《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》16 超土管髭男蹴
百人のアウトローたちが、じりじりと迫ってきていた。
まさにの壁だ。
木刀や鉄パイプを手にしている連中もいる。
メリケンサックのようなものをはめているものまでいる。
今は出してないが、刃を持っているやつもいるだろう。
彼らの背後では、「不良のカリスマ」がにやにやと笑っている。
「もうわかってるぞ。真(さにー)をやった『合気使い』は、やっぱりお前なんだろう? 弟は油斷して技をかけられてしまったんだろうが、百人が相手じゃ合気なんてなんの役にも立たないぞ」
……ふう。
どうやらカリスマ氏は、何か勘違いしているらしい。
「お前、頭悪いな」
「……何?」
「お前のような外道に『合気』なんて優しい技を使うわけがないだろう――」
古來から「お仕置き」とは、鉄拳制裁(てっけんせいさい)と相場は決まっている。
拳を固めた俺を見て、長男は號令を下した。
「まとめてかかれ! 殺せ!!」
大型ビジョンに一斉にコメントが流れる。
■清原の弟子 うおおお殺せえええ!!
■モヒカン 汚キャは消毒だァァァ!
■レッドボロン ももちーをもっと映して!!
■破滅の使徒 はやくえちえち! えちえち!
――さて。
今回は『一対多』の戦闘である。
この際、よくセオリーとして言われるのが「壁を背にする」戦法だ。そうやって地形を上手く利用すれば「一対一」の狀況を限定的に作り出すことができる。地形を味方につけて、地の利を得るのだ。
昔、師匠にもこう教えられた。
『一対百を一度こなすのより、一対一を百回こなすほうが楽なのよ~』。
その意味はよくわかる。俺も、普通ならそんな風に戦う。
だが、今回のように開けた場所で戦う場合、その戦法は使えない。
しかも、ももちー先輩を守りながら戦うという條件付き。
ではどうするのかというと――。
「先輩。ひとつ聞いてもいいですか」
「う、うん、何?」
先輩の聲はしっかりしていた。百人の飢えた男に囲まれ、狙われている狀況で、パニックにならないだけでもすごい神力だ。
「力に自信ありますか」
「普通のの子よりは、鍛えてると思う」
見事なプロポーションからもそれは窺える。アイドルとして、節制と力づくりを欠かしていないのだろう。
「かなり激しくきます。落ちないようにしてください」
「えっ?」
「失禮します」
ももちー先輩の引き締まった腰を左腕で抱き寄せて、左肩に擔ぎ上げた。
クセのない綺麗な桃髪が俺の背中に垂れ下がる。
ミニスカートのプリーツがちょうど俺の頬のあたりで揺れている。サラサラとして、くすぐったい。
「ちょ、ちょっとこの勢、恥ずかしいんだけど!? 下から覗かれちゃうじゃない!」
「すいません。我慢してください」
俺としては役得なので……とは言わなかった。怒られるから。
では、始めようか。
「おるぁああああああああああああああああああ!!」
一番乗りで突っ込んできたのは、拳にメリケンサックをはめたリーゼント男だった。
面長の馬面。特にアゴが人より長い。
ふむ。
このアゴ、おあつらえ向きだ。
「おるぁああああああああああああああああああアゴッ!?」
アゴを踏み臺にする。
ももちー先輩を抱え上げたまま跳躍し、右足で蹴りを放って長いアゴを踏みつけ、押し寄せるアウトロー百人全員の頭上へと跳ぶ。
これぞ「地の利」。
守るにも攻めるにも、低所より高所のほうが有利なのは自明のことだ。
腕に覚えありで集まった喧嘩自慢たちだ、実戦経験はそれなりに富だろうが、頭上から襲いかかってくる敵と戦ったことはあるまい。
次に大事なのは、一度キープした「地の利」を保持し続けることだ。
後から後から雲霞の如く押し寄せる「足場(てき)」を、俺はどんどん蹴りつけていく。
名付けて、超土管髭男蹴。
「ハナッ!」
「デコッ!」
「ツムジッ!」
わかりやすい悲鳴をあげてくれている亀や栗に謝しつつ、足場を踏みつけて跳躍し続ける。サンダルの底に伝わる人の顔の、ひさしぶりだ。小五の時、ロシアの特殊部隊三十名の顔面を踏み踏みして以來だろうか。
かなり激しく上下運するので、
「うひゃ! ぬひゃ! もひょ! にゅああ!!」
と、ピーチじゃなくてももちー先輩が面白い悲鳴をその都度あげてくれている。
この殺伐とした爭いの中で一服の清涼剤ではあるのだが、悲鳴のたびに、必死になって手をばし、翻るスカートを押さえる仕草をするのが、ちょっと可哀想だ。ステージ上の盜撮対策がに染みついているのだろう。
「すみません先輩」
「今度は何よぉっ!?」
「後でいくらでも怒られますから」
ひらひらするスカートを、右手でギュッと押さえた。
「アッ……」
さっきとは違うの悲鳴をあげ、先輩の背中が反り返る。
なるべくセンシティブな場所にはれないように注意したが、スカート越しに浮かび上がる見事な丸み、その裾野あたりには指先がれてしまう。そのたびに、超人気アイドルの太ももはびくりと痙攣し、真っ白なかかとが空を掻いた。
そんな不埒(インモラル)な役得がありつつも、俺は次々にアウトローたちを戦闘不能にしていく。
なにしろ俺と先輩二人分の重+蹴りの威力が、頸椎にかかるのだ。立っていられるはずがない。耐えられるとしたら、首を念りに鍛えている相撲取りやレスラーだけ。きっと首が土管みたいに太いはずだから、そんなやつがいたらすぐにわかる。
三十人くらい、倒しただろうか。
コメントの風向きが変わってきた。
■モグラ キャまたもや跳びすぎww
■コインブラ 無限増できそうww
■盜撮マン もうしで見えそうなのにぃぃぃ!!
■モリケン キャの手邪魔ぁぁぁ!!
■派神 けっこーキャがんばるじゃん
■イリューヒン てか、マジですごくね?
清原長男が焦れたようにぶ。
「馬鹿どもがッ! エモノを使えエモノを!!」
上空からの攻撃にパニックに陥っていた百マイナス三十人は、その一言で我に返った。
「そ、そうだよ、バットなら屆くじゃん!」
「下から突っつき返してやればいいんだ!」
うん。
なかなか賢明な作戦だ。
バット如きじゃどうにもならないが、もしやつらに原始人並の知能があって、バットや鉄パイプの先にナイフを括り付ける手段を思いつけば、それなりに厄介ではある。
しかし、もう遅い。
なろうのタイトルよりもう遅い。
俺がただ踏んでいただけ、跳んでいただけだと思うのか?
試合の時、あれだけ派手に跳んで見せたっていうのに。
それに気づいた長男がうめくように言った。
「こ、こいつ、壁の側に……!」
そう。
俺はすでに、アウトローたちの背後に回り込んで、プールの側にまで移している。
そこには、第二プールと敷地を隔てるレンガの壁がある。
つまり、壁を背にして戦うことができるのだ。
俺は數分ぶりに地上へ帰還し、両足で地面を踏みしめつつ、肩に擔ぎ上げていたももちー先輩を下ろした。
「先輩、すみませんでした」
「…………」
先輩の顔は真っ赤に染まっていた。たっぷりと汗をかいて、肩で息をしていた。大きな瞳が涙とは別のもので濡れている。じっと、責めるように、あるいは切なげに、俺を見つめている。
このままずっと見つめ合いたくなってしまうが――。
「今度は、俺のに隠れていてください。なるべく壁に背中をくっつけて」
「ど、どうする気?」
「普通に、戦います」
ももちー先輩を下ろしたということは、両手が自由になるということだ。
アウトローたちが襲いかかってくる。
武を手にしたアウトローだ。
拳を固めて、構える。
さて――。
こいつらにも、跳んでもらおうか。
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