《【書籍化】オタク同僚と偽裝結婚した結果、毎日がメッチャ楽しいんだけど!》し線引きを変えて

スケジュールがえぐい。

俺は分刻みで打ち込まれている仕事を見てため息をついた。

最近は出張が多すぎる。

明日は出社して會社に溜まった作業を片付けるつもりだったのに、いつの間にか2日間連続で名古屋出張になっている。

しかも仕様書は今日中に要確認なのに、資料がまるで集まってない。

さっき問い合わせたが、何件かはもう送ったと言われた。

俺の所には來ていないが、どこにあるのやら。

「……はあ」

気持ちを吐き出すようにため息をついた。

ここ數日はまともに晝飯も取れない。

會議や出先で出てくるコーヒーでお腹が膨れてしまうこともある。

でもここが踏ん張りどころのような気がするのだ。

長谷川さんみたいに、もう一段上がれば楽になるのはわが社のお約束なのだ。

そのためには太い客を得る必要があるんだけど。

商店街を歩いていたら、テーラー乾さんの前だと気が付いた。

正月のチラシの話をしていこうかな……。

俺は裏口から聲をかけた。

「乾さん、お邪魔します」

「滝本さん、こんにちは」

「おつかれさまです。お正月のイベントってどうされますか? 出店されるならデータ頂きに來ますよ」

「もう滝本さん、営業績一位だって聞きましたよ。うちみたいな小さい仕事は新人に任せたら?」

乾さんは俺を座るように促して、白湯を出してくれた。

ありがたい。俺は上著をいで椅子に座り、それを一口飲んだ。

溫かい白湯が優しく胃におりてくる。

「あまり人に任せるのが得意ではないんです。昔から乾さんにお世話になっているので、俺の原點だし、お話したいんですよ」

「滝本さんは頑張りすぎだよ。下に任せないと育つものも、育たないよ」

乾さんと軽く話をして、俺は店を出た。

子供の頃から『一人でちゃんとせねば』という思いが強すぎて、人に頼るのが極端に苦手だと自分でも気が付いている。

ある程度の事は自分で出來るし、単純に人に何かを頼むのが苦手なのだ。

自分で出來る範囲のことで済ませればいい。

自分が辛いだけなら、それで済むけど、他の人間にそれを押し付けたいとは思わないのだ。

そして俺には自らそれを捌けるだけの力も備わりつつある。

會社に戻り、集まっていた報を元に仕様書を書く。

清川の所にデータがいっていたり、本村が紛失していたり、送ったと言われていたものが違っていたり。

これを明日までにまとめて確認まで必要だから、今日は帰宅が23時すぎるかもしれない。

そこから明日の朝6時東京発。なかなかにエグい。

次の打ち合わせに出ようとして、乾さんの店にコートを忘れていたことに気が付いた。

清川に先に出てもらい、俺は店に戻った。

すると店の中に咲月さんが見えた。

裏からると聲が聞えてきた。

手に紙を持って赤ペンをれているから、どうやら正月のチラシの打ち合わせに來ているようだ。

楽しそうに振り手振りで話をしている。

「滝本さん、ものすごく忙しいんですよー。もうピョーンときて、ピョーンとどこか行くんです」

「そうねえ、男の人ってバカみたいに働くのよねえ~」

どうやら奧様と話しているようだ。

裏口にいる俺に乾さんが気がついて、靜かに招きいれてくれた。

俺は中にった。乾さんがコートを手渡してくれる。

しかし二人の話が丸聞えで、盜み聞きするのは悪い。

俺は軽く會釈をして外に出ようとしたら、乾さんが俺の肩を優しく叩いて、座らせた。

聞け……ということだろうか。

俺は戸いながら頷いた。

「私もう、滝本さんの出張パック覚えちゃったんですよ。ワイシャツ2枚にパンツにシャツと靴下。それに皺にならないスーツ」

「準備してあげればいいじゃない」

「頼まれないのに勝手にするのは迷かなーと。それに滝本さんは私にそういうことんでないと思います。なにより、人にを頼むっていうのは信頼関係の先にあると思うんですよねー」

「滝本さんに信用されてないって事?」

「違うんです、私が頼まれるほど力がないってことです。家事が出來る奧さんになりたい! とかじゃなくて、困った時にライトに頼めるような、助けを求めて貰えるような人になりたいですねー。せっかく夫婦なんだし」

「あら、アイロンがけが下手ってこと? 教えてあげるわよ」

「奧様マジですか? 私すっごく下手ですよ! アイロンで皺増やしていくタイプですよ」

「それは頼まれないわよ~。まずは信用貯金貯めましょう」

「貯めたいです!」

聞きながら俺は泣きそうになってうつむいた。

偽裝結婚から始まって、お互いに家事を分けて生活している俺たちだから、線引きを変えるのが怖くて何も頼んでなかった。

違う、頼んだら嫌がられるのでは……と思っていた。

家事をするために結婚したんじゃない! そう思われるのでは……と思っていた。

でもきっと違うんだ。

俺も手伝うから、咲月さんにも手伝ってもらおう。

俺が弱らないと、咲月さんも弱みを見せられないんだ。

打ち合わせを終えて會社に戻り作業を開始したが、案の定終わりそうになかった。

俺は時計を見た。17時半。

咲月さんにLineをすることにした。

『もう帰れそうですか?』

すぐに既読になった。

『今會社出ました』

俺はし考えて文章を打ち込んだ。

『すいませんが、駅前のクリーニング店でワイシャツのけ取りをお願いできませんか? 名前を言えば出てくると思います』

ピョコンと嬉しそうなウサギのスタンプが踴った。

『分かりました。け取っておきますね。明日も出張ですか?』

『そうです、け取り、よろしくお願いします』

了解です! と再びウサギスタンプが踴る。

クリーニング店は家と逆方向の商店街にあるし、坂の下から荷を持たせることになる。

でもどうやら閉店に間に合いそうもない。

晝間のことを思い出して、素直に頼んでみた。

こんな小さなことでも「悪いなあ」と思ってしまうほど、俺は気が小さい。

帰るとやはり23時を回っていた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

咲月さんがパソコンルームからピョコンと顔を出して、ワイシャツを手渡してくれた。

包んであるビニールに絵が書いてある。

にきをつけて頑張ってくださいね!』

カワイイの子の絵……髪型と雰囲気から咲月さんを絵にしたのだろう。

「出張先で元気になれるように書いておきました。なんと3枚とも書いてあってきます! 手がパタパタと。うーん無意味ですね」

俺はどうしようもなくて咲月さんを抱き寄せた。

咲月さんは俺の元でモゴモゴきながら

「ご飯食べました? 味しいお茶漬けありますよ?」

とほほ笑んだ。

「……咲月さん、すいません、明日から急遽出張で洗濯が無理そうで、食材も死にます。お願い出來ますか」

「わかりました。お洗濯しときますね。食材……何があるんですか? 私に何とかできるです?」

「二階へ來てください……もう俺はけない……疲れた……この仕事量は異常だ……」

「わー、めずらしく隆太さんが弱ってる。ほらほらスーツいで。お風呂りましょう? 寢ましょう?」

「辛い……もうヤダ……出張ばっかりだ……家がいい……」

「分かりましたから、せめて二階には自力で上がってくださいー!」

明日も忙しい。

その先も、たぶん當分忙しい。

でもしだけ、荷を持ってもらおう。

それだけで俺はける。

咲月さんの絵が書かれているワイシャツを抱えてそう思った。

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