《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》13 ツンデレを履き違える馴染にはっきり言う
靜かな保健室に、クールな聲が木霊した。
「退學」
胡蝶涼華(こちょう・すずか)はその切れ長の目をくっと細めた。俺を値踏みするような目つきだ。なんだろう。學年首席の生徒會長が、俺の顔なんか知ってるはずないんだが。
「……と、言いたいところだけれど。不用意に著替えをしていた私も悪いわね。お互い、このことは忘れましょう」
「すみません」
二つの意味で謝った。一つは著替えを覗いてしまったこと。もう一つは、あの白と黒のコントラストを、おそらく忘れられないだろうということ。
「それで、どうしたの? 保健の先生なら不在だけど」
「ちょっと気分が悪くて。休ませてもらおうと思って」
「それは、いけないわね」
會長は白い手をばしてきた。おでこに冷たい。思わず聲が出そうになる。
「熱、しあるかしら」
「はあ」
俺に熱があるとすれば、それは別の理由だと思う。
「先生、呼んでくるわ。ベッドで休んでいなさい」
長い銀髪を翻して、彼は歩き出した。きびきびと律的な足取り。見ているだけで有能が伝わってくるようだ。
胡蝶會長の優秀さはつとに有名である。學以來、學年首席の座を譲ったことは一度もない。生徒會長としても敏腕だ。昨年まで行われていた朝の校門指導を無くした功績は、俺たちの學年にも伝わっている。
才兼備の、歩く見本みたいな人だ。
ただ――。
それほど有能な生徒會長が、何故例のバッチの件を発表しなかったのだろう。なぜ、あのブタが壇上にいて、彼が保健室にいるのだろう。
「例のバッチの件、會長は賛なんですか?」
ストレートな疑問をぶつけると、銀髪の才はほんのしだけ顔をしかめた。
「全校集會で、聞いたのね?」
「ええ。こういうことは、ふつう會長が発表するものなんじゃ?」
會長は俺の目を見つめた。
「貴方、1年1組の鈴木和真くんよね?」
「どうして俺のことを?」
「高屋敷瑠亜さんのなじみだって聞いているわ」
ああ、なるほど。あのブタのおまけとしての認識か。
「例のバッチは瑠亜さんの提案よ。それを私が生徒會長の名において承認し、先生方もけれて、実施される運びとなりました」
事務的な口調だった。
「俺が聞いたのは、會長が賛か反対かなんですけど」
しい湖のように澄んだ瞳が、わずかに翳る。
「貴方、鋭い……いいえ、怖い人ね」
「俺が? まさか」
過大評価もいいところだ。天下の生徒會長に「怖い」だなんて。
「もちろん賛よ。生徒會の決定だもの。當たり前じゃない」
不機嫌な聲を殘して、會長は去って行った。
さわやかな柑橘系の香りが鼻をくすぐる。彼の銀髪の殘り香だった。
「……ふうん……」
どうやら生徒會も一枚巖ではないらしい。
ていうか。
あのバッチの件、まさかあのブタの獨斷なのか?
◆
保健室でたっぷり1時間休んだ後、教室に戻った。
ちょうど2限目が終わったところだった。がやがやと騒がしいおしゃべりに満ちている。俺が戻ってきたことには誰も気づかない。
いや――。
「カズっ! 待ってたわよん」
金髪をなびかせてブタさんが近づいてきた。素早い。シュバババッてじ。別に俺の調を心配していたんじゃないのは、そのニマニマした気悪い笑みを見ればわかる。
ブレザーの元には、さっそく例の金バッチがっている。
ちなみにはぺったんこ。えぐれてる。會長のを見た後だからギャップがすごい。エベレストとマリアナ海くらいの違いがある。実に対照的な二人だ。銀髪と金髪。山と谷。
「アタシが生徒集會で発表したバッチね、もう配っちゃったわ」
「あ、そう」
見れば、他の生徒たちのにもバッチがある。金と銀。二に教室が分けされている。
驚いたことに、みんな、どこか誇らしげだ。
金が誇らしいのはまぁわかるとして、銀でもそうじるらしい。
二番目、銀メダルとして解釈すればそう悪いものではないとじているのだろうか。実質、最下位なんだけど。
「でね、悪いんだけどォ」
ブタさんは、にぃっ、との端を吊り上げた。
「ちょ~っとした手違いで、銀バッチの數が足りなくってさぁ。カズのぶん、ねーから!」
「……」
「ちなみにこの〝手違い〟は、あちこちで起きてるみたいでー。2組でもひとつ足らなくなってるんだって! 大変だネ!」
2組に誰がいるのか、言うまでもない。
皆瀬甘音、「あまにゃん」のクラスだ。
「業者に追加発注かけてるけど、いつになるかわかんないらしいの。それまでバッチ無しで過ごさなきゃいけないね!」
「……なるほどな」
俺はブタの顔をにらみつけた。
「こういう形で、例のイベントの仕返しするってわけか」
「え~? なんのことォ? るあわかんなーい」
いつのまにか、ブタの周りには取り巻きが集まっていた。みんなニヤニヤ笑って、「バッチ無し」の俺を蔑むように眺めている。
手下を従え、ブタはますます鼻息を荒くする。
「でね、そんなカズに提案なんだけどっ。アタシにちゃんと謝ってみる気はなあい?」
「謝る? 何を」
「浮気したこと。なじみの絆を裏切って、あんな前髪クソスダレの味方したこと」
なじみの絆とか、どの口が言うんだ?
絆じゃなくて、鎖の間違いだろ。
「ね、謝ってよ。そしたらバッチもらえちゃうかもよ。金と銀、どっちでも好きなのをね。――ねぇ、カズぅ」
甘えた聲を出して、ブタが俺の手を握ってきた。周りの取り巻きが驚いた顔をする。野球部・淺野なんて、鼻のをがばっとおっぴろげている。それだけの衝撃映像らしい。
「もういいかげんさぁ、仲直りしようよぉ」
「…………」
「アタシに逆らって、この學園で生きていけるわけないでしょ? カズが一番よく知ってるよね? ねえ、カズ。昔みたいに戻ろうよ……」
學園一の人気者。今をときめくアイドル聲優。學園理事長の孫。大富豪の娘。金髪の。
そんな相手に手を握られて、甘えた聲を出されて、落ちない男なんかいないだろう。現にこいつの取り巻きがそうだ。どいつもこいつも、ヨダレをたらさんばかりの顔で俺を見つめている。「うらやましい」「俺がるあ姫のなじみになりたい」。そう顔に書いてある。
だからこそ。
あえての、NO!
「るな」
「…………ッ!!?」
俺はその手、いや豚足を振り払った。
ブタの顔が引きつり、青ざめる。
「俺は、一度決めたことを曲げる気はない」
「……っ」
「お前が一番よく知ってるだろ。元・なじみのお前がな」
青ざめた顔が、今度は真っ赤に染まった。
「カズのバカ! バカ! うんこたれ! あ、あとでどれだけ後悔しても、知らないんだからねッ!!」
いにしえのツンデレみたいな臺詞を吐き捨て、ブタは歩き去って行った。お前の場合、ツンドラってじだよな。
こうして――。
學園の全生徒は、金と銀、そして「無印」という、三つのカーストに分けされたのである。
あの前髪クソスダレ…? あまにゃんのことか?
あまにゃんのことかーーーーーーー!!
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