今更ですが殘酷な表現があります

「へぇ……『戦闘メイド』ね」

盜賊の私を見る目がしだけ変化した。

貴人を護る『護衛メイド』にも種類がある。ただひたすら主の側にいて、毒味や有事の際には盾となる、を張って主を護る役目の者や、主の周りで報を収集し、危険そのものから主を遠ざける役目の者もいる。

その中でもセラのような高い戦闘力を有し、侵者や暗殺者を人知れず始末して、冷酷なまでに排除する、戦闘を主な役目とする者達がいた。

盜賊の反応から察するに、そういう者たちは、貴族の館に侵する盜賊たちから恐れられて嫌悪されているのだろうとじた。

セラのような凄腕の護衛を『戦闘侍』と呼ぶのなら、私は『メイド』程度の力しかないけど、それでもエレーナは私が取り戻す。

タンッ！！

「キャッ！？」

突然盜賊が私に視線を向けたままナイフを馬車に放った。

ナイフが刺さった木の板の裏からエレーナの悲鳴が聞こえ、その場から魔素が拡散するのが視えた。

「お転婆なお姫様ね。魔力や聲を抑えても呪文の『韻』が聞こえてるわよ？　次に下手な真似をしようとしたら魔で…」

ヒュンッ！！

「つっ！」

“糸”についた“刃”を真橫から遠心力で投げつけると、一瞬気を逸らしていたが仰け反るようにを引いて躱した。

「お前の相手は“私”でしょ？」

「……あんた」

盜賊が意識を私に戻し、私はこちらをを見ているエレーナに、『何もするな』と小さく首を振る。

「それもそうね……時間もないし、遊びはここまでにしましょう」

そう言った盜賊が服裝店の制服をぎ捨てると、にピッタリとした革製の裝に変わった。

確かにゆったりとした服はきにくい。私もメイド服に慣れていないときは、きがかなり阻害されるようにじたけど、これはこれで利點もある。

盜賊がそれまで使っていた短剣を捨て、新たに引き抜いた２本のダガーに不自然な沢をじた。

おそらくは“毒”だ。毒にも種類はあるけど、この盜賊が使うような毒なら掠るだけでもマズい気がした。

けれど、最も怖いのは“魔”だ。しかもレベル３の土魔法なんて“知識”でも分からないが、私は毒と魔を警戒しながら生き殘るための策を講じないといけない。

ヒュンッ！

「またその攻撃かっ！」

気配を察した盜賊がその場から飛び避ける。

私は毒を使う盜賊の間合いにらないように“糸”の“刃”で牽制する。盜賊もその攻撃が何か分からなくても、飛び道だと察して気配だけで避けていく。

今の私の切り札は、この“糸”の“刃”と“幻魔法”だ。

その一つである“糸”の“刃”を初見に使った時點で、ある程度のダメージは與えておきたかったが、効果的に使えないまま牽制に使うしかなくなった。

毒を警戒して間合いを開けても、この盜賊には魔がある。今はまだ、遠心力の速度で見切られていないが、このまま使い続けて、ただの糸に付いた刃だとバレてしまえば、すぐに魔の餌食になるだろう。

それでも今は、の隙を作るために手持ちの武で攻撃を続けるしかなかった。

「――【落(スネア)】――」

「っ！」

“糸”の“刃”から逃れるように、盜賊が魔を行使する。

私の足下に突然が開き、私はそれから転がるようにして魔を避けるが、こいつはそれを見逃すような奴じゃない。

盜賊が毒付きのダガーを１本投げつける。私は膝を地につけた勢から、ギリギリでダガーを弾くことはできたが、その時にはダガーを投げると同時に突っ込んできた盜賊が、大きく後ろに振りかぶるようにしてダガーの“突き”を繰り出した。

「――【二段突き(ダブルエッジ)】――っ！！」

短剣２レベルの戦技、【二段突き】だ。程は通常と変わらないが、速度が増し、突きによる二回連続攻撃が可能になる。

勢を崩した狀態で、この攻撃は躱せない。でも――

「なっ！？」

膝を付くようにを低くした私のが真橫にスライドして、盜賊の戦技は私のスカートだけを斬り裂いた。

確かに普通なら躱せない。でも私は、呪文という発に時間のかかる手段より、時間のないことに焦った盜賊が、一撃の威力が高い戦技に頼るだろうと予測していた。

だから私は広がった長いスカートで腳を隠したまま、セラから習った足運びを使って攻撃を回避することが出來たのだ。

予測といっても半分は“勘”だ。ここで魔を使われたら避けることはできず致命傷をけていただろうが、盜賊が戦技を外したこの隙を逃す手はない。

片膝をしっかり地につけてを支えた私が、上半を捻るようにナイフを引くと、私の“する”ことを理解した盜賊の顔がわずかに歪む。

「――【突撃(スラスト)】――っ！」

私はあまり【戦技】を使わない。高威力は確かに魅力的だが、それを使った後に生じる隙が嫌だった。

私が戦技を使うときは、トドメを刺すときか、明確に隙が生まれたときだ。敵がわざわざその隙を作ってくれたのなら、私が戦技を使わない理由がない。

「ちっ！」

だが、當たると思った【突撃(スラスト)】を、盜賊はを橫に折り曲げるようにして回避する。『』という技があると“知識”から頭に浮かんできたけど、こんな奇っ怪な避け方なんて想定外だ。

それでも完全には躱せず、私の戦技は盜賊の肩を淺く斬り裂いたけど、盜賊はそのまま橫倒しに倒れると同時に、鋭い蹴りを放ってきた。

立場が逆転し、戦技を使った後の私は躱すことができない。一瞬の判斷で自分から飛ぶように腰を蹴られて數メートル転がり、そのままの勢いを使って跳ねるように立ち上がる。

わずかに距離を取って私は勢を立て直す。だけどその時には盜賊も立ち上がり、呪文の詠唱を始めていた。

その魔素の量から判斷して大きな魔を使うつもりだろう。私はスカートを翻して抜いたナイフを投げつけるが、一瞬早く盜賊の魔が完した。

「――【巖(ロックスキン)】――」

ギンッ！

投げナイフが盜賊の革服で弾かれた。

攻撃魔じゃなく防系か。それを見極めるために“糸”の“刃”を投げ放つと、盜賊はニヤリと笑って刃を素手で打ち払う。

「へぇ……糸の先につけた刃……ペンデュラム？　面白いモノを使うようだけど、もうこんな小賢しい攻撃は効かないわ」

「…………」

今のが魔の効果か……。盜賊の見た目は変わっていないが、その全が土屬の魔素に覆われていた。

たぶん、その効果から察するに魔系の鎧だと判斷する。

「もう終わりよ。本當に……ランク１程度の子供に、こんなに手こずるなんて思ってもいなかったわ。私の“奧の手”を使わせたんだから、せめて良い聲で啼いてね。ものすご～く“痛く”してあげるから」

盜賊が歪な笑みを浮かべながら、再び魔の詠唱を始める。

それを阻止しようと“糸”の“刃”を投げつけるが、盜賊は躱しもせずに、刃はの頬で質な音と共に弾かれた。

何の魔か分からないが私が的を絞らせないように走り出すと、それと同時に盜賊の魔が完した。

「――【飛礫(ストンブリツト)】――」

「っ！」

地面から幾つもの小石が、弾けるようにして放たれる。

私は頭部を護るように腕を十字にして飛び避けるが、それでも數個の小石が私のを打って地面に転がした。

「く……」

「子供なのに、我慢強いのね……ふふ」

の傷と力値は別だ。力が空になっても気絶してけなくなるだけで、すぐに死ぬわけじゃない。逆に力が満タンでも心臓を刺されただけで人は死ぬ。

石礫は打撃系なので急所さえ防できれば深刻なダメージはない。それでもあれほどの數を躱すことは難しく、一発でも急所にければ次こそ命がないだろう。

もう時間を稼ぐどころの話じゃない。私の攻撃は何も効かず、相手はダガーでも魔でも簡単に私を殺せるのだ。

「もう、奇策のネタは盡きたのかしら？　子供にしてはよく戦ったけど、厄介なあなたは確実に殺す」

「…………」

私には、もう一つだけ“切り札”がある。けれど、それはまだ使う“條件”を満たしていない。

普通の攻撃をするにも、盜賊は魔の鎧を使っている。

魔系の鎧は“知識”にあまりないが、それでも報を掻き集めると、一定の累計ダメージで消滅するか、一定時間一撃の攻撃ダメージを一定量軽減するかどちらかだ。

この土の鎧はどっちか？　おそらく土系なので前者だと考える。本人が奧の手と言うからには、レベル３の魔でもう一度使えるか微妙なところなのだろう。

なので私はその魔が再び使えないことを祈って、全の痛みに耐えながらも、魔の鎧を削り続けた。

「あはは、無駄無駄ぁっ！」

ナイフも盜賊がペンデュラムと言った糸の刃もそので弾かれる。私がの見える場所ばかりを狙っていたせいか、盜賊はわざと顔で刃をけて私を笑った。

盜賊が防もなしに真っ直ぐ突っ込んでくる。武が効かないのならで凌ごうとするが、ダメージをけた私のは本來のきができずに、盜賊のダガーが私の肩を掠めた。

「っ、……ぁあああああああっ！」

その淺い傷から激痛が私を襲う。その痛みに思わず聲をあげてしまうと、盜賊の顔が恍惚に歪んだ。

「ああ……ようやく啼いてくれた。でも安心して。すぐに死ぬような毒じゃないけど……この毒は凄く“痛い”でしょ？」

「…くぅっ」

傷自は深くないのに鋭い痛みにきがれる。

激しい痛みで筋が痙攣し、呼吸さえも上手くできない。ただの子供なら泣きぶか気を失うかしかないが、私はここで気を失うわけにはいかなかった。

……もうし……

盜賊が私を笑いながら見下ろし、上手くけなくなった私を蹴り飛ばす。

地面を転がり、を睨むようにを噛んで悲鳴をらさずにいると、盜賊は震えるように恍惚とした表を浮かべて、仰向けに倒れた私を踏みつけた。

「いいわぁ…メイドちゃん…もっといたぶりたい……もっと啼かせたい。殺さなくちゃいけないのに、時間がないのに…ああ……もっと苛めたいのに」

「…………」

「ああ、その顔ステキ！　もっと聲を聴かせてっ！」

盜賊はぶようにして腕を振り上げると、毒付きのダガーを私の腹部に深く突き立てた。

「あああああああっ！！！」

「そうよ、もっと泣いて啼いて！　もっと苦痛に歪んだ顔を私に見せてっ！　痛いでしょ？　苦しいでしょ？　あはははははっ！」

痛いっ苦しいっ、……でもここで気を失うわけにはいかない。ようやく……準備ができたのだから。

だから……お前に“返して”あげる。

「……【幻痛(ペイン)】……」

私の闇魔法が発すると、盜賊が一瞬キョトンとした顔をして、次の瞬間、顔を醜く歪ませた盜賊が屠殺場の豚のような悲鳴を上げた。

「ひぃいっ！！　ああああああああっ！！！　ぐああああああああああっ！！」

戦闘をあまりしない魔師系の盜賊だからか、あまり“痛み”の耐はないようだ。

恥も外聞もなく、それまで優位に立っていた盜賊だったが、今は地面を転がりながら狂ったように悲鳴を上げ続けていた。

幻系の魔は、自分の知っているモノしか再現できない。

たとえば【幻聴(ノイズ)】なら自分の知っている音を作り、【診(フィール)】なら自分がにじたを再現する。

私が使った【幻痛(ペイン)】は、私が知っている“痛み”を、魔力に込めて撃ち込むことで、相手に“痛み”を“錯覚”させる闇魔法だ。

けれど、それを使うために私は、自分が死なないギリギリのラインで、その基準となる“痛み”を知る必要があった。

痛みは與えても的にはダメージはない。構も【診(フィール)】とさほど変わらないのに、痛みの再現に魔力を20以上消費するので連発もできない。

それでも數秒間程度、相手のきを止める効果を期待していた。

でも、自分の痛みではなく、どこが痛いのかも分からない激痛は、盜賊の神を混させ、痛みに騙された神経が痙攣を始めるような効果をもたらした。

「………、」

私も同じ痛みに耐えながら震える腳に力を込めて立ち上がる。

私の神が強いわけじゃない。同じ痛みをじていても、ようやく見えた明は私の神を高揚させ、痛みに耐えるだけの力を與えてくれた。

「ひぃい、があぁ、や、やめ……くるな…もうけ…ぐあ」

しずつ混から立ち直っているのか、が途切れ途切れに聲をらしながら、這いずるように私から距離を取ろうとした。

けれど、痙攣するは力がらないのか、腹を刺されてを引きずるように進む私よりも遅かった。

盜賊の神経が痛みの“錯覚”に慣れる前に、決著をつける。

でも盜賊のはいまだに魔の鎧に覆われ、刃や打撃ではダメージが通らないけど……

「ひっ」

を引こうとする盜賊の首に、私は糸を巻き付ける。固定するように何度も何度も首に捲き、その首に膝を當てて渾の力で糸を引くと、刺された腹の傷からが噴き出した。

「ひ…や、やめ……たすけ」

「ダメだ。お前は死ね」

私も最後の力を振り絞り、強化と膝を使ったテコの力で糸を引く。

「あがあががああがががああああ」

「――っ！」

持ちでも限度はある。渾の力を込める私に、盜賊が痙攣しながらも首の力で耐えようとした。

私はレベル２になった魔力制を使い、全力の強化で糸を引くと、拮抗していた盜賊の首が捻れ始め、しずつ捻られていったその首が――

パキン……ッ。

濡れ雑巾に包んだ枯れ枝を折るような音と共に真後ろを向いた。

「「………」」

恐怖に引き攣った盜賊の顔が唖然として私を見つめ、その瞳に輝いていた生命のは、無表の私をその瞳に映したまま靜かに闇へと沈んでいった。

決著です。今回はかなり泥臭い殺し方になりました。

普通の主人公なら覚醒でもして鎧を貫くんでしょうか……

倒せましたが終わってません。腹を刺されて毒をけたアリアは生き殘れるのか。

次回、エレーナとの誓い。

たぶん明日予定です。

軽い解説。

コメントでもご指摘がありましたが、『戦闘メイド』という職種はありません。

護衛メイドの種類で、戦闘を主に擔當する者がいて、そういった者たちは暗殺者や盜賊から恐れられています。

エレーナが呟いた『戦闘メイド』は、そういう者たちを示す造語のようなもので、正式な名稱ではないのですが、業界人には意味が通じます。エレーナとアリアが同じ言葉を使ったのはただの偶然です。