《【書籍化】オタク同僚と偽裝結婚した結果、毎日がメッチャ楽しいんだけど!》夜は長いよ
「さあ滝本さん、座ってください、ここが王の席です」
「ありがとうございます……?」
この家の一階は、真ん中に廊下があり左側に臺所がある。ここは何度もお邪魔していて、たまにビールを頂くこともある。
右側は初日にしだけ見せて頂いただけで、中までったことは無かった。
でも今日は初めて、右側のリビングにお邪魔する事になった。
リビングにはかなり大きなテレビと音響システムが揃っていて、壁際に1.5人掛けのソファーが置いてある。
1.5人掛けのソファーなど存在しないかも知れないが、1人が座るにはあまりに大きく、2人で座るには小さい。
そんな絶妙にくつろげそうなソファーの橫には、高さを合わせた広めのテーブルとオシャレなライト。
テーブルの下にはミニ冷蔵庫まで完備してある。
すぐ隣が臺所なのに! すごく快適な環境だ。
ソファーの前にはローテーブルが出してあって、そこには塩、キャラメルの二種類の味がついたポップコーン(新聞紙で作った紙のれに山盛り)。
とんがりコーン、トッポ、なぜか冷ややっこ(キムチとゴマ油乗せ)、山盛りの唐揚げ(すべてに爪楊枝が付いている)……と豪華なツマミが並んでいる。
「黒井さん、ラタトゥイユどこですか」
「ワラビちゃん、そこの保溫ジャーにもうれてあるよ」
「神じゃないですかあ!!」
今日は全てを知っているワラビさんも來ている。
ワラビさんは「マジで結婚したんですか、お祝いです~」と笑いながら一升瓶を抱えてタクシーで家まできた。
でも今日はお祝いの會ではない。
俺の前、床に座った相沢さんの背中からカシュッ……と高い音が響く。
「ぷはー! オタクやってて何が一番楽しいかって、素質がある人を沼に沈められる可能をじる時だよね」
ちょっと黒井さん、もう開けてるんですか?! 皿くださいよ、皿!
ワラビさんがんでいるので、俺はソファから立ち上がり、臺所にり、ラタトゥイユを食べるのに適してそうな皿とスプーンを取り出しに行った。
「滝本さんありがとうございます! そしてご結婚おめでとうございます~。今日はこんな素敵な會に呼んで頂いて、栄です~」
「お手らかにお願いします」
「超楽しみにしてました。出かけるって言ったら、ラタトゥイユめっちゃ持たされました~。てかウチの畑、今茄子取れすぎてヤバくって!」
相沢さん曰くワラビさんは『近くに住んでる金持ちのお嬢様』らしく、つねにタクシー移だし、働く必要がないから同人誌量産している方……らしい。
オタク業界、んな人がいるなあ……。
俺とワラビさんは、皿を運びながらリビングに戻った。
機には俺が買ってきたお壽司も並んでいる。
パーティーがあるなら、買ってきたほうが良いかな……と営業で使っているお壽司屋さんでマス壽司を作って貰った。
それを持ってライブに行ったのは初めてだったけど、クーラーが効いた事務所に置いて貰ったから大丈夫だと思う。
「乾杯しましょう、乾杯」
相沢さんはミニ冷蔵庫を開けて俺にビールを渡してくれた。それはキンキンに冷たくて、カシュッと開けて飲むと7月の蒸し暑さが吹き飛ぶおいしさだった。
「今朝仕込んで、さっき揚げたんです。自信作なんで食べてみてください」
相沢さんが爪楊枝に刺さった唐揚げを俺に渡してくれた。噛んだらニンニクと醤油の味が濃くて、とてもビールに合った。
「味しいですね」
「唐揚げだけは自信があるんです!」
相沢さんは目を細めてほほ笑んだ。
よく考えたら、流しそうめん以降、相沢さんの料理を食べたのは初めてかもしれない。
とても栄で、嬉しい。俺は唐揚げを味わって食べた。
「始まりますよー!」
畫面には映畫のタイトルが出てきた。
この會が決まったのは先週の金曜日の夜だ。
深夜、俺は玄関に置いてあるフィギュアに気が付いた。
そこにあったのは〇パイダーマンのフィギュアだった。その橫には見覚えがあるが、名前が出てこないメカ……。
「これってなんでしたっけ」
通りかかった相沢さんに聞いてみたら
「〇パイダーマンと〇イアンマンのフィギュアですね。好きなんですよ、私」
と言われた。〇イアンマンか。作品を見て無いけど、有名だから姿は知っていた。
「なつかしいですね。昔の〇パイダーマンは見てたんですけど、最近のは見て無いですね」
と言ったら、目の前にいた相沢さんの目がカッと開いた。
「ソニーのは見てて……MCUのは見て無い……ってことですか?」
「昔のがソニー制作だというなら、はい、そうですね。見たのはかなり前ですね」
やはりデザロズのファンをしていると、時間はすべてそれに費やしてしまい、他の事をする時間が無くなってしまう。
相沢さんは手に持っていたビールを靴箱の上にトンと置いて
「ソニーの〇パイダーマン、滝本さん的に面白かったですか?」
と俺の目を見て言った。
なんだろう、會社で見る相沢さんより表が真剣だ。
俺は遠い記憶を呼び覚ます。
「……そうですね、いやな印象はないです」
俺は素直に答えた。
あまり容を覚えてないのが本音だけど。
相沢さんの目が間違いなく貓のようにキランとった。
「滝本さん、今週の金曜日、夜24時くらいには帰ってきてますか?」
「え?!」
突然言われて驚いた。
金曜日はデザロズのライブがあるが、反省會含めて、23時すぎには終わる。だから終電で帰ってくると思う。
居ると思いますが……と言ったら、相沢さんは速攻で俺の前から消えた。
そして部屋から電話を掛けながら戻ってきた。
「ワラビちゃん、滝本さんソニー〇パイダーマン見てて好なのに、MCU見て無いって。やろうよ! 金曜の24時終電集合ね!」
この數分で金曜深夜に何か會が開催されることが決定したようだ。
決定したあとで、あ……と相沢さんは俺の顔をみて
「土曜の朝からライブあったりしますか?」
と聞いてきた。
なんというオタ活に理解がある人なんだろう。
というか、徹夜するのが前提なのが楽しくて仕方ない。
「土曜日は夕方からライブ前の打ち合わせに行くので、それまで大丈夫ですよ」
「やったー! じゃあ金曜日24時……あ、帰ってきたらシャワー浴びたいですよね。24時半から始めましょう!」
相沢さんは、そう決まったらビールとかお菓子とか鶏とか宅配にれないと……と言いながら一瞬俺の前から消えたが、またシュッと戻ってきて
「アレルギーとか、好き嫌いとかあります?」
と言った。
だからなぜそんなに面白い方向に気遣いが出來るのだろう。
「ないです。何でも食べられますよ」
「それはとても良いですね!」
とニッコリほほ笑んで、再び自室に消えた。
そして一週間後の今日、〇イアンマン上映會が始まった。
相沢さんは〇イアンマンが一番好きらしく、1は必須なのだと説明してくれた。
「私がこれを見たのは地元では一番大きな映畫館だったんですけど、1日に1回しか流してないし、人もないし、淋しかったんですよねえ……」
そう言ってビールをグイと飲んだ。
「私は高校生だっけな。なんなら中學生だったかもしれないですね」
「ワラビちゃん若い、ワラビちゃん可い」
俺の前に座っている二人は楽しそうにビールを飲みながら映畫を見ている。
こういう會のお約束らしいが、音聲は日本語で、日本語の字幕も出している。
つまり話している人がいても、容が抜けることはない。
俺は二人が話している聲をなんとなく聞きながら、映畫の字幕で容も追う。
確かに挫折から切り替えて、自分の信念を貫いていくヒーローはカッコイイと思った。
2人は「ああーーダウニーがめっちゃ若い!!」とか「の張りが違う!」と畫面に向かって拝み始めた。
2人のきが完璧にシンクロしている。映畫とセットで一つのエンタメのようだ。
「あーーっ、聞きました? 一人稱が僕なんですよね、僕。はああ~~カワイイ~~」
「こう天才が苦労して作り始める所がいいんですよね!」
そして映畫中盤、あるタイミングになると二人とも持っていたビールを置いて正座をした。
なんだろう……と思って俺も背筋をばすと
「〇ニースタークにもハートがある……」
と同時に呟いた。相沢さんは俺のほうをキュッと振り向いて
「これすっごく大事で、このあと20本くらい見たあとに効いてきますから!!」
と目を輝かせた。
20本……先が長いな……と思ったが、2人がとても楽しそうなので、こんな時間が長く続くのは悪くないと思った。
この後、4本映畫を見て、完全に電車がき始めた朝の8時にワラビさんは
「晝から用事があるので一回帰ります! 続きが本番ですよ~~! また來週!」
とタクシーを呼んで消えていった。
「どうでしたか、滝本さん!」
徹夜明けだと言うのに、相沢さんの目はキラキラと輝いていて、正直めちゃくちゃ可かった。
「……すごく、楽しかったです。話の繋がり方が絶妙なんですね」
と答えたら
「そうなんですー! 嬉しいです。ただ疲れただけだったら、どうしようと思ってました」
と相沢さんはほほ笑んだ。
もちろん疲れたけど、なんたって家だからすぐに眠れる。
これが俺たちが共に迎えたロマンチックの欠片もないけど、一緒に迎えた最高な朝だった。
ちなみにその後、相沢さんはまっすぐに玄関のチャイムに向かい、電源を切った。
そして晝過ぎまでお互いぐっすり寢た。
本當に最高だ。
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