込もうとしたんだ。

外にいる上級執事に連絡が取れても、追いつくまでに十數分はかかるだろう。それまでにエレーナを発見して、私一人で足止めをする必要がある。

こんな、子供か細のなら通れるほどの微妙な場所を、子供一人を抱えて移したのなら、相手は斥候(スカウト)職か盜賊(シーフ)系、もしくは……

「……暗殺者(アサシン)か」

魔を使う暗殺者なんて私が想定する最悪の相手だ。それでも追わないといけない。でもそれは請け負った仕事だからじゃない。

住宅三軒分の地下を進むと唐突に縦に変化した。私は隠を使いながら強化をかけて土に指をかけながらスルスルとを昇り、気配を探りながらの外を窺うと、一人の小汚い男がバタバタと逃げ出す準備をしているのが見えた。

単獨犯ではなく仲間がいたか。もしかしたらただの漁りという可能もあるけど、私はすでに攻撃することを決めていた。

「……【診(フィール)】……」

私が口の中で唱えると、男は驚いたようにり口のほうを振り返り、その瞬間飛び出した私は、袖口に隠していた２本のナイフを投げ放つ。

「ぎゃっ！？」

背中に２本のナイフをけ勢を崩した男の足に蹴りをれて転がすと、うつ伏せになった男の背を蹴るように片膝をついて、黒いナイフを首元に突きつけた。

「逃げたと子供はどこだ？」

「……な、なんだよ、お前っ！　俺は何も…ぎゃあっ」

とぼけようとした男の首から背中までナイフで切り裂き、再びナイフを首に當てる。

「時間がないから、【回復(ヒール)】で治るような拷問はしない」

威圧しながら首にナイフをらすと、男の顔が一瞬で青くなった。

「お、俺は、金もらって見張ってただけなんだよっ！　勘弁してくれっ！」

「そんなことは聞いていない」

「ぎゃあああっ！」

今度はナイフを背中に刺して抉ると、痛みに耐えかねた男が喋り出す。

「あのは、子供を抱えて右……いや、左の方へ行ったっ！　そこに馬車があるっ！」

そのらかすぎる言いに途中でさらにナイフで抉ると、本気だと悟った男が慌てて言葉を変えた。

「他に仲間は？　噓だったら戻ってきて殺す」

「ほ、他にはいねぇっ！　街の外にいけば仲間がいるってっ！　噓じゃねぇ！」

「わかった」

ゴッ！

「がっ…」

強化した両手でナイフの柄を頭に打ち、男の意識を落とす。

これ以上は聞いても無駄だと判斷する。それに生かしておけば、追いついてきたセラの仲間がまた報を聞き出して追ってきてくれるだろう。

投げたナイフを回収して外に出ると人気のない細い裏路地だった。

男は左に行ったと言っていたが、最初は右と言っていた。念の為に顔を地面にギリギリ寄せるようにして瞳を強化すると、確かに右の方に足跡が殘っていたが、左手のほうに足跡を消したようなわずかな痕跡が見つかり、私はその方角へ駆け出した。

実戦では初めてだったけど【診(フィール)】の発は確認できた。

これは私が【闇魔法】で構した、“闇魔”の呪文で位置を指定し、“闇魔法”で効果だけを與える魔と魔法の併用幻魔法だ。

その効果は、対象となる生の『任意の場所』に『れられる』覚だけを與える単純な効果しかなく、実際にれてもいないので木の葉一枚かせないけど、構を出來る限り削った結果、魔力消費はたった５で抑えられた。

魔なら呪文を唱えるだけで発できるが、魔法は脳で構を組み立てなければいけないので、とっさに使うのはまだ難しい。でもこんな場面なら有効に使えるし、消費も低いので慣れれば使える場面は多いだろう。

「……こっちか」

偶に足跡を確認しながら追跡を続ける。足跡は一つ。上手く足跡を殘さないように歩いているけど、微かに“荷”を抱え直すようなれた足跡が殘っていた。

擔いだエレーナが重かったのか、エレーナに意識があり暴れているのか分からないけど、別がであることを考慮しても、それほど筋力は高くないとじた。

敵を暗殺者だと仮定したが、どうしてそいつはエレーナを殺さなかったのか？

セラは敵の姿を、敵対する派閥から送られてきた者だと予想した。それが正しいのなら、拐犯の目的はエレーナを生きたまま連れ帰り、利用することだろう。

だとするなら、暗殺者である必要はない。筋力の低さから考えて相手は戦闘がメインではない、盜賊系の斥候ではないだろうか？

ならば命までは取られない。そう仮定してもいいが、いざとなったらいつでも殺せるだろうと考え、甘い考えは止めておく。

こちらの勝利目標は、第一がエレーナの命で、その次が彼の奪還となり、敵を倒すことが目的じゃない。

敵の正を知りたいところだけど、それは私の仕事ではなく、その辺りの優先順位を間違えると大変なことになる。

戦闘系ではない斥候でも、おそらく敵はホブゴブリン以上の強敵になるだろう。私はどうしてそんな危険を冒してまで一人で追うのか……と自問する。

仕事だからじゃない。私は、……エレーナに死んでほしくないだけだ。

優先順位を頭に叩き込み、裏路地を駈けているとし開けた場所に、個人の行商人が使うような馬車が見えた。

「見つけた」

外には細の影が一人、そして馬車の中から金の髪が見えたのを確認した私は、走りながらスカートを翻し、腳に括り付けた數本のナイフを引き抜いた。

＊＊＊

エレーナが心ついたときには母による英才教育が始まっていた。

母としての溫もりをじたこともなく、いエレーナはその溫もりだけを求めて厳しい教育をけ続けた。

その結果、四つの魔屬と大人顔負けの知を得るに至ったが、その代償としてわずか四歳で會得した屬と強い魔力はいを蝕み、同年代の子供と走り回れるようなではなくなった。

貴族の間でもあまり知られてはいないが、多くの屬を得ると、強い力を得る代わりに者の壽命を代償とする。

エレーナの場合は、大人のになるまで長できれば、子を為すことは難しくても普通に生きることはできるだろう。だがそれは、王位を得るには致命的であり、母の興味は急速にエレーナから離れていった。

母の溫もりを得ることもなく、丈夫なさえ失ったエレーナを支えたのは、正妃が産んだ王太子である兄であった。

穏やかで人の痛みをじることのできる優しい兄。エレーナは彼を慕い、兄しか頼れる者がいないのだと思えるほど執著した。……ようにエレーナは見せかけた(・・・・・)。

自分が母のいいなりになったままでは、國はいつか國王派と貴族派に別れて二分する。兄である王太子の優しさには救われた部分もあり、個人的に兄妹としての好意は持っているが、兄の“優しさ”は二分された國を纏めるほどの“強さ”ではなかった。

あのままのエレーナでは、貴族派の言葉を退けることはできなかっただろう。だからこそ、『執著』を演じてまで、國王派であると外に示す必要があった。

この事実を知るのは、現狀では父である國王と前國王と皇太后である祖父母、そして母を含めたわずかな側近のみである。

もし王太子が次代の王として“弱い”と判斷されたとき、王太子の子が人するまでの“教育”と、王代理としての“王”の役目を果たすため、母である第二王妃に知られることなくエレーナの王教育は続けられていた。

正妃の子から王の座を奪うべく教育した第二王妃の果は、母を裏切ってまで國の安寧を考える“知”をエレーナに與えてしまったのだ。

今回のダンドールへの療養も、いきすぎたエレーナの頭を冷やすことではなく、わずか七歳で王家のバランスを調整しているエレーナを気遣った父から勧められた、療養ではなく『休養』だったのだ。

その休養の地にダンドールを選んだのは、従姉妹であるクララがいたからだ。

クララは三歳から六歳までの三年間を王都で暮らしており、その間、エレーナの遊び相手として週に三日は登城していた。

他の子供のようにびを売るでも暴でもなく、ダンドールの姫としての気品を持つ一つ年上のクララを、エレーナは本當の姉のように慕っていた。

だからこそ、彼の癒しを求めてこの地まで訪れたのだが、二年ぶりに會ったクララはし様子が違っていた。

微かな“違和”と言えばいいのだろうか。

穏やかな気質はそのままに、エレーナさえも知らない知識まで持っていたクララに、最初はようやく話が合いそうな相手ができて喜んでいたエレーナだったが、會話をしているうちに“別人”と話しているような錯覚を覚えた。

エレーナを見る瞳が、以前のような純粋な好意から警戒するような視線に変わっていた。クララに“何か”があった。それを彼は隠している。

それを見極めるために、――正直に言えば以前のような関係に戻りたくて、クララがエレーナを見たように警戒のを見せた人らしきメイドを強引に引き抜いた。

別に違っていてもよかった。そのピンクブロンドの髪は先々代王妃の肖像畫に描かれていた髪のと同じで、今よりももっとかった頃は、金の髪よりも桃の髪のほうが良かったとかに憧れていただった。

その桃髪のの名はアリア。年齢は聞いていないが平民なら10歳前後で、魔力で長している今のエレーナと見た目はさほど変わらない。

印象的だったのはその瞳……しく華やかな人間を見慣れているエレーナから見ても可らしい顔立ちをしているのに、その翡翠の瞳は、何かに立ち向かうような強い力をたたえていた。

その中も普通に考える子供とは違っていた。子供とは思えないほど冷靜で冷淡でありながら、細やかに人を見ていて、エレーナが何かしいときはすぐに気づいて近づいてくれた。

共……というのだろうか。孤高とも言えるアリアの在り方は、エレーナに自分がけして“獨り”ではないとじさせる安堵を與えてくれた。

一度だけ他のメイドがを落としたとき、一瞬でエレーナを庇うように構えていたので、もしかしたらアリアは、噂に聞く暗部の“戦闘メイド”なのかもしれないと思うようになった。

そしてクララのことだが、彼が気にしていたのはどうやらアリアで正解だったようだが、クララの反応を確かめる前に、その髪のにトラウマでもあるのか、クララのほうから距離を置かれてしまった。

それならそれで構わない。今はクララのことよりアリアと一緒にいるほうが刺激的で心が生き返るような気がした。

だから久しぶりに自分から買いに行こうという気分になった。だけどそれは油斷でしかなかった。

國王派になったはずのエレーナはいまだに貴族派の希であると同時に、自分が生きているかぎり、新たな貴族派を纏める象徴を立てたい貴族家にとっては邪魔な存在でしかなかったのだ。

薬を使われたのか一瞬での自由が奪われ、一緒にいた侍も倒れてかなくなった。犯人は採寸するはずの店員だった。そのは自由の利かなくなったエレーナを擔ぐと、家をどかした床のから、あっさりと外に連れ出した。

どこからエレーナが立ち寄る場所の報がれたのか？　貴族派の使用人は雇っていないはずだが、連れ去られる途中で見たそのメイドが裏切ったのだろう。

その顔は忘れないと目が合ったメイドを睨みながら、エレーナは心臓の魔石からの魔素を生し、全に満たすことで毒の中和を試みた。

「あら、もうけるようなったの？　さすがに優秀ね」

「……殺さないの？」

いくらか毒を中和できたが、まだはかない。エレーナはこの歳で魔を２レベルまで使えるが、それでも何の毒か分からなければ【解毒(トリート)】でも完全に除去することはできなかった。

しでもけるのがバレているのなら黙っているより報収集したほうがいい。

「依頼主の希で殺しはしないわ。そもそも殺すような依頼なら、ギルド経由でもけなかったけどね」

意外とお喋りな店員は、真っ赤なでニコリと笑いながら、ウインクまでして見せた。殺しをしない。ギルド経由の仕事をする人間なら、冒険者か……

「……盜賊(シーフ)？」

「その通り。私たちは國や領主に尾を振る飼い犬になった斥候(スカウト)でも、殺すことしか出來ない野蠻な暗殺者(アサシン)とも違う、技を蕓の域まで極めた誇り高き盜賊(シーフ)さまよ」

盜賊ギルドに貴族の誰かが依頼したと言うことだ。魔と戦う冒険者の斥候(スカウト)とも、対人戦を極めた暗殺者(アサシン)とも違う、侵と盜みを極めた盜賊(シーフ)ならば、拐任務には打ってつけだろう。

「賢くて可いの子とお話しするのは愉しいけど、街を出るまでは大人しくしてね。今から追加の毒をあげるけど暴れてもいいのよ？　すごく痛くしてあげるから」

「……くっ」

あの手際を見るに暴れても無駄だろう。けれど、このままどこかの貴族の手に渡っても、おそらく何かしらの署名を強要され、報を搾り取られたあげくに始末されるのがオチだった。

舌が微妙に痺れて魔が発するか分からない。何も出來ないが、それでもエレーナが盜賊を睨み付けると、それを見て嬉しそうするの手がエレーナにれる寸前、

カンッ！

「「っ！」」

二人の間をすり抜けるように１本のナイフが馬車に突き刺さった。

エレーナと盜賊の目が一斉に飛來した方角へ向けられ、エレーナの碧い瞳に黒いメイド服を著た、桃髪のの姿が映る。

「……アリアっ！！」

戦闘まで辿り著きませんでした。

次回、王奪還　その②

次は一日空けて　木曜更新予定です。