《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》36 隠れハイスペックが手加減しすぎた結果www
〝剣の天才〟剣持兇二(けんもち・きょうじ)。
鞘に収めたまま、刀の切っ先を俺に向けている。
こうして向かい合ってみると、やっぱりおっさんである。そもそも制服を著ていない。髑髏の柄が描かれた黒いTシャツに、あちこち破けたデニムという出で立ち。どこからどう見てもアウトロー、ていうかチンピラ? よくわからないけど、ともかく高校生には見えなかった。
「ちょっと待ちなさい!」
胡蝶涼華(こちょう・すずか)會長が、俺を守るように進み出た。
「インハイ3連覇の剣道家が、素手の素人を相手にするつもり? フェアじゃないわ」
「抜くつもりはねェよ。素手でやらせるつもりもねえ。――おい、暗田(くらた)」
剣持は円卓を振り返り、見るからに気そうな小太りの男に聲をかけた。
「こいつに何か得(えもの)を貸してやってくれ。なんでもいい」
小太りは頷き、自分の背中に手を回した。シャツの襟元から、にににーん、と長い木刀が出てくる。どうやって隠してたんだ?
放り投げられた木刀をけ取った。本黒檀を使ったかなり上質のやつだ。
「よーし、準備はいいな?」
浮き立った聲で剣持が言った。納刀したままで中段の構えを取る。
涼華會長が立ち塞がる。
「やめなさい! 木刀を持ったからって、彼は素人なのよ」
「素人じゃねェよ、そいつ」
「えっ?」
「素人じゃねェ。歩き方を見ればオレにはわかる。昔、剣道やってただろ? なあ?」
えっ。
いや、ジブン、剣道やってないっす。剣ならやってたけど。師匠いわく「ケンドー? 防をタケで叩いたら勝負ありって、どゆこと~? 鎧ブッ壊してからが本番でしょ~?」とのこと。本番ってところには「ころしあい」ってルビが振ってあった気がする。
「ヘッ。ビビッて聲も出ないようだな」
「…………」
困り果てて聲も出ない。
こんな自信満々に言われて「違います」とか言えるはずがない。仮にも先輩、メンツを潰すようなことだけは避けなくては。
「和真君、本當に平気?」
會長が不安そうに俺を振り返る。これ以上、人の先輩に心配をかけたくない。「大丈夫ですから」と、下がってもらった。
「お前は好きに打って來い。オレはけに回る。オレのや服にしでも木刀がれたら認めてやる。ただし、スキを見せたらこっちから打ち込む。いいな?」
「わかりました」
とりあえず木刀を構えた。
「おい、真面目にやれ。ちゃんと構えろ」
「え?」
ちゃんと構えたつもりなんだけど。
「ふざけるなよ。忍者じゃあるまいし。なんで逆手に持ってんだよ。そんなんで重い木刀が振れるか!」
「……」
そうか、普通は振れないんだ。
仕方なく、剣持のマネをして中段に構えた。
円卓の天才たちの視線が俺に集中する。
「よおし、いいぜ。打ってこォーい!!」
さて――。
一杯手加減しつつ、相手に力を認めさせるという難易度Sなクエストである。
これが真剣なら、服でも軽く切り裂いてすませるところだが、木刀ではそれもできない。
ならば、相手の武を狙うか。
相手がギリギリけられるくらいの速度で刀を振り下ろして、それをけ止めてもらって。相手の刀を落としてしまおう。
問題は、その「ギリギリけられる速度」の見極めだ。
必要なのは、イメージ。
俺が持っているのは、木刀ではなくて――めちゃめちゃ重たい鋼鉄の棒だと思うことにする。そうだな、10キロ……いや、20キロくらい。武蔵坊弁慶の小錫杖がそのくらいらしいから、同じ重さに設定しよう。
こんな重い棒を振り回せるわけがない。
本気の速度を出せるはずがない。
そんな風に、イメージ、イメージ。
「どうしたビビッたか!? さっさと打ってこいやぁ!!」
よし、イメージできた。
腕にずっしりと伝わる重量は、紛れもなく鋼鉄。
これを剣持めがけて――振り下ろす。
へなへな~っ、と。
そんなけない擬音がつくじで、木刀ならぬ鋼鉄を振り下ろす。
剣持が反応して、刀をかす。良かった。ちゃんとけ止めてくれる。
それ行け。
へなへな~~~っ…………
――バキィッ!!!
「おお!?」
「あっ」
「へ?」
「ふえ?」
「ほ」
「んん?」
「……」
「和真君!?」
會長含む、8人の天才たちの聲が重なった。
剣持の刀が、鞘に収まったままで真っ二つに折れていた。
俺が折ってしまった。
「………………えーと」
言い訳を、させてください。
斬撃の速さを緩めようと、木刀を重く重くイメージしすぎてしまったがために――「速さはそれほどでもないが、とてつもなく重い一撃」となってしまった。「斬鉄」と呼ばれる技。刃が通らない防や特殊繊維を著込んだ相手と対峙する場合、「破壊」を目的として振るう剣技だった。
…………。
やっぱり俺、手加減へたくそだな。
「おっ、おおおお、俺の久留米清秀(くるめきよひで)がぁぁぁぁぁ!?」
真っ二つに折れた刀を見つめながら、剣持はこの世の終わりのような顔をしている。久留米清秀といえば、確かネットオークションで60萬くらい。俺のバイト代が吹き飛ぶどころかマイナスだ。弁償しろって言われたら逃げよう。
「ど、どういうことだ!? どうして俺の刀が折られるんだよっ!?」
「いや、そんな力をれたつもりは」
「だよなあ!? へろッへろだったぞ!?」
あ、そこは功してたんだ……。
「おい暗田! この木刀なんなんだよ!? 鉛でも仕込んであんのか!?」
「いや、それにはなんの仕込みもしてなかったはずですけど……」
見た目通りの気な聲で暗田は答えた。長い前髪の隙間から、俺のことをじろじろ見つめている。こいつはなんの天才なんだろう?
しかし、まいったな……。
早くも「普通」作戦、失敗しそうなんですけど。
その時、円卓の一番奧に座る男が手を叩いた。
「そこまでだ」
全員の注目が彼に集まる。
「剣持。お前のワガママでこれ以上時間を浪費することは許さん。海外からわざわざ戻ってきた者もいるんだぞ」
高校生離れした威厳をじさせる聲だった。薄暗い部屋でよく見えないが、なかなかの形。その鋭い瞳には憐悧さがじられる。
どうやらこの男が「天才會議」の最上位らしい。
「で、でもよォ怪堂(かいどう)」
「言い訳は聞かん。どうせ悪な贋作でも摑まされたんだろう。木刀で折れたのが何よりの証拠だ」
「鑑定書付だったんだがなぁ。くそっ、クレームれてやる!」
しぶしぶ剣持は席に戻った。刀の折れた斷面を未練がましく見つめている。や、本當にごめん。
男が言った。
「鈴木和真といったな? 今日のところはひとまず見學を許そう。胡蝶の隣に座りたまえ」
「ありがとうございます」
どうやら許可が下りたようだ。
涼華會長はホッとをで下ろしている。本気で俺を心配してくれていたんだって伝わる。やっぱり、素敵な人だな。
「良かったわね和真君。貴方には幸運の神がついてるみたい」
「ええ、助かりました」
それが本當なら、その神は綺麗な銀髪の持ち主に違いない。
「でも、もう危険なことはしちゃ駄目よ。喧嘩なんて他の人に任せて。貴方に期待しているのは、その勇気と知略なんだから」
「わかりました」
俺と會長は並んで円卓についた。
これで、総勢9名だ。
怪堂と呼ばれた男は、居並ぶ天才たちを見回して告げた。
「それではこれより、『天才』を執行する――」
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