魔法學校で、朝一番に魔法の教室にったシルヴィアは、校舎にる直前に上階の窓から掛けられた、汚れた水がぽたぽたと滴る服を見下ろして小さく溜息を吐いた。シルヴィアは、意識を集中させて目を閉じると、ぱちりと指を鳴らした。

（……『浄化』）

心の中でそう唱えたシルヴィアのに、ふわりと淡いが纏ったかと思うと、ぐっしょりと薄汚れていたシルヴィアの服とからは汚れがすうっと消えていき、すっかり乾いて元の通りになった。先日の夜會で、シルヴィアのドレスからアルバートがワインの染みを取ってくれたのと同じ、浄化を行う魔法だ。

「これでよし、っと」

シルヴィアはそう呟くと、綺麗になった服をつまんで、完全に汚れが取れていることを確認してから満足そうに頷いた。気持ちを切り替えたシルヴィアは、鞄の中から、昨日アルバートに教わったことを書き留めたノートを取り出した。アルバートに教わる魔法の容も増え、ユーリと一緒にける授業は學ぶことばかりで、シルヴィアの毎日はとても充実している。

アルバートから直接教わることのできる魔法のクラスが、シルヴィアには楽しくてたまらなかった。シルヴィアの魔法の上達を、まるで我がことのように喜んでくれるアルバートの姿に、シルヴィアの魔法の練習にも、自然と一層がった。アルバートにれられたり、褒められたりする度に、じわりとの奧が熱くなり、頬がすぐに染まってしまうことに、シルヴィアは自分でもし戸っていた。彼の顔を眺める時、シルヴィアは、はじめはその顔立ちのしさに驚いたものだったけれど、いつも彼を労り勵ましてくれる、その表の優しいきの方に、次第により心がかされるようになっていた。

魔法の授業に夢中になっているシルヴィアにとっては、今朝けたような嫌がらせは、學校生活の中では些細なことに過ぎなかった。ただ、このように続く嫌がらせの犯人としてシルヴィアに思い當たる人は、マデリーンとその取り巻き以外には考えられなかった。最近、偶然マデリーンに出くわした時にも、シルヴィアは彼に、怒りの籠った目付きで激しく睨まれていた。

（マデリーン様は、やはりランダル様のことで、私が気に食わないのかしら。もう、ランダル様との形式的な婚約も、完全に解消したいのだけれど……）

ランダルと直接顔を合わせる機會もなくなってからしばらくの時間が経って、そろそろ頃合いだろうかと、シルヴィアはランダルに名目上の婚約の解消も申しれようとしていた。けれど、肝心のランダルがなかなか捕まらないことに、シルヴィアは顔を曇らせていた。嫌がらせをしてくるマデリーンたちよりも、のらりくらりとシルヴィアを躱すランダルの存在の方が、彼には気が重かった。

シルヴィアが椅子に座ってノートを読み返していると、ユーリが教室の扉を開けた。シルヴィアに駆け寄って來たユーリは、彼ににっこりと笑い掛けた。

「おはよう、シルヴィ！　今朝も早いね」

「おはようございます、ユーリ様」

ユーリは、シルヴィアが手元に開いているノートを覗き込んだ。

「早速復習かあ。毎日こつこつ努力してて偉いよね、シルヴィは」

「いえ、そんなことは。ユーリ様は、近くで見ていて本當に天才だと思いますけれど、私はできることからやっていこうかと」

「へへ、そうかなあ。でも、シルヴィこそ凄い才能だし、飲み込みもびっくりするほど速いと思うけどね。アルバート先生も心してたよ」

アルバートの名前を聞いて、ほんのりと頬にを上らせながら、シルヴィアはユーリに尋ねた。

「そう言えば、アルバート様、近いうちに魔討伐の見學があると仰っていましたよね？」

ユーリは、シルヴィアの言葉にこくりと頷いた。

「うん。ここからそう遠くもない森の中に出るようになった魔の群れを、今度駆除しに行くって聞いてるよ。たいして強くはない魔たちらしいし、初めての見學でも、そう危険はなさそうだって」

「そうなのですね。魔を見るのは初めてなので、し張します」

「僕も、今まであんまり魔を見たことはないなあ。弱い魔でも、危険がない訳じゃないから、気を付けるに越したことはないよね、きっと。……ところでさ、シルヴィ」

ユーリは、し眉を寄せて、今しがたって來たばかりの教室の扉を振り返った。

「僕が來た時、この教室の外に生徒が何人かいて、僕が扉を開けた時、教室の中を覗き込むようにしていたんだけど。あの人たちって、シルヴィの知り合いかなあ？」

「うーん……？　し、外を見て來ますね」

シルヴィアは椅子から立ち上がると、教室の外へと様子を見に出て行った。扉を開けるとすぐに、シルヴィアは、扉のすぐ外側に立っていた數人の生徒たちと目が合った。マデリーンの取り巻きたちとはまた違う、火魔法のクラスで顔見知り程度だった生徒たちだ。

「あの、私に何か用ですか？」

シルヴィアの言葉に、生徒の一人が遠慮がちに口を開いた。

「シルヴィア様。急に申し訳ないのですが、し、時間をもらえませんか？」

「はい、授業が始まるまでの間でしたら」

シルヴィアの返答に、生徒たちはほっとしたように顔を見合わせた。

「……では、私たちと一緒に來てもらえますか？」

「ええ」

突然何事だろうかと、シルヴィアは心で首を傾げながら、彼たちについて階段を降りて行った。