離れは現在華やかな様相だ。

続々と客が到著し、すでにお茶會は始まっていた。

「エリーゼ様、素晴らしい庭園ですわね」

「ええ、今日はこちらの庭園を選びましたが、本邸のほうはもっと素晴らしいんですのよ。ぜひ今度お招きしたいわ」

口元を隠しながらみんなが笑いあう。

裏では々思うところもあるだろうが、誰がこのリンドベルド公爵家の主人かを見極めたいため慎重に探っている。

リンドベルド公爵家の當主は結婚後も本邸に近寄りもしていないことはみな知っていた。

そして、その結婚相手がどんな存在なのかも。

エリーゼは正妻が登場し、皇殿下の怒りの的が正妻に移り社界に出りできるようになった途端、まるで自分がリンドベルド公爵家の正妻のような態度。

それを當主であるクロード・リンドベルドが止めもしないのは、やはり子爵令嬢エリーゼの言う通り、彼をしているからなのかと社界では見られていた。

しかし、実際のところは何も分かっていない。

エリーゼ自正妻となったベルディゴ伯爵家の令嬢の事を詳しく知らず、邸宅でどんな様子なのか全く報を持っていなかった。

ただ、家政を取り仕切っているのは相変わらず彼の母親で、その恩恵をエリーゼがけているという事実だけは本當の様子。

そうでなければ、社にそれなりにお金がかかるのに、財産のない子爵令嬢がこんなお茶會を開くことなど不可能だ。

また、リンドベルド公爵家の名前を使う事に戸いもないところを見ると、やはり當主とはそれなりの関係と皆が考えるのは當然。

そのために、誰にびを売るのがいいのか考える。

皇殿下は結局クロード卿と結婚出來なかったので、降嫁するにしてもリンドベルド公爵家よりも格が落ち、嫌がるのなら他國に嫁ぐことになるというのは大方の見方。

つまり、そのうち社界で幅を利かせている彼も、その影響力は落ちていく事になる。

そうなると誰におもねるのが妥當か考えるのが貴族。

打算、駆け引き、裏切り、それらは貴族の常識だ。

このお茶會に招待された人はエリーゼをじっくりと観察する。

今日彼が纏うのは、リンドベルド公爵家當主夫人のみが著ることが出來ると暗黙の了解のある深紅のドレス。

派手好きなのか、正直場違いなほど著飾っているし、繰りが大きく開いている。

なんとも下品と言えるが、誰も何も言わない。

逆に、とても素晴らしい、お似合いだと口々に褒める。

もちろん、エリーゼも得意顔だ。

「ふふふ、エリーゼ様。ぜひ、本邸の庭園も見て見たいものですわ」

「もちろん、次回は本邸にお招きしたいわ」

エリーゼはそれを當然の様に言う。

本邸のお茶會はそれこそ正妻の領域。

周囲にそれが許される立場ということはすぐに知れ渡る。

目ざとい貴族は、しでも繋がりをもっておくのがいいと判斷し、エリーゼをう。

「そうだわ、エリーゼ様。今度我が家の舞踏會に招待したいわ。できたらリンドベルド公爵様もご一緒に」

そう言いだした令嬢は、爵位こそ子爵令嬢とエリーゼと同格だが、実家の財力はかなりのもの。

「あら、ならわたくしもご招待したいわ。ぜひお友達になっていただきたく思います」

次に言い出したのは侯爵家の令嬢。

本気で友達になりたいとは思っていないことは丸わかりでも、味方は増やしておくに限る。たとえ敵が、聞くところによるとさえないであろうとも、黙らせておくにはそれなりの影響力は必要だ。なにせ向こうは一応元伯爵令嬢で、現在は公的に認められているクロード・リンドベルドの正妻なのだから。

エリーゼはもちろんと微笑む。

では私も、わたくしもと、エリーゼを持ち上げるかのように周りが負けずと口にする。

「まあ皆様、ありがとうございます。ぜひクロード様をって伺いたいと思いますわ」

口元を扇で隠しながら、油斷なく微笑む。

お茶を進めながら、話題はどんどん移り変わっていく。

エリーゼはこれで自分の存在を植え付けることに功したと、ほくそ笑む。

大したことのないに自分が得る筈だったものを奪い取られたが、それも一時の事だと、これからの事に思いを馳せる。

しかし、すぐにその思いがり、あのの事を思い出す。下の分際で當主に仕掛けした、なんとも厚かましい。

早めに処分しなければとうんざりしていると、すぐ後ろから人が來る音が聞こえてきた。

誰か遅れて來たかと微笑みながら振り返り、そのきは止まった。

「あら、一この集まりは何かしら？　わたくしは何も聞いていなくてよ？」

咎めるような口調に、エリーゼはその口が驚きで開いたまま固まる。

もちろん招待されている客も、エリーゼ同様に目を見開いていた。

突然現れた人に、誰もが沈黙することしか出來ない。

「みなさまごきげんよう。楽しそうな聲に釣られて、お邪魔してしまったわ。でも、一今日は何の集まりなのかしら？　わたくしに報告は一切來ておりませんでしてよ」

輝く金の髪はしく整えられ、その明のある引き込まれるような青い瞳が全員を見渡す。

目が合うと、お茶會に招かれている男が全員ほうっと見惚れ、神を崇拝するかのようにけた。

堂々としたその出で立ちとしい所作は、皇族にだって引けを取らず、何よりその貌は社界ではお目にかかったことがなかった。

なくとも、これほどの貌を持っていれば、噂にならない筈がない。

一誰だと騒然とする中で、すぐに全員が目にとめたのは、その人が纏うドレスの。

白から始まる上は段々とそのを濃くし、ついには深紅の合いに到達する。

上品でありながら存在のあるその裝と、首元と耳元で輝く最高級のルビー。

ここまで完璧な存在に、まさかという思いが全員の脳裏を過(よぎ)る。

「ねぇ、エリーゼさん――……でよろしかったかしら？　わたくしが嫁いできてから使用人の娘であるあなたから、あいさつを一度もけたことがないのに、一今日はどういったことなのかしら。誰の許可を得て、このような事をされているの？」

座っているエリーゼに対し、の神は背筋を正し見下ろしている。

まるで、それがお互いの立場であるかのような立ち位置だ。

エリーゼは未だにその存在の塊の放つ威圧に抑え込まれているかのように、き出すことも出來ず、呆然と見上げていた。

「ところで、わたくしの席はありませんの？」

はっとしたかのように上座に座っている侯爵令嬢が素早くく。

「こ、こちらへ……」

「まあ、ありがとう」

それが當然と言うように優雅に、席に著く。

本來ならば、招かれない客であろうと対処するのはホストの務め。

しかし、エリーゼはそのしく著飾ったまさに貴婦人を目で追いかけることしか出來なかった。

それに比べ、侯爵令嬢はさすがとでも言うべきだ。

相手が誰かはっきりと確信が持てなくても、自分よりは上位の存在であるとすぐに見抜いてき出した。

「ああ、でもあなたの席を奪って申し訳ないわね。エリーゼさんは気の利かない事。そう思いません？」

「わたくしの事は、お気になさらずに……申し遅れましたが、わたくしアンドレット侯爵家のミシェルと申します」

「あら、ミシェルさんとおっしゃるの？　気の利く方はとても好きよ。年も同じくらいですし、ぜひ仲良くしてくださいね」

その挨拶は、ともすれば傲慢にも思えるが、それが許される相手。

「もしかしたらご存じかも知れませんが、わたくしはリーシャ・リンドベルドでしてよ。皆様どうぞ、よろしく」

しく微笑む彼に、誰もが息をのみ、なからず悲鳴がれた。

そして獲を狙いを定めるかのように、エリーゼに鋭い視線を向けたことを全員が気付いたのだった。

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