《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》14【ももちー先輩視點】アイドルという試練・後編
ちとせは、何を言われたのか、わからなかった。
「げって……はい? 水著になれと?」
長男はせせら笑った。
「水著如きで今更、刺激になるわけないだろう。全だよ。上も下も、全部げ」
「は、はぃぃ?」
長男の顔を見返した。
顔は笑っているが、その目は笑っていない。
「そ、そんなの、ヨウチューブの規約にひっかかりますよ? アカウントBANされるに決まってるじゃないですか」
「そうだ。炎上する。それが話題になる。新しい客を呼び込むことができるだろう?」
「……いやいや、おかしいですって。冗談ですよね?」
「本気だが?」
じわりと、背中に汗が滲む。
気がつけば、スタッフがみんないなくなっていた。
空気を読んでテントから出て行ったのだ。
それは、清原兄弟がファンと會う時の、暗黙の行だった。
「あの桃原ちとせのフルヌード。……いや、それだけじゃ撮れ高がない。スパチャがウン百萬突破するたびにいでいくとか? ……駄目だな。デキの悪いAVだ」
長男はぶつぶつとつぶやいている。
「そうだ。大會の參加者全員、百人の男たちと絡むっていうのはどうだ? アウトロー百人と、元トップアイドルの絡み。刺激的だと思わないか? すごい『撮れ高』だ」
膝ががくがく震えそうになるのを、ちとせは必死に堪えていた。
なけなしの勇気をかき集めて、毅然として言う。
「あたし、そういう売り方はしてませんから。事務所にもちゃんと話してます。もし強引にそういうことさせるなら、この場で社長に電話して――」
つかつかと長男が歩み寄ってきた。
その手に、スタッフが用意した打ち上げ用の缶ビールが握られている。
「キャッ!」
缶ビールの中を顔にかけられた。
炭酸の弾ける音と、ひりつく皮のじ、そしてを濡らすアルコールの苦みと熱が、ちとせの頭をくらくらさせた。
「これで未年飲酒だな? ちとせ」
長男の口調が変わっている。
完全に「反社會勢力」のそれだった。
「で? 誰に電話するって?」
「……っ!」
「落ちぶれたお前と、人気絶頂の俺。どっちの言い分を社長は信じるかな? なぁ? 試してみろよ――」
2リットルのペットボトルより太い腕がびてきて、ちとせのTシャツを力任せに引きちぎった。
コットンのシャツが薄紙のように引き裂かれ、ピンクの下著がわになる。
「ほう……」
しも無駄なところのない、見事な肢だった。
ずっとずっと、子供の頃から、アイドルであるために磨き抜いてきた。らかな曲線とストイックなくびれ。決して、下衆な男に捧げるためのものではない。だが、持ち主の想いとは裏腹に、それは下衆を引き寄せてしまう。
長男が舌なめずりをした。
「百人の前に、俺と絡むか」
「イヤッ!」
真っ白なをいやらしい視線でねめつけていた長男の視線が、その時、ある一點で止まった。
ちとせは隠そうとしたが、間に合わなかった。
「お前、その傷……」
白くてらかな脇腹。
そこから腰にかけて、皮がひきつれたような大きな傷跡――手痕があった。
かなり、目立つ。
たとえば水著になれば、それは、誰の目にもわかってしまうに違いなかった。
「なるほどな」
長男はの端を吊り上げた。
「お前が干された理由は、水著グラビアを斷ったって話だったが、なるほど、その傷を見られたくなかったワケか」
「……ち、ちがうの、これは……」
「確かに派手な傷痕だな。なるほどなるほど、桃原ちとせは元から〝キズモノ〟だったわけだ。なら、今から俺がキズつけたところで、何も問題はないよな――」
丸太のような腰がのしかかってきた。
ちとせは涙を流していた。涙を流しながら、一杯、手足をかした。やめてよ。お願いだから。やめてよ。大聲を出そうとするのに、に何かが詰まったように、出るのは弱々しい嗚咽だけだった。
恐怖のあまり、目をつむった。
閉じた瞼をこじ開けるように、さらに涙が溢れ出した。
――ごめんなさい。
ちとせの頭に浮かんだのは、謝罪だった。
ファンに対して。
あるいは、ここで終わる自分の夢に対しての――。
その時だ。
ズンっと大きな音がして、のしかかっていた重みが急に軽くなった。
粘土のような匂いが鼻をつく。
手に何かついている。
それは、緑の粘だった。
一時期、ヨウチューバー界隈で流行した「スライム風呂」の素材である。
――なんでこんなものが、ここに?
起き上がったちとせが見たものは、スライムまみれになった清原次男と、その次男の巨に押しつぶされた長男という、稽きわまりない景だった。
「へ? へ? へっ??」
何度も瞬きするちとせの肩が、ぽんと叩かれて――。
「すいません、ももちー先輩。急にお邪魔して」
申し訳なさそうに、彼は頭をかいていた。
鈴木和真。
どう見ても冴えない、目立たない、いわゆるキャな彼――。
「合意ではなさそうだったので、とりあえず助けたんですけど。余計なことでしたか?」
言葉が出てこなかった。
ちとせは夢中で首を橫に振った。
「そうですか。なら、良かった――」
彼が微笑んだその時、清原長男が起き上がった。
「貴様、何故ここに……。どうやって楽月(らっきー)を倒した!?」
「別に。そいつが自分で用意したスライムプールで泳いでもらっただけさ」
事もなげに言うと、彼は自分が著ていたパーカーをいだ。
見えてしまったそののに――ちとせは思わず息を呑む。
傷だらけだ。
小さな切り傷、過傷などはもちろん、刃で刺されたり斬られたりしたような傷も多く見える。さらに恐ろしいことに、小さな丸い蜘蛛の巣のように見える無數の痕……これはまさか、弾痕ではないだろうか?
高校一年生が、いったいどんな人生を送ってきたらこうなるのか。
このに比べたら、自分の傷なんて――。
「あまり見られたくはなかったんですけど、その、先輩のは魅力的すぎて、目に毒なので」
視線を逸らしながら彼は言って、上半のちとせにパーカーを羽織らせた。
全力で走ってきてくれたのだろう。
パーカーからふわりと漂う、彼の汗の匂いに、ちとせの頬と涙腺が熱くなった。
「――かっこいいなあ。キャくん」
弟のをゴミのように押しのけて、長男が立ち上がる。
落ち著きを取り戻し、不敵な笑みを浮かべて彼をにらみつけた。
「畫の計畫変更。『キャくん、百人にボコられてコンクリート詰め、哀れ東京灣に沈む』――なんてネタはどうだ? 人が殺されるところなんて、最高の撮れ高だろう?」
「それより、もっといいネタがあるぞ」
彼は淡々と言い返した。
「『不良のカリスマ、トップアイドルももちー先輩に泣きながら土下座』だ。いつも偉そうにしている偉くないやつが、雑魚に相応しい末路をたどる。最高の撮れ高だろう?」
「……貴様……」
タトゥーまみれの顔が怒りで赤く膨れ上がる。
「ももちー先輩、下がっててください」
傷だらけの背中でちとせを守りながら、彼は言った。
「先輩のために、最高の撮れ高、お見せします」
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