《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》40 世間じゃブタのことを超人気聲優と呼ぶらしい
皇神學院毆り込み事件、その顛末を簡単に記しておこう。
まず結論から先に言えば、今回は勝敗つかず、引き分けということになった。
皇神學院から來た11名の刺客たちは、セーラー服の黒髪・皇神月乃(こうじん・つきの)を除いて全滅。帝開側には13名の怪我人が出たが、いずれも軽傷ですんだ。
それだけなら、皇神の大敗北――というところなのだが、帝開學園も無視できない被害を負った。學園が誇る天才3名、それも「武闘派」と呼ばれるグループがボコボコにされてしまったのである(2名は重傷、1名は逃亡)。
さらに、戦略の天才と呼ばれていた暗田暗記の裏切りも明るみになった。彼は學當初から校の報を皇神側に売り渡していたらしい。暗田は即刻天才會議から除名され、學園側の沙汰を待つとなった。おそらく自主的に転校するだろう。正がばれた間者(かんじゃ)ほど慘めなものはない。
刺客をほとんど倒された皇神。
鋭を倒されてしまった帝開。
引き分け、痛み分け――というわけだ。
その裁定をくだしたのは、學園理事長・高屋敷泰造である。
俺の個人的な意見になるが、どうもこのジジイ、暗田の裏切りも含めたすべての事象を見通していたのではないかと思う。スパイは泳がせておいた方が面白い、盛り上がると考えるタイプの仁だ。ブタの一族からは倫理観が欠落している。
學園首脳の思はともかく――生徒や職員たちの意識はし変わった。
今回の騒に対して積極的に立ち向かい、生徒たちの避難や救助に多大な貢獻をした涼華會長の株が上がったのだ。
相対的に、他の「天才會議」メンバーの株は落ちた。聞くところによると、あの自信満々な怪堂天斎(かいどう・てんさい)が、ジジイにこっぴどく叱られて泣きべそをかいてたらしい。
涼華會長は言う。
「おそらく、天才會議は形を変えることになるでしょうね。今までのような権威は持てなくなるわ」
「これを契機に、私はこの帝開をもっと普通の、まともな學園に作りかえるつもりよ」
「こんなマフィアまがいの毆り込み、二度と起こさせないから」
いやあ、凜々しい。
この學園が「普通」になってくれるのなら、俺としても大歓迎だ。
そんな素敵な先輩に、俺はひとつ頼み事をした。
皇神學院の刺客たちをブッ倒したのは、俺ではなく、會長が運部の生徒たちを指揮して戦ったおかげということにしてもらったのだ。
鮎川彩加をはじめとするダンス部の子たちにも口裏を合わせるよう頼んだ。その時、何人かの部員からアドレスを聞かれたり、ツーショットを頼まれたりした。「戦ってる姿、超かっこよかった!」なんて言われて、まぁ悪い気はしないのだけれど――鮎川がニコニコ笑いながらにらんでいたので、さすがにお斷りした。
「ねぇ。いつまで隠すつもりなの? 本當の力」
とは、その鮎川の弁。
「なくともあーしらは知っちゃったわけだしさ。勉強やスポーツもきっとスゴイんでしょ? いずれはバレて大騒ぎになるんじゃん?」
正直それはわからない、というのが、俺の本音である。
自分が本気を出したらどうなるのか、自分でもわからない。
――まぁ、それは二學期からのことでいい。
今はともかく、夏休みを思い切り楽しもう。
◆
今日、8月1日は花火大會の日である。
會場へと続く河原沿いの道にはぎっしりと屋臺が立ち並び、こうして歩いてるだけで焼きそばのソースの匂い、綿菓子の甘い匂いなんかが鼻をくすぐってくる。すでに日はとっぷり暮れてるけど、人混みはますます増すばかり。數珠繋ぎになった提燈に明かりが點り、晝もかくやというまばゆさである。
人混みを泳ぐように歩いて、待ち合わせ場所まで來た。
「和真くんっ」
甘い聲がした。
騒がしい祭りの喧騒の中でも、何故か、その聲ははっきり俺の耳に屆いた。
そこに立っていたのは、鮮やかな紺の浴を著たの子だ。
前髪を上げて、大きな子貓みたいな瞳で俺を見つめている。
「やあ甘音ちゃん。待った?」
「いいえ。今來たところですっ」
彼が歩み寄ってきた。履き慣れない草履のせいか、足取りがやや覚束ない。なのに、とてとて、一生懸命に早足だった。
「來てくれてうれしいです。実は、ちょっと心配してて」
「どうして? 一緒に花火見ようって約束したじゃないか」
「だって、最近の和真くんすごくモテるから。瑠亜さんだけじゃなくて、胡蝶先輩まで……」
甘音ちゃんの指摘は鋭い。
確かに、彼らとは一悶著あった。
鮎川にもわれたが斷った。「の子と行くの?」「あの甘音って子?」「あーしの目を見て?」などなど、笑顔で詰問された。誤魔化したくはないので正直に話すと、「あーしとは遊びだったんだ。しくしく」なんて噓泣きされた後、「別の日にゼッタイあーしとも遊んでね!」と約束させられた。
その後で、涼華會長にもわれた。やはり斷ると、「私とは遊びだったのね」と真顔で詰問された。その後「冗談よ」と付け加えてきたが、やはり真顔だった。もっと冗談っぽく言ってしい。別の日に遊ぶ約束をして、ひとまず事なきを得た。
さらに、いっちゃんこと白鷺イサミからもわれた。「浴姿、見てほしいな」「たまにはの子に戻りたいもん」なんて。斷ると「ボクじゃ不満?」と、泣きそうな目で見つめてきて。埋め合わせに、一緒にプールに行くことを約束させられた。
ブタからは、あの後しつこく電話があった。著拒にしてもまた別の番號からかけてきやがる。最後の電話は首相邸からかかってきて、房副長から「瑠亜さんから伝言です。一緒に花火大會に行くように」なんて言われた。もう意味わかんないよブタさん。権力の無駄遣いにもほどがある。
いずれにせよ、
「最初に聲かけてくれたのは、甘音ちゃんだからな」
結局は、そういうことだ。
「その浴似合ってるね。可いよ」
「ふふっ。ありがとうございます。マネージャーさんに見立ててもらったんですよ」
「おお、マネージャーついたんだ」
「夏休みはゲームの録り溜めがいくつもあって大変なので。最近、しずつお仕事増えてきてるんですよ」
聲優として、ますます長しているようだ。
歩きながら、お互いの近況なんかを話した。
「皇神學院の毆り込みがあったって、本當ですか? 怪我人も出たって」
「らしいね。會長が収めたらしいけど」
甘音ちゃんはぎゅっと小さな拳を握った。
「わたし、暴力ってキライです。相手にしなければいいんですよ。そんな人たち」
「……だね」
彼に真実を話したら嫌われてしまうだろうか。
相手にしなければそれで済む――なんて、甘い世界に俺は生きてこなかった。先に殺らなければ殺られる、なんてドラマみたいな世界をリアルに験してきた。
だけど、それは「普通」じゃない。
「普通」は、甘音ちゃんのほうなのだ。
彼と一緒にいれば、俺も普通になれるかな……。
◆
花火の會場となる河川敷についた。
人混みは苦手という甘音ちゃんのために、し離れた一本杉のところで見することにした。若干見づらいけど、ここのほうが落ち著ける。
「わたし、花火大好きなんです。楽しみだなぁ」
デジカメを手にして、子供みたいにわくわくと目を輝かせている。俺にはこの笑顔のほうが、花火よりよっぽど魅力的に映る。
そこへ――。
「おい、そこどけよ」
野蠻な聲とともに現われたのは、チャラチャラした男3人組。青髪、赤髪、黃髪。信號機みたいなチンピラだ。どいつもこいつもガタイがいい。耳がいわゆる「ギョーザ」になってるところを見ると、道部か。
「そこはオレらが先に目ぇつけてたんだよ。散れ、おら」
さっさとご退場願おうと思ったが――甘音ちゃんがそっと俺のシャツを引っ張った。小さく首を振っている。
……そうだった。いけないいけない。
「普通」になるんだった。
「場所を変えようか」
「はい」
二人で立ち去ろうとした時、青髪が急に聲をあげた。
「あれっ? この子、見たことあるぜ。確か聲優だ」
「聲優!? マジで? まさか高屋敷瑠亜!?」
赤髪が甘音ちゃんの顔を覗き込んだ。
「いや、違うって。瑠亜ちゃんは金髪だしさ」
「なぁんだ、無名かよー。つまんなっ」
興味をなくしたように、赤髪は彼の肩を突き飛ばした。
甘音ちゃんの顔が、一瞬、泣き出しそうにゆがむ。
それは、肩の痛みによるものではない。
「……行きましょう、和真くん」
彼は強がるように笑った。
その肩を優しく引いて下がらせて――赤・青・黃のバカ信號に向かい合う。
「ああ? なんだてめえ?」
深呼吸して、気持ちを切り替えた。
「失禮なやつだ。ブタと、こんな可い子を間違えるなんて」
大切なの子を愚弄されて、黙っているくらいなら――。
俺は、普通でなくていい。
「パリィ」
手のひらで相手の攻撃を払いのける防技。
だが、これは攻撃にも応用できる。
「っぎゃ!!」
スナップをきかせて、手の甲で眉間を打つ。顔を押さえて仰け反った赤髪にローキックを喰らわせ、膝を破壊。花火は座って見ることになるだろう。
「なんだ、お前ぇ!!」
青髪が挑みかかってきた。奧襟を取ろうとしてくる。びてきた太い腕に飛びつき、重をかけて地面に引き倒す。そのまま、相手の肘をばしきる。ブチブチィッ、と筋の繊維の千切れる音に、青髪の絶が重なった。花火は寢そべって見ることになるだろう。
「よくも、てめえ!!」
最後の黃髪はナイフを取り出した。道家のくせに、武に頼る。その程度の研鑽しか積んでないということだ。隙だらけになった足を払って倒し、みぞおちを踏みつける。「がはっ」と吐瀉が地面に撒き散らされる。花火は病院で見ることになるだろう。
ひとり1秒ずつ、合計3秒。
甘音ちゃんに暴力シーンを見せたくないから、手早く済ませたつもりだ。
「行こう」
彼の手を引いてその場から離れた。途中、醫療テントに寄って、三人の怪我人のことを告げた。
しばらく歩いて、河原の土手の上まで來た。さっきの場所より多見づらいが、ここも靜かで良いところだ。
「…………」
冷靜になったところで、後悔が押し寄せてきた。
見られたくないところを見られてしまった。「普通」じゃないところを見せてしまった。
彼はぽかんと口を開けている。信じられないものを見るように俺を見つめていた。
「和真くんって、あんなに強かったんですか」
「ごめん」
「どうして謝るんです?」
「暴力、キライだって言ってたから。本當は見せたくなかった」
やっぱり、嫌われたよな……。
しかし、甘音ちゃんはぶんぶん首を振った。
「あれは、暴力じゃないですよ。和真くんの優しさです」
「……」
「わたしのために怒ってくれて、ありがとう」
にっこりと、微笑む。
落ち込んでいる俺をめるかのように、抱きしめて、背中をよしよしとでてくれる。
「ありがとうは、俺のほうだよ」
浴の背中に腕を回して、強く抱きしめ返した。
花火の音が聞こえる。
ひゅるひゅると打ち上がり、ドーン、と鳴る。お馴染みの音。夏の風詩。
薄い闇を、ぱっ、ぱっ、と舞い散る火花が照らし出す。
だけどもう、俺たちは花火を見ていなくて――。
お互いの顔ばかりを見つめていて――。
――ピピッ、ガー
會場のスピーカーから耳障りな雑音。
続いて流れ出したクソみたいな聲が、ロマンチックな雰囲気をぶち壊した。
『迷子のお知らせをいたしま~す。帝開學園からお越しの、すずきかずまくん。すずきかずまくん。カワイイなじみサマがお待ちです。至急、大會運営テントまで來てください。ってゆーか、來い♥』
あのブタァ……ッッッ!!
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