《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》12 ゴリラ、とぶ
三メートルほどの距離をおいて、ゴリラこと清原次男と向かい合った。
へらへらと笑っている。
左右隣に立っているチンピラ二人もそうだ。
嘲るような笑いを口元にり付けている。
「お前、あのS級學園の生徒なんだってな?」
ゴリラが人の言葉をしゃべった。
「運できるようには見えねえし、どうせ勉強ばっかしてんだろ? 績だけが取り柄で、それで學校ではモテてる的な」
學校では、というフレーズにゴリラは力を込めた。
俺のようなキャが「超」のつく三人を連れていることに、そういう解釈をしたようだ。
「路上(やせい)じゃ、それは通用しねえぞ」
わけのわからんことを、かっこつけて言われた。
「兄貴の口癖だ。『は結局、強い男に惹かれる』。俺もそう思う。ヨウチューブの再生回數を見ろよ。なんちゃらお勉強チャンネルとかより、俺ら兄弟のケンカをみんな見たがってる。カネもも寄ってくる。いい時代になったもんだぜ」
「へえ、なるほど」
思わず心してしまった。
つまるところ、こいつらにとっての「強さ」とは見世であり、金儲けやの子にモテるための道にすぎないというわけか。
「やっぱりあんた、キャだな」
「あん?」
「俺のようなキャにとっての強さとは、ずいぶん違う」
十傑にとっての強さとは、ただの殺人ツールである。
ただ「効率よく人を殺せるか否か」というだけの話。
たとえばハサミの価値は「よく切れるかどうか」でしかない。エアコンの価値は「効率よく部屋を溫めたり冷やしたりできるか」でしかない。人気もお金も、ましての子にモテるかどうかなんてまるで関係ない。
「いいねえ。見せてくれよ。キャくんの強さってやつをよ――」
ゴリラが拳を固めて、のっしのっしと大で前に出てきた。
格闘技のきではない。
俺様に逆らったいじめられっ子を小突きに行く――そんなじの間合いの詰め方だった。
いちおう、ガードは上げている。
太い管が幾筋も浮かぶ筋質な腕を上げている。
いじめられっ子がやぶれかぶれにパンチを繰り出してきても、楽に止められる――そういう奢りに満ちたガードだった。
ふうん。
これがキャの戦い方か。
じゃあ、こっちはキャの戦い方を見せなきゃな――。
「あげっ!!」
ゴリラが聲をあげた。
俺の右足が、やつの左足を鋭く踏みつけたのだ。
プールだから、お互いサンダル履きである。
やつのは貧弱なビーチサンダルだが、俺のはけっこうごつい。靴底に特殊セラミックをり付けてある。ガラスの破片なんかを踏んでも大丈夫なシロモノである。
別に準備してきたわけじゃない。
俺が「殺人ツール」だった頃のクセ、染みついた習慣から、の子とプールに行くのにも、こんな暑苦しいのを履いてきてしまったのだ。
キャとキャの差が、このサンダルの差だった。
「あげげげげっっっ!!」
足を踏まれたまま後ずさろうとして、ゴリラは餅をついた。
ガードのためにあげていた腕をさげて、地面に手をつく。
顔面が、がら空きだ。
「――あっ、」
俺を見上げるゴリラの表におびえが走った。
許して、
それは勘弁、
噓だろ?
そんなが次々に浮かんでは消える。
俺は首を橫に振る。
――ダメだね。
お前は、甘音ちゃんを辱めようとした。
ファンだって言ってたくせに、彼を汚そうとした。
だから――。
「んげげげぇぇぇぇぇっ」
顔面めがけて、ローキック一閃。
ゴリラの顔が蹴られた方向にぐるんっ、と回転する。
鼻を噴き出し、よだれをまき散らしながら、地面を転がる。
「駄目だな、そんな吹っ飛び方じゃあ――撮れ高がない」
地面をゴロゴロなんて、サマにならないことこのうえない。
ももちー先輩ならきっとそういうだろう。
せっかく準備してもらったスライムプールの「伏線」もいかさないとな。
「立て」
短い金髪をつかんで、引きずり起こした。
「甘音ちゃんの代わりに、お前が泳いでこい。汚れ役を引きけるなんて、ファン冥利に盡きるだろう?」
「げげげげげげげげげ!!」
よくわからん悲鳴で拒否られたが――予告通り飛んでもらうとしよう。
寸勁。
「げぇぇぇぇぅぅうう」
さっきも使ったワンインチパンチを、みぞおちに叩き込んだ。
だが、さっきとは違う。
拳の効かせ方が、異なる。
みぞおちにめりこませた拳の中で、何度も「気」を発させる。
「気」といったって、別にる亀の波を出したりするようなシロモノじゃない。
いわゆる「発勁」。
原理は合気とまったく同じで、相手の重と自分の重、人の仕組み、そして地球の引力、その他もろもろすべての要素によって「効かせる」打撃だ。
すなわち。
古宮流奧義・嵐の型。
早鐘(ハヤガネ)。
「あげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげげ」
無限の悲鳴をゴリラが上げる。
鍛え上げた腹筋といえど、この技の前にはひとたまりもない。
むしろ筋(かべ)がいほど、臓(なか)に伝わる振は大きくなる。
百個の拳大(こぶしだい)の鉄球が、パチンコ臺のように腹の中で暴れ回っている――そんな覚だろうか。
それだけなら普通の「浸勁」でも可能なのだが、古宮流は外部破壊と部破壊を同時に行うのを特としている。
的に言うと――。
ブッ飛ぶ。
ビルの取り壊し現場なんかで使う、鉄球クレーンを腹にぶちあてられたみたいなじで。
遠くまで飛ぶ。
「びゅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう」
腹を押さえた勢のまま、反社會的なゴリラが宙を舞う。
ドーム越しに差し込むしのなか、きらきらと嘔吐をまき散らしながら、遙か彼方へと放線を描いて飛んでいく。
「……人間って、飛べるんですね……」
心したような甘音ちゃんの聲は、ゴリラには聞こえていまい。
ドロドロヘドロの緑プールへ背中から落ちていった。
ドブン、という汚い水音とともに沈んでいく。
……うーん。
やっぱり、撮れ高はないかな。
「き、きたねえぞっ! 足踏みやがって!」
「倒れた相手に顔面蹴り、反則だ!」
呆然と見守っていたチンピラ二人が口々に言う。だったら助けてやれば良かったのに、眠ってたのか?
「うん、汚いな」
俺はあっさりと頷いた。
「キャの戦い方は、汚いんだ。覚えておいてくれ――」
チンピラAの右足を、同じように踏んでやった。
首の後ろに両腕を回して、思い切り引き寄せて、踏んでないほうの足の膝を腹に叩き込む。
「ぐほえ!!」
マコンコウサッポウみたいに、くの字にが折れ曲がる。これも撮れ高はないな。口から反吐をまき散らして、汚い。
最後のひとり、チンピラBはすでに逃走を始めていた。ゴリラやAを助ける素振りも見せず、一目散だ。仲間意識まるでなし。
ゴリラ一匹じゃ可哀想だ。おともをつけてやろう。
「んぐぼ!!」
後ろから襟首をつかんで引き寄せて、チキンウイングフェースロック。
の筋がブチブチ切れる音が俺の腕の中で鳴る。
戦闘能力を失った二人を、まとめてプールに叩き込んだ。
スライムの飛沫があがる。
あっぷあっぷ、手足をばたばたさせてスイミングを楽しんでいるようだった。
――さて。
「お前も泳ぐか?」
と、ブタさんに水を向けてみれば、すでに姿はなく。
甘音ちゃんが指さす方向を見れば、氷ノ上零に抱きかかえられてスタコラサッサと逃げていくところだった。
ブタの逃げ足はゴリラより速いようだ。
「じゃあねーカズぅ♪ また學校でねぇ~♪ んぱっ♥ んぱっ♥」
いっさい懲りない、悪びれない。
反社會的勢力よりよっぽど「悪」なブタさんであった。
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