《【書籍化】オタク同僚と偽裝結婚した結果、毎日がメッチャ楽しいんだけど!》これ以上したいことなんて

土曜日の晝下がり。

外で草刈りをしていたのだが、咲月さんは鎌を手に持ったままぼんやりして、心ここにあらずだ。

そして突然立ち上がった。

「あ、そうだ……それが良いかも…………痛っ!!」

「大丈夫ですか?!」

「ベンチが見えてませんでした……はい、大丈夫です……」

咲月さんはふらふらと室に戻っていく。

俺はその後ろ姿を見守ることしかできない。

どうやら、急遽商業雑誌に漫畫を描くことになり、構を考えているらしい。

大學時代の同級生がBL雑誌の編集者さんで、作家さんが複數倒れてしまい埋めを頼まれたようだ。

咲月さんがフラフラと戻ってきた。

ずっと自分の頬のを引っ張りながら歩いている。

あれはきっと咲月さんが何か考えている時の癖なのだろう。

「草刈りは俺が全部しておくので、大丈夫ですよ」

「いえいえ、手をかしているほうが何か思いついたりするものなんですよ」

そう言われると何も言えない。

でも、危なっかしいので、こっそりと見ていた。

最後にはベンチに座ってぼんやりし始めたので、逆に安心した。

俺は草刈りがわりと好きだ。

夏の終わり。たまに駆け抜けるぬるい風と、底抜けに青い空。

こんなにセミが居たのかと驚くほどの大音量。

ホームセンターで、ツバが大きい麥わら帽子も買ってきた。

これが俺一人分の日を完璧に作ってくれる。

でも水分補給は忘れないようにしないと……と後ろを振り向いたら、咲月さんがベンチの上で膝を抱えて丸まっていた。

水癥狀?!

慌てて駆け寄ると、カッ……と頭をあげた。

「閃きました」

「……良かったです」

「隆太さん、草刈り丸投げしてて、すいません。でもちょっと閃いたので、お部屋に戻らせてもらいます、すいません」

咲月さんは俺に頭をさげて謝りながら家に戻っていった。

暑いし、外に居られるより100倍安心できる。

ちゃんと部屋に戻るのか心配だったので、後ろを付いて行った。

すると麥わら帽子もがず、真っ暗な部屋で書き始めたので、こっそり電気をつけた。

しかし咲月さんは気にしないで手をかしている。

これが先日俺の膝の上で甘えていた咲月さんだろうか。

ふり幅が大きすぎて困する。

會社の天才プログラマー佐々木さんと気が合うのも、この【ゾーン】的な所が同じだからだろうか。

リビングの床には大量の紙が広がっている。

隙間に飲むゼリー飲料と、蜂系のど飴、そしてビールの空き缶が見える。

咲月さんはフードコートの仕事を終えて、金曜日と月曜日に有給を取っている。

金曜日からこの狀態なので、もう二日目だ。

このままじゃ日曜日と月曜日も、これを続けるのだろう。

前も思ったのだが、咲月さんは原稿作業が忙しくなると、極端に食事をしない。

転がっているゴミを見るとパンやおにぎりなど炭水化の塊は避けているように見える。

食べると眠くなるのだろうか。

「ふむ……」

俺は殘りの草刈りを済ませてシャワーを浴びて、自転車にり買いを済ませて帰って來た。

そしてリビングを覗いたら、まだ咲月さんは機でカリカリと書いていた。

でも床に広がる紙の量は増えているから、作業は順調なようだ。

俺は二階に戻り作業を開始した。

薄力と強力を混ぜて、お湯をれて皮を作る。丸めて置いておく。

そしてキャベツを1玉切る。白菜にニラにニンニク、ショウガも沢山れておこう。

の味付けはオイスターソースにゴマ油、醤油にお酒。

野菜と混ぜて延々と包む。

手作りの皮は良くびるので、簡単に餃子が包める。

これは先月行ったアイドルフェスタでも作った餃子なんだけど、味しいし、なにより作っていて楽しかった。

俺はもくもくと餃子を包んだ。

一階に下りて確認すると、全く同じ姿勢でカリカリと書き続けていた。

床の紙のほかに、ビールの空き缶が増えていた。

咲月さんがあまりにかないので、間違い探しのようになってきた。

俺は二階に戻り、餃子を焼き始めた。

パリパリに焼き終えて一階の咲月さんの臺所に持って行く。

するとフラフラと咲月さんが出てきた。

なんとまだ麥わら帽子をかぶっている。

「良い匂い……」

「食べますか? 座ってください。濃いめに味はついてますよ」

「食べたい……」

咲月さんは焼きたての餃子をパクリと口に運んだ。

もぐもぐと食べると、目がカッ……と開いて俺のほうを見た。

味しいです。久しぶりに人間の食べたべた! 味覚を忘れてました!!」

「良かったです」

味しいですー、味しいですー。

咲月さんは皿に置いてあった餃子10個ほどをパクパク食べた。

俺は上に置いてあった餃子を持ってきて、一階でどんどん焼いた。

咲月さんはモグモグ食べた。

そして冷蔵庫からビールを出してぷはあ~~と飲んだ。

「隆太さん! 味しいです!」

「咲月さん、帽子を取りましょうか」

「あ、忘れてました」

「部屋の中で帽子をかぶっていると、キノコが生えるって言われませんでしたか?」

「ええ? 誰にそんなこと言われたんですか?」

咲月さんがふわりと笑った。

ああ、いつもの咲月さんが戻ってきた。

「俺のお母さんがよく言ってましたよ」

「なんか々助けてもらってすいません。隆太さんと年を取って、介護してもらうのこんなじですかねえ」

咲月さんはお皿に殘っていた最後の餃子を食べて

「もっと食べたいです!」

とカラのお皿を俺に渡してきた。

ああ、本當に。

こんな風に二人で年を重ねられたらそれは最高に幸せだ。

咲月さんが更にビールを飲もうとしていたので「作業は大丈夫なんですか?」と聞いたら

「ネームが終ったので、あとは延々と絵を書く作業です。ここからはワラビちゃんに手伝って貰うので、大丈夫なんですよー」

とカシュッ……とビールを開けた。

そして冷蔵庫から、レモンサワー用の焼酎を取り出して、作り始めた。

俺は「進んだなら良かったですね」と答えながら、ポケットに手をばした。

ここにはいつもお守りのように漢方をれている。

深酒になりそうだな……と思ったら飲むようにしてるんだけど……ない。

そういえば、先日予想外に飲みにわれて使ってしまったのだ。

「ネーム終わったということは、9割終わった! かんぱーい!」

咲月さんはかなり焼酎多めのレモンサワーを俺に渡してくれた。

俺は一口飲んで張しはじめた。

実は俺はあまりお酒に強くないのだ。

だから飲む時はつねに漢方を飲んでいた。

別に調が悪くなるとかではないんだけど、すごく楽しくなってしまう自覚はある。

「えへへ、隆太さん! みてください、冷凍枝豆が5袋もあるんですよ。豆祭りです! 解凍しちゃうぞ~~」

咲月さん【ゾーン狀態】からの、解放がすごい……。

あまり深酒したくないが、咲月さんが作ってくれた一杯目ですでにかなり濃い。

清川が一度酔った俺を見た時「滝本、酔うとかわい子ちゃんみたいになってキモい」と言われている。

そうなりたくないから飲んでたのに! 失敗した。

「隆太さん、こっちの部屋に……うっわ……すごい汚い……全部橫にどかしましょう、えーーーい」

咲月さんは丸められた紙ごみと空き缶を部屋の隅に集めて、俺を床に座らせた。

そして當然のように膝の間に座りテレビをつけた。

「昨日ペニーワイズ録畫しといたんです、ペニーワイズ。下水道から覗きますよ。はぁ~~~い 隆太さ~~ん?」

咲月さんは1本のチータラを持って、振り向いた。

俺が口を開いたら1本ポイとれた。

そしてもう1本を自分の口にれてほほ笑んだ。

「えへへ」

っ……可い……!!

生きてくれ俺の自制心。

関係を進めるなら、酔ってない時にしたいんだ。

咲月さんは、後ろにいる俺にトンと背もたれて

「時間大丈夫ですか? 休日だし、したいことがあったら好きにすごしてくださいね?」

と気をつかってくれた。

俺は咲月さんの頭をでて、後ろから膝で包む。

今この瞬間、これ以上【したい】事なんて、他に無いだろう。

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