《【第二部完結】隠れ星は心を繋いで~婚約を解消した後の、味しいご飯とのお話~【書籍化・コミカライズ】》40.願い
結婚を了承した時に言っていた通り、ノアの行は驚くくらいに早かった。
次の日には手紙が屆き、あっという間に、わたしの家に訪れる段取りが整っていたのである。
ノアが來るのは、次のお休みの日に決まった。父と兄はどこか複雑そうな顔をしていたけれど、母はにこにこと穏和な笑みを湛えていた。家令のマルクも、ハウスメイドのドロテアも嬉しそうにしている。
父と兄も反対しているわけではないのを知っているから、家の中はどこか浮かれた雰囲気に包まれているようだった。
そして、當日。
張していたのか早く目が覚めてしまった。カーテンを開けた先に見える空は、まだ仄暗い。窓枠に四角く切り取られた早天(そうてん)の中、ゆっくりとが昇っていくと蒼映えていた雪景が金のに染まっていくのがしい。
ベッドに戻ってその景を眺めているうちに、また眠気が戻ってくる。朝食まではまだまだ時間があるから……と目を閉じた時だった。
部屋のドアがノックされる。
力強く、確実に覚醒を促すように扉が叩かれ続けている。
何かあったのかと不安に思う程のノックに、ゆるゆるとを起こす。返事をするよりも先に扉が開き、そこに居たのはいい笑顔をした母だった。後ろには、これまたいい笑顔をしたドロテアが何やら大きな箱を持って控えている。
「おはよう、アリシア。お目覚めはいかが?」
「……おはよう、母さん。いかがと言われても、ちょっと困るくらいに驚いてる」
両手の指先で目をりながら返事をすると、大きな欠がれてしまう。浮かんだ涙もそのまま拭ってからベッドから降りた。
「こんな早くにどうしたの?」
「今日はアインハルト様がいらっしゃる日よ」
「ええ、それは知っているわ」
「おめかししてお迎えしないと」
「……おめかし」
箱を置いたドロテアはお湯の張られたや々なものが乗せられたカートを押してきた。その箱もその々もきっと、おめかし(・・・・)に関するものなのだろう。
二人がやる気になっているところに、水を差すのは……なんて、違う。わたしもその気になりながら、テーブルに用意されたお湯で顔を洗った。
箱にっていたドレスを著たわたしは、ドレッサーの前で母にお化粧をして貰っていた。わたしの後ろで櫛を手にしているドロテアは、ずっと若菜の髪を梳かしている。そのおで髪の艶が増しているのは分かるけれど、し念りすぎないだろうか。
「奧様、髪型はどうなさいますか?」
「顔回りを編み込んでカチューシャのようにしましょう。額も全て出して頂戴。その方がお化粧も映えるわ」
「かしこまりました」
花香のする化粧品は母のお気にりのものだ。自分でするよりもずっと丁寧な化粧は、華やかだけれどけばけばしいわけではない。その絶妙な手捌きに心してしまうほどだった。
「口紅はアインハルト様がいらっしゃる前にしましょう。軽食はつまんでいいわよ」
「こんなにコルセットで締められたら、食べられそうにないわ」
「あら、全然締めていないのに。夜會に出る時なんてもっときついのよ」
「夜會に縁がなくて本當に良かったわ。耐えられそうにないもの」
母が用意してくれたドレスは、貴族が著るようなものではないけれど、充分過ぎるほどに華やかな薄紫のものだった。長袖の手首には白いフリルが重ねられていて、それによって手首が細く見えるから不思議だ。元から首までは薄紫の薄いレースで覆われている。
コルセットのおかげで締まった腰からはスカートが広がっているけれど、中にパニエを著ていないからすっきりとした形に見える。
イヤリングは金細工で出來た花。花から垂れる金鎖の先には小さな寶石が輝いていて、それは紫をしていた。
金なのはわたしの瞳に合わせてなのか、それとも……ノアの夕星なのか。纏うドレスのからしても、彼に合わせたものだというのは丸分かりで、気恥ずかしくなってしまう。
「綺麗よ、アリシア」
にっこり笑う母と、ドロテア。
鏡の中に居たのは顔を赤くして、に浮かれた顔をしているわたしだった。これなら自信を持ってノアの隣に立てるかもしれない。そう思わせるだけの輝きに溢れていた。
時間通りにやってきたノアは、騎士服姿で前髪を後ろにで付けていた。いつもの、アインハルト様の姿だ。
その手には鮮やかなブーゲンビリアの花束を持っているものだから、が高鳴って目眩まで起こしてしまいそう。まるで絵畫から抜け出したようなしさと、歌劇の舞臺から飛び降りてきたような悍さを兼ね備えている。
ノアはわたしの格好を見て、し驚いたように目を見張った。それも一瞬の事で、すぐに相好を崩すとわたしに花束を差し出してくれる。
「綺麗だ。それは……俺の為に?」
「お願いだから確認しないで」
可笑しそうに低く笑ったノアは、わたしの頬に手をばす。れそうになる間際で拳を握り締めると、その手をすっと下ろしてしまった。
きっとノアはわたしの心を読んだのだろう。わたしの後ろには両親と兄がいるのだから、ここでれ合うのは何とも居心地が悪い。
父と兄が応接間にノアを先導している間に、ドロテアに頼んで花束を部屋に飾って貰うことにした。とてもしい花だから、手元に置いておきたいと思ったからだ。
朝も夜もあの花を見れば、今日のこの日をいつだって思い出せるもの。
応接間のソファーにノアが座り、テーブルを挾んだ対面のソファーには両親が座った。わたしと兄は一人掛けのソファーに腰を下ろしている。
先日フェリクス様がいらした時にもこんなじだったけれど、その時とは部屋の雰囲気が全く異なっていた。
「先日の手紙にも認(したた)めましたが、私はアリシア嬢を妻に迎えたいと願っています。どうかお許し願えないでしょうか」
マルクが用意した紅茶を一口飲んでから、背筋を正したノアが口を開く。わたしから見える橫顔はとても真摯で、視線は真っ直ぐに両親へと向けられていた。
改めてノアの口からそんな言葉を聞くと、の奧が苦しくなる。自分が求められているのだと、否が応でも実する。それが幸せで──が苦しい。
父はノアを真剣な眼差しで見つめた後に、ふぅと小さく息をついた。
両手を膝に添え、深く頭を下げてからゆっくりとを起こす。
「私が選び進めた婚約の件で、アリシアには大変辛い思いをさせてしまいました。娘の心を傷付けてしまった私は、今度こそアリシアの意思を尊重したい。私達が願うのはアリシアの幸せです。アリシアがあなたを選ぶなら、私達は喜んでそれをけれましょう」
「私も、彼の幸せを願っているのです。そしてその幸せを共に育んでいける事も」
らかな聲で言葉を紡いだノアは徐(おもむろ)に立ち上がり、わたしの前で跪いた。
いや、ちょっと待って。言っていたけれど。確かにあまりりす亭でそんな事を言っていたけれど。
あまりにも衝撃的な景に、わたしは息を飲んでいた。そのしい姿から目を逸らす事も出來ずに。
「アリシア、私と結婚してはくれないだろうか。一生を懸けてあなたを守り、し抜くと誓う。私の幸せはあなたと共に在る。あなたの幸せもどうかそうであってしい」
膝に置いていたわたしの手を取ったノアは、熱の籠った聲で睦言を口にする。
その聲が、その眼差しが、わたしの事を求めている。
あまりの熱量に、視界が滲んだ。お化粧が崩れてしまうと思ったけれど、この溢れる気持ちを抑える事なんて不可能だ。
「……わたしの幸せも、あなたと共に」
震える聲で、そう答えるのが一杯だった。
だけどノアは、充分だとばかりに嬉しそうに笑ってくれた。
その夕星の瞳に、わたしだけを映して。
【第二部完結】隠れ星は心を繋いで~婚約を解消した後の、美味しいご飯と戀のお話~【書籍化・コミカライズ】
Kラノベブックスf様より書籍化します*° コミカライズが『どこでもヤングチャンピオン11月號』で連載開始しました*° 7/20 コミックス1巻が発売します! (作畫もりのもみじ先生) 王家御用達の商品も取り扱い、近隣諸國とも取引を行う『ブルーム商會』、その末娘であるアリシアは、子爵家令息と婚約を結んでいた。 婚姻まであと半年と迫ったところで、婚約者はとある男爵家令嬢との間に真実の愛を見つけたとして、アリシアに対して婚約破棄を突きつける。 身分差はあれどこの婚約は様々な條件の元に、対等に結ばれた契約だった。それを反故にされ、平民であると蔑まれたアリシア。しかしそれを予感していたアリシアは怒りを隠した笑顔で婚約解消を受け入れる。 傷心(?)のアリシアが向かったのは行きつけの食事処。 ここで美味しいものを沢山食べて、お酒を飲んで、飲み友達に愚癡ったらすっきりする……はずなのに。 婚約解消をしてからというもの、飲み友達や騎士様との距離は近くなるし、更には元婚約者まで復縁を要請してくる事態に。 そんな中でもアリシアを癒してくれるのは、美味しい食事に甘いお菓子、たっぷりのお酒。 この美味しい時間を靜かに過ごせたら幸せなアリシアだったが、ひとつの戀心を自覚して── 異世界戀愛ランキング日間1位、総合ランキング日間1位になる事が出來ました。皆様のお陰です! 本當にありがとうございます*° *カクヨムにも掲載しています。 *2022/7/3 第二部完結しました!
8 145テイマーリュカリュカちゃんの冒険日記
2021.05.17より、しばらく月・水・金の週三回更新となります。ごめんなさい。 基本一人プレイ用のVR型RPGを始めることになった女の子のお話です。 相変わらずストーリー重視ではありますが、よりゲームらしい部分も表現できればと考えております。 他作品に出演しているキャラと同じ名前のキャラクターが登場しますが、作品自體は獨立していますのでお気軽にお楽しみください。 モチベーションアップのためにも感想や評価などを頂けると嬉しいです。
8 185クリフエッジシリーズ第二部:「重巡航艦サフォーク5:孤獨の戦闘指揮所(CIC)」
第1回HJネット小説大賞1次通過、第2回モーニングスター大賞 1次社長賞受賞作品の続編‼️ 宇宙暦四五一二年十月。銀河系ペルセウス腕にあるアルビオン王國では戦爭の足音が聞こえ始めていた。 トリビューン星系の小惑星帯でゾンファ共和國の通商破壊艦を破壊したスループ艦ブルーベル34號は本拠地キャメロット星系に帰還した。 士官候補生クリフォード・C・コリングウッドは作戦の提案、その後の敵拠點への潛入破壊作戦で功績を上げ、彼のあだ名、“崖っぷち(クリフエッジ)”はマスコミを賑わすことになる。 時の人となったクリフォードは少尉に任官後、僅か九ヶ月で中尉に昇進し、重巡航艦サフォーク5の戦術士官となった。 彼の乗り込む重巡航艦は哨戒艦隊の旗艦として、ゾンファ共和國との緩衝地帯ターマガント宙域に飛び立つ。 しかし、サフォーク5には敵の謀略の手が伸びていた…… そして、クリフォードは戦闘指揮所に孤立し、再び崖っぷちに立たされることになる。 ――― 登場人物: アルビオン王國 ・クリフォード・C・コリングウッド:重巡サフォーク5戦術士官、中尉、20歳 ・サロメ・モーガン:同艦長、大佐、38歳 ・グリフィス・アリンガム:同副長、少佐、32歳 ・スーザン・キンケイド:同情報士、少佐、29歳 ・ケリー・クロスビー:同掌砲手、一等兵曹、31歳 ・デボラ・キャンベル:同操舵員、二等兵曹、26歳 ・デーヴィッド・サドラー:同機関科兵曹、三等兵曹、29歳 ・ジャクリーン・ウォルターズ:同通信科兵曹、三等兵曹、26歳 ・マチルダ・ティレット:同航法科兵曹、三等兵曹、25歳 ・ジャック・レイヴァース:同索敵員、上等兵、21歳 ・イレーネ・ニコルソン:アルビオン軍軽巡ファルマス艦長、中佐、34歳 ・サミュエル・ラングフォード:同情報士官、少尉、22歳 ・エマニュエル・コパーウィート:キャメロット第一艦隊司令官、大將、53歳 ・ヴィヴィアン・ノースブルック:伯爵家令嬢、17歳 ・ウーサー・ノースブルック:連邦下院議員、伯爵家の當主、47歳 ゾンファ共和國 ・フェイ・ツーロン:偵察戦隊司令・重巡ビアン艦長、大佐、42歳 ・リー・シアンヤン:軽巡ティアンオ艦長、中佐、38歳 ・ホアン・ウェンデン:軽巡ヤンズ艦長、中佐、37歳 ・マオ・インチウ:軽巡バイホ艦長、中佐、35歳 ・フー・シャオガン:ジュンツェン方面軍司令長官、上將、55歳 ・チェン・トンシュン:軍事委員、50歳
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高校2年の藤鷹勇也(ふじたかゆうや)は夏休みが始まり學校から帰る途中で交通事故に合い死んでしまった。そこで、神と名乗る老人から神の力を貰い異世界を楽しむ物語
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8 130出雲の阿國は銀盤に舞う
氷上の舞踏會とも形容されるアイスダンス。その選手である高校生、名越朋時は重度のあがり癥に苦しんでおり、その克服の願をかけに出雲大社を訪れる。願をかけたその瞬間 雷のような青白い光が近くにいた貓に直撃!動揺する朋時に、體を伸ばしてアクビをすると貓は言った。『ああ、驚いた』。自らを「出雲の阿國」だと言う貓の指導の下、朋時はパートナーの愛花とともに全日本ジュニア選手権の頂點を目指す。 參考文獻 『表情の舞 煌めくアイスダンサーたち』【著】田村明子 新書館 『氷上の光と影 ―知られざるフィギュアスケート』【著】田村明子 新潮文庫 『氷上の美しき戦士たち』【著】田村明子 新書館 『DVDでもっと華麗に! 魅せるフィギュアスケート 上達のコツ50 改訂版』【監】西田美和 メイツ出版株式會社 『フィギュアスケートはじめました。 大人でもはじめていいんだ! 教室・衣裝選びから技のコツまで 別世界に飛び込んだ體験記』【著】佐倉美穂 誠文堂新光社 『フィギュアスケート 美のテクニック』【著】野口美恵 新書館 『表現スポーツのコンディショニング 新體操・フィギュアスケート・バレエ編』【著】有吉與志恵 ベースボール・マガジン社 『バレエ・テクニックのすべて』【著】赤尾雄人 新書館 『トップスケーターのすごさがわかるフィギュアスケート』【著】中野友加里 ポプラ社 『絵でみる江戸の女子図鑑』【著】善養寺ススム 廣済堂出版 『真説 出雲の阿國』【著】早乙女貢 読売新聞 また阿川佐和子氏『出雲の阿國』(中公文庫)に大きな影響を受けておりますことを申し述べておきます。
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