《【コミカライズ&電子書籍化決定】大好きだったはずの婚約者に別れを告げたら、隠れていた才能が花開きました》婚約解消と、一つの提案
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シルヴィアは、デクスターを隣に伴って、客間のソファーに腰を下ろしていた。客間の扉がノックされ、開いた扉から、執事に案されたランダルがって來た。
ランダルはいつもと変わらぬ笑顔で、デクスターとシルヴィアに挨拶をしてから、二人の前のソファーに腰を下ろした。
「折りってお話があるとのことで伺いましたが、どのようなご用件でしょうか?」
デクスターは、固い顔をしたシルヴィアを困気味に眺めてから、ランダルを見つめた。
「わざわざ足を運んでもらってすまないね、ランダル君。……実は、シルヴィアが、君との婚約を解消したいと言っているのだが……」
ランダルは、すっと目を細めてシルヴィアを正視した。シルヴィアは背中に冷や汗が伝うのをじながらも、顔を上げてランダルを見つめた。
「父の申していた通りです。私との婚約を解消してください、ランダル様」
「……また、急な話だね。シルヴィ、君はこの前も、もう構わなくていいとかそんなことを言っていた気がするけれど、どうして、改めて婚約解消などと?」
「この前のマデリーン様の家で開かれた夜會で、私、ランダル様とマデリーン様が、その……とても親になさっている様子をお見掛けしましたわ。私のような者との婚約を続けていただかなくても結構ですから、ランダル様が好ましいと思っていらっしゃる方を、どうぞ幸せにして差し上げてくださいませ」
ランダルは、余裕のある態度は崩さないままに、軽い苦笑を浮かべた。
「ああ、あの時のことか。シルヴィ、あれは事故だよ。マデリーン様の顔を潰さないように、彼からのダンスのいに応じた後、酔った彼が僕に絡んで來たんだ。僕が彼に対して気がある訳では決してないよ」
デクスターが、し顔を顰めてランダルを見つめた。
「夜會では、君はシルヴィと一回目のダンスは踴るが、二回目以降は、シルヴィを置いて他の令嬢と踴るとか。それは本當なのかい? ……いつも、君はシルヴィを大切にしてくれているようだったし、夜會の送り迎えも、前回の夜會の帰りを除いたら欠かさずしてくれていたから、シルヴィにそれを聞いて驚いたのだがね」
一瞬だけ顔を引き攣らせてから、ランダルはデクスターに向かって口を開いた。
「それは、シルヴィの立場を考慮すればこそです。……し申し上げにくいのですが、魔法學校でも、僕の婚約者だということで、シルヴィが妬まれて、口を囁かれることがありまして。シルヴィ自が、僕のことを離さないような嫉妬深い令嬢だと思われるのも得策ではありませんから、そういうことがあまり起きないようにと、他の令嬢方とも、適度に付き合いが悪くならない程度に振る舞っているという、ただそれだけのことですよ」
「社界で、友関係を害さない程度の付き合いをするということなら、私も理解できるのだが。シルヴィがこれほど頑なになったのも初めてのことでね……」
ランダルには歯向かったことのなかったシルヴィアが、今日は折れる様子がないのを見て、ランダルはシルヴィアに尋ねた。
「シルヴィ。この前は、あの有名なアルバート様に帰り道を送ってもらったそうだね。彼に何か言われたの?」
突然険しい表になり、探るようにシルヴィアを見つめたランダルに対して、シルヴィアは答えた。
「いえ、特に何も。ただ、アルバート様は、一人で中庭にいた私に聲を掛けてくださって、そのまま送ってくださっただけですわ」
そう言えば、と、火魔法のクラスで無事に進級したことを、アルバートになぜか褒められたこともシルヴィアは思い出したけれど、さすがに今の話の文脈では関係ないだろうと、シルヴィアはその話は割した。
「ふうん、そうなんだ……」
ランダルはし思案気に視線を彷徨わせたけれど、再度鷹揚な笑みを浮かべた。
「シルヴィは、ご機嫌斜めのようですね。……デクスター様、シルヴィは、ちょっとした誤解から拗ねてしまって、しへそを曲げているだけだと思うのです。それほどシルヴィが僕と婚約を解消したいというのなら、それでも構いません。ただ……」
ランダルは一度言葉を切ってから、デクスターを見つめた。
「もしも今、僕たちが婚約を解消したという話が広まったとしたら。自分で言うのも何ですが、僕の火魔法の力を求めて、多くの令嬢が、僕の婚約者の座を狙って押し寄せて來るでしょう。でも、それは僕のむところではないのです。僕が將來幸せにしたいのは、シルヴィただ一人だけですから」
ランダルは視線をシルヴィアに移したけれど、シルヴィアは固い表を崩さずに俯いていた。
「そこで、一つ提案なのですが。僕たちの婚約を解消することについては、僕としては気は進みませんが、シルヴィの気持ちを尊重して同意しましょう。ですが、表向きには、僕たちがまだ婚約しているという建前を、しばらく維持しませんか? 僕は、きっとシルヴィの気が変わって、また僕と婚約したいと、そう言ってくれると考えて……いえ、信じています。それでもシルヴィの気が変わらなかったのなら、婚約の解消を正式に公表しましょう」
「うむ、そうだな。どうだい、シルヴィ? ……ランダル君は、君に最大限譲歩しながらも、優しい気遣いを殘してくれていると思うのだが」
シルヴィアは、デクスターのどこか安堵の滲む表を見つめた。今まで、娘のことを大事にしていると信じていた相手との婚約を、急に解消するなどと言い出した娘が心配で堪らない父の思いを、シルヴィアは理解していた。なぜ、ランダルがそのような提案をしてきたのかは、シルヴィアには理解できなかったけれど、彼の気が変われば、またランダルが元の通りに婚約するという條件は、父から見ても魅力的なのだろうとシルヴィアは思った。
「ええ、承知いたしました。……ありがとうございます、ランダル様」
シルヴィアは、一見微笑んでいるように見えて、実のところまったく笑っていないランダルの瞳を見つめながら、それだけ答えた。
デクスターとシルヴィアが、ランダルを玄関先で見送ろうとしていると、ランダルがデクスターに聲を掛けた。
「デクスター様。しだけ、シルヴィと二人で話す時間をいただいても?」
「ああ。シルヴィ、構わないだろう?」
「……はい」
小さく頷いたシルヴィアの手首を摑むようにして、ランダルが玄関を抜けてレディット伯爵家の外門の近く、人気のない場所まで來てから、彼の瞳を覗き込んだ。
「……シルヴィ、これで気が済んだ?」
燃えるような怒りの滾っている彼の両目を見て、シルヴィアは小さく震えた。ランダルは、そんな彼を眺めて薄く笑った。
「いいかい。君は必ず、僕にまた復縁をむよ。僕はその日を、今から楽しみにしているから」
最後に、シルヴィアの手首をぎゅっと握り締めてから、ランダルはその手を放すと、振り返ることなく帰りの馬車に乗り込んで行った。ランダルに握られた手首の痛みをじながら、シルヴィアは、彼の乗った馬車が小さくなっていく様子を見送っていた。
僕はまた、あの鈴の音を聞く
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