《【コミカライズ&電子書籍化決定】大好きだったはずの婚約者に別れを告げたら、隠れていた才能が花開きました》小さな落膽
本日は朝・晩の2回投稿します。本作のヒーローは夜の投稿からの登場になります。
※今回の話ではモラハラをじさせる描寫があります。苦手な方はご注意ください。
誤字も教えていただきありがとうございました、修正しております。
「シルヴィ、ランダル様が迎えにいらしたわよ」
シルヴィアを呼びにやって來た母のマリアが、彼の部屋の扉を叩いた。控えめな沢のある、ベージュのタフタのシンプルなドレスをに纏ったシルヴィアは、プラチナブロンドの髪をハーフアップにして、細工のしい銀の髪飾りを挿したところだった。
慌てて扉を開けたシルヴィアを見て、母のマリアはにっこりと笑った。
「あら、その髪型も可いじゃない。たまにはそういうのもいいわね。よく似合ってるわよ」
「ありがとうございます、お母様」
シルヴィアは、憂鬱なのを隠して、母に微笑みを返した。これから、シルヴィアは侯爵家令嬢マデリーンの家で行われる夜會に、ランダルと出掛けることになっている。
あの一件の後、シルヴィアはランダルの真意が摑めず、し彼と距離を置こうとしたのだけれど、それに対して、ランダルは最近、過保護なほどにシルヴィアの側にいる。それでいて、なぜか彼がいつも不機嫌そうな顔をしていることに、シルヴィアはいたたまれない気持ちでいた。
今夜の夜會の主催者であるフォーセル侯爵家のマデリーンが、ランダルに熱を上げているというのは本當のことのようで、シルヴィアは、マデリーンや彼の取り巻きたちから、口を言われるだけでなく、ちょっとした嫌がらせをけることもあった。そういう時、ランダルは「僕の側にいればいい」とシルヴィアに言う。ランダルの隣にいれば、確かにあからさまな嫌がらせはけなかったものの、ランダルがシルヴィアを庇ってマデリーンたちに直接申すこともなかった。ランダルに言わせると、下手にシルヴィアを庇って、かえって後でシルヴィアが妬まれることになるよりも、放っておいたほうが君のためになると、そういうことらしい。
シルヴィアは、ランダルの言うことは今まで常に正しいと思ってけれど、さすがに針の筵になりそうな今夜の夜會は気が重かった。夜會の時は、ランダルはいつもファーストダンスは婚約者のシルヴィアと踴るけれど、人気のあるランダルには、幾人もの令嬢がダンスのいをかけてくる。君ばかりを構って君がやっかまれないように、という似たような理屈で、ランダルは、二回目以降のダンスは聲を掛けてきた令嬢たちと踴るのだ。
けれど、シルヴィアが以前に一回だけ、ランダルが夜會で他の令嬢と踴っている間に、聲を掛けてくれた青年と、斷るのも申し訳なく思って踴ったところ、ランダルは怒りを隠さなかった。
「僕は、君のために、踴りたくもない君以外の令嬢と、君の立場を悪くしないように踴っているというのに。君には、僕の気持ちがわからないのかい?」
シルヴィアは「君のため」というランダルの言葉に弱かった。ランダルの理屈はどことなくおかしいような気もしつつ、ランダルに何も言えなかったシルヴィアは、それ以降、彼以外の男と踴ることは一度もなかった。母のマリアに、他の青年と踴ったらランダルに叱られたことをぽつりと溢した時も、「あら、可らしいやきもちじゃない」と言われてしまい、それ以上は努めて考えないようにしていた。
(もう、夜會の場で一人でランダル様を待つことにも慣れてはいるし。気は進まないけれど、仕方ないわね)
シルヴィアが階下に降りると、紺のタキシードをに纏ったランダルが待っていた。きりりとしたしさを際立たせた彼は、いつもの通りシルヴィアの両親ににこやかに挨拶をしてから、シルヴィアに手を差しべた。
「さあ、行こうか。シルヴィ」
ランダルが手を貸してシルヴィアを馬車に乗せると、馬車はゆっくりと走り出した。
馬車の中で二人並んで腰掛けながら、ランダルの機嫌がいつもよりもさらに悪そうなことに、シルヴィアは気付いていた。口數のない彼の姿に、シルヴィアがおどおどと彼の顔を窺っていると、彼はやや冷ややかな目でシルヴィアを眺めてから、そのハーフアップにした髪に手をばした。
「ねえ、シルヴィ。今夜は、どうして君は髪型を変えたの?」
「……せっかくの夜會ですし、変えてみるのもよいかと思って」
シルヴィアは、ランダルにつまらないと言われてから、自分を変えようと努力していた。それまで、ランダルに相応しくなりたいと、彼の好みに合うように気を配り、魔法の腕を上げようと努力してきたシルヴィアだったけれど、彼にばかり合わせようとする姿がつまらなく映るのではないかと、シルヴィアなりに考えた小さな工夫だった。このまま彼の側にいることが許されるなら、せめて本心から好きになってはもらえないものかと、シルヴィアは必死だったのだ。
「前に、僕は君が髪を下ろしている方が好きだって言ったの、忘れちゃった?」
ランダルの指がすっとシルヴィアの髪飾りを引き抜き、結い上げられた髪を解いた。
「うん、これでいい。この方が可いよ」
満足気な笑みを口元に浮かべたランダルを見て、シルヴィアのはつきりと痛んだ。
(……もしかしたら、ランダル様に今日の髪型を褒めていただけるのじゃないかって、そう期待した私が淺はかだったわ)
シルヴィアは、瞳になぜか涙が滲みそうになるのを慌てて堪えた。ランダルは、シルヴィアが彼に大人しく従っている限りは優しかった。以前のシルヴィアは、ランダルが笑顔になったら嬉しかったし、彼の言葉に何の疑いも持ってはいなかった。けれど、彼の、シルヴィアを貶めるような言葉を聞いてからというもの、小さな違和が心の中に堆積していくのをじていた。
シルヴィアがランダルとの婚約を解消しようとしたのも、元々は大好きだった彼に迷を掛けたくない一心でだったし、彼への気持ち自は殘っていた。けれど、今までのような、ただランダルのことが好きだという真っ直ぐで純粋なは、シルヴィア自もあまり自覚のないままに、本から揺らぎ始めていた。
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