アルバートは、シルヴィアを抱きかかえて校舎に向かいながら、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。

「シルヴィア、まだ君にはショックも殘っているだろう。今日の授業は休んでも構わないが、どうする？」

アルバートの腕に抱かれたままで、さらに間近に彼のしい顔がシルヴィアに迫り、彼はどきりとを跳ねさせながらも、勢いよく首を橫に振った。

「いえ、アルバート様に助けていただいて、私は怪我の一つさえしておりませんし、もう大分落ち著いてまいりましたから大丈夫です。今日も、アルバート様に魔法を教えていただけたら嬉しいです」

ユーリが、シルヴィアを見上げてにっこりと笑った。

「シルヴィは、いつも熱心に魔法の練習に取り組んでるものね！　今朝だって、早くから教室に來て復習していたよね」

シルヴィアは、し恥ずかしそうにユーリに微笑み返した。

「私、アルバート様とユーリ様と一緒に魔法を學ばせていただけることが、毎日本當に楽しくて、ありがたくて。今は、魔法をしでも早く上達させられたらと、そう思っています」

アルバートは、シルヴィアの言葉に口元を綻ばせた。

「それは何よりだ。では、このまま教室に戻ろうか」

「はい」

シルヴィアは、魔法の教室に著くと、彼をそっと下ろしてくれたアルバートに大きく頭を下げた。

「アルバート様、ありがとうございました。すっかりお手間を掛けさせてしまって」

「何も気にすることはない。君に怪我がなくて、本當によかったよ」

アルバートは、シルヴィアに優しく微笑み掛けてから、シルヴィアとユーリを見つめた。

「以前にも伝えたが、そう遠くないうちに君たちを連れて魔討伐の見學に行くことになっている。君たちにはまだ、の防魔法は教えていなかったね。萬が一の時に備えて、今日は魔法の盾（シールド）を練習しよう」

シルヴィアとユーリがアルバートの言葉に頷いた時、教室の扉がノックされ、別のクラスの男教授が顔を覗かせた。

「すみません、アルバート先生。伺いたいことがあるのですが、しだけお時間をいただいても？」

「わかりました」

アルバートは、シルヴィアとユーリを振り返った。

「すぐに戻るから、し待っていてくれ」

二人は、扉の向こうにアルバートの背中を見送った。

教室の扉が閉まる音を聞いてから、シルヴィアはほうっと溜息を吐いた。まだ、近距離から火魔法を向けられたことへの恐怖が完全に消えた訳ではなかったけれど、ランダルとの婚約をようやく完全に解消できたことへの解放と、アルバートに助けられたことへの謝の気持ちで、の中に清々しい風が吹き、溫かなが差したような心地がしていた。

アルバートに何か恩返しができないものかと考えながら、シルヴィアは、彼の背中が消えた扉の方向を見つめたままで呟いた。

「アルバート様って、すべてが完璧でいらっしゃいますよね。魔法の力が突出しているだけではなくて、人格者でいらっしゃいますし、いつも優しくて、穏やかに微笑んでいて……」

ユーリが、シルヴィアの顔を見上げた。

「シルヴィの言うことは、間違ってはいないと思うけど。でも、アルバート先生って、普段はあんまり笑わないんだよ」

「……えっ？」

シルヴィアは、ユーリの意外な言葉に目を瞬いた。

「僕、昔からアルバート先生のこと知ってるけど、何があってもあんまり表が変わらない、クールな印象だったもの。……それに、あの整った顔立ちでしょう？　まるで彫刻みたいだって、皆からそう言われていたんだよ」

「それは本當ですか？」

シルヴィアの知っているアルバートの姿からは想像がつかず、シルヴィアは小首を傾げたけれど、ユーリはこくりと頷いた。

「うん。だから、シルヴィの前ではよく笑うんだなあって、僕もびっくりしたんだ。お蔭で授業の雰囲気もいいし、僕としてもありがたいんだけどね」

ユーリは、思わず頬にを上らせたシルヴィアを見つめてふふっと笑うと、うーんとびをした。

「今日は防魔法かあ。僕、攻撃魔法以外は、あんまり好きじゃないんだよなあ……」

「けれど、アルバート様も仰っていた通り、萬が一のためにも防魔法は使えた方がよいのでしょうね。……私も今さっき、その必要を痛しましたから」

微かに苦笑したシルヴィアに、ユーリも同するように頷いた。

「あれは相當な災難だったよねえ……。シルヴィの言う通り、魔討伐を見に行くまでには、防魔法も使えるようになっておいた方がいいんだろうなあ。見學って確か、今年の霊降誕祭が終わったら、その後すぐくらいだったよね？」

「はい、そうだったと思います」

ユーリの言葉にそう返しながらも、シルヴィアは彼の言葉にはっとしていた。

（そう言えば、もうすぐ霊降誕祭だったわね）

デナリス王國では、一年に一度、霊が王國に降誕したと伝えられている日に、霊降誕祭が開かれる。國民に加護を與える霊を奉り、謝を捧げる祭りだ。王都の中央広場には、夕刻から霊に捧げる大きな篝火が焚かれ、それを囲むようにたくさんの屋臺が出て、多くの人々で賑わうのだ。

霊降誕祭の日も、魔法學校は休みにはならないものの、降誕祭に間に合うように授業が早めに終わる上に、その日だけは私服が許されている。皆思い思いに著飾って學校に來るその日は自然と、生徒の皆が祭り気分一で浮き立つ日になるのだった。

霊が降誕した時、その加護の力で、デナリス王國の建國の祖が魔から妻を守ったという言い伝えがあることから、霊降誕祭の日は、から男に、菓子やハンカチなどの小さなプレゼントを、日頃の謝を込めて贈ることが習わしになっていた。

（せっかくの機會だし、いつもお世話になっているアルバート様とユーリ様に、今年は何かお禮がしたいわ）

シルヴィアは、例年はランダルにプレゼントを用意して、彼と一緒に霊降誕祭に出掛けていたのだけれど、ランダルと距離ができた今年は、祭りの存在自がシルヴィアの意識から抜け落ちていたのだった。シルヴィアは、ユーリの言葉で、祭りの日が近いことを思い出させてもらったことに謝していた。

（……しでも、アルバート様とユーリ様に喜んでいただけたらいいのだけれど）

アルバートは、またあの優しい笑顔を見せてくれるだろうかと、ふとそんなことを想像したシルヴィアは、ふわりとその頬を染めたのだった。