「隆太さん……これはヤバいですよ」

「確かにすごい雪ですね」

俺たちは障子をし開けて、外をみた。

年始の休み中、東京に珍しく大雪が降っている。

大雨がそのまま雪になったような狀態で、大粒の雪がどんどん落ちてきて、景を一変させている。

マンションに住んでいたが、雪かきの経験はあるので、大量になると力を使うことは知っている。

咲月さんはミカンを食べながら、コタツの天板に顎をついてため息をつく。

「雪かき、めっちゃ疲れるからイヤです……」

「朝まで待たずに、し退かしましょうか」

この家は両隣が空家なので、表通りまで雪かきするなら積もりきる前に一度退かしたほうが良さそうだった。

俺たちは上著を羽織り、分厚い手袋をして外に出た。

新雪に長靴がサクリと埋まる。

夜の8時。

キンキンに冷えた空気の中、雪が空から無限に落ちてくる。

東京に雪が積もるのは多くても年に二、三回で、やはり特別だ。

俺も咲月さんも音一つない世界に圧倒される。

咲月さんが、はあ……と息を吐いて空を見上げる。

「空が水玉模様。すごく綺麗……」

長いまつに雪がふわりと乗っている。

俺は手袋を取って、咲月さんの鼻にれた。

ひんやりと冷たくて、優しくでる。

「鼻が真っ赤ですよ？」

咲月さんは、ふわりとほほ笑んだ。

「隆太さんもですよ。ささ、早く退かしましょう」

俺たちはスコップで今ある雪をどかした。

ふったばかりでふわふわにらかく、俺たちは雪の中で子供のようにはしゃいだ。

夜ふった分だけで、咲月さんの長ほどの雪だるまが出來てしまい、朝まで待っていたら大変だったと二人で笑った。

そして冷え切ったと指先を溫めるように一緒にお風呂にった。

冷たいお布団も二人でると一瞬で溫かくなるから、気持ちがいい。

すこし冷えた足先を絡めあい、俺たちは音がない夜に丸まって二人で眠った。

寒すぎる冬が終わり、庭の桜が満開になる春がきた。

「キャー！　隆太さん、すごい、めっちゃ豪華じゃないですか」

「去年は突発的にお花見したので、今年はちゃんと準備してみました」

「あのお重に、ちゃんとってる」

「使ってみました。とてもいい品ですね、さすがワラビさん」

先月ワラビさんの結婚式に出席した。

厳かでしい式だった。

梅の花と完璧に計算された日本庭園で、ワラビさんは白無垢を著ていた。

蕓品のように完璧に演出された式で、俺はしてしまった。

咲月さんは「ゴンドラどこよ、ゴンドラ」と小さな聲で言いつつ、嬉しそうにしていたけれど。

式の引出で頂いたのが、この漆のお重だった。

頂いた時には中に沢山のお菓子が詰まっていた。

有名店で特別に作らせたものだったので咲月さんは大興していた。

そのお重に今日はお花見弁當を作ってみた。

「お節みたいですね、々あって味しそう」

「鶏も準備してあるんですよ。焼きましょうか」

「はい！」

俺たちは去年と同じ桜の木の下に向かった。

朝から七に火をれておいたので、もう安定していた。

準備していた手羽先を置くと、パチ……と味しそうな高い音が響いた。

ビールも、シャンパンも、溫かいお湯と焼酎も準備した。

「満開で気持ちいいですね。さあ、始めましょうか」

「その前に……ちょっといいですか」

咲月さんは手に何かビニール袋を持っていた。

そこから何かを出して、桜の木の橫、花壇前にチョコンと座った。

そしてスコップでジョリジョリとを掘り始めた。

種を埋めるのだろうか？

たしか咲月さんは去年、自分にはお花を育てる才能がなく、苦手だ言ってたけれど……。

どうして突然？

を掘って、球を埋める姿を俺は黙って見ていた。

ひとつ。

ふたつ。

みっつ。

咲月さんは球をし離して丁寧に埋めた。

そしてお水をたっぷり與えて、俺の橫にトスンと座った。

「えへへ、隆太さん」

「なんですか、咲月さん」

春の風が吹き抜けて、咲月さんのまっすぐな髪を揺らす。

髪のに桜の花びらが付いたので、俺は髪のに手をばす。

ばした手を、咲月さんが優しく包んだ。

そして目を細めて、言った。

「どうやらお腹に赤ちゃんが出來たようです」

再び強い風が咲月さんの髪を揺らして、花びらが舞い散る。

咲月さんはれた髪を耳にかけて、顔をあげた。

そしてポケットから白黒の寫真のようなものを取り出した。

「現在妊娠8週目で、これがエコー寫真というものです。なんと心臓がいてますよ、畫で見るとピコピコしてました」

そして俺の掌に、優しくのせた。

風でそれがソヨリとき、俺はクッ……と摑んだ。

「避妊をやめたらあっさり出來ましたね。出來ると良いなあと思っていたので、嬉しいです」

咲月さんが嬉しそうに微笑んでいるが、俺はきひとつ取れない。

誰の、何の話を聞いているのか分からない。

心臓の音が大きく聞こえて、が苦しい。

確かに年明けから、作りましょう？　と言われていたけど、こんなすぐに……。

茫然としている俺の手を優しく包んで、自分のお腹にれさせた。

らかくて溫かい、咲月さんのお腹。

じんわりと溫をじる。

「ここに赤ちゃんがいます」

「っ……、嬉しいです」

俺は咲月さんの肩に頭をのせて泣き崩れた。

聲が震えて視界が歪む。

震える手をばして咲月さんのを前から、後ろから、優しく包む。

咲月さんは俺の肩を優しく抱いてくれる。

「お父さんと、お母さんになるんですけど……実がまるでわきませんね」

「咲月さん……咲月さん……」

俺はもう言葉がない。

嬉しくて苦しくて、しくて。

もがくように確かめるように咲月さんに手をばして抱き寄せる。

「なんともう出産予定日が出るんですよ、11月だそうです。年末には生れてますね」

「駄目だ、俺……なんの知識もないです……何も分からない……どうしよう……」

11月というリアルな數字に我にかえる。

咲月さんの細い肩、小さなに命がっているというのに、俺は何一つ知識がない事に気がついた。

というか

「ここ、外で寒くないんですか？！」

「あ、もう一瞬で過保護モードに突ですか。大丈夫ですよ、寒く無いです」

そう言われても落ち著かない。

俺は転がっていた布で咲月さんを包んで、でもれたくて、同じ布にもぐりこんで、もう一度ゆっくりと咲月さんのお腹にれた。

薄くてらかい咲月さんのお腹。

「……ここに？」

「はい、ここに命が。今度一緒に病院に行きましょう。エコー面白いですよ。ちょっと棒が頂けないですが……なんでしょうあれ……文明でなんとかしてほしい……」

「棒？！　ちょっと待ってください、やっぱり知識が圧倒的に足りない、けなくてイライラしてきました」

「隆太さん」

咲月さんが俺の頬を両手で包んで、優しく引き寄せる。

「私も妊娠したばかりです。そして隆太さんも知ったばかりです。一緒に學びましょう。溫かくして、お花見しながらお勉強會しましょう。來年は赤ちゃんも一緒にお花見出來るとよいですね」

「本買ってきます！！」

「実は、買っておいたのです。ささ、これがたまひよです。とても分かりやすい妊娠仕様書です」

「おお、なんと分かりやすい年間スケジュール。いい仕事してますね」

「お互いに仕事病ですね」

咲月さんは布に包まり、俺がつくったお花見弁當をパクパクたべて、焼き鳥も食べた。

よく考えたら、ここ二か月ほど咲月さんはお酒を飲んでなかった。

俺は全く気がつけなかった。

「まだ妊娠初期で油斷大敵ですけど、とりあえず一日一日積み上げましょうか。ニュープロジェクトです」

「はああ……もう全てが心配です。もう産休りませんか？　會社に行かせたくないです」

「全てが早すぎる……隆太さん、勉強が足りてませんよ！」

俺たちは溫かい白湯を飲みながら花見をして、勉強した。

大切な未來のために。