《【書籍化・コミカライズ】三食晝寢付き生活を約束してください、公爵様》26.純な新妻
いつもより、し長い(1000文字くらい)
風が気持ちいいわ……。
庭園の東屋でお茶を飲みつつぼんやりする。
昨日はいろいろありすぎて、ちょっと疲れていた。
今日くらいは何もしなくても、きっと誰も何も言わない! だって、誰が見たって家族とは決別して、落ち込んでいる――そう見えるはずだから。
実家の三人は、結局馬車に押し込まれても、現実をけ止めきれなかったようで、はじめは馬車の中から者や護衛――というか見張りの騎士たちを罵倒していたけど、最終的にはお互い同士で罵り合っていたと戻ってきた人たちに聞いた。
なんか、すみません。嫌な仕事を押し付けて。旦那様に言って特別手當出してもらうからね。
そんなわけで、本日は休養という名のさぼりを実施して、久しぶりすぎる墮落を満喫していた。
というか、なぜか結婚してからどんどん忙しくなっているなと改めて考える。
むしろ、結婚當初の方が暇なぐらいだった。
公爵夫人として扱われていなかったけど、あれはあれで楽しかったし、満足していた。
「どうしてこんな風になっちゃったんだろう……」
生きているのだから、日々変化していく営み。
そして、人との関わり。
今がいやというわけじゃない。
ラグナートと二人だった時に比べれば、今の方が斷然いいとは思ってる。
おいしいごはんを食べて、おしゃべりできる友達ができて、一番の驚きは結婚して夫ができた。
果たして、わたしが旦那様を男として見ているか、という問題はひとまず置いておくとして、わたしは現在一番頭を悩ませる事柄に、盛大にため息を吐いた。
「ミシェル、リーシャ様は先ほどから一どうしたのでしょうね?」
「さぁ? でもまるでする乙みたいにぼんやりしてますから、きっとクロード様関連で悩んでいるんだと思いますよ?」
……いつからいたのよ、二人とも。
こそこそ話しているなら、せめてもっと距離を取りなさいよ。
丸聞こえですけど?
「あ、リーシャ様がやっと僕たちに気づきましたね」
「あら、もうし偵ごっこを楽しみたかったですわ」
なんですかね、その偵ごっことは。
生垣に隠れているのかいないのか、判斷に苦しむ微妙な場所にいる時點で、隠れる気ゼロと言ったところ。
むしろ、わざと見える様に隠れていたと言った方が正しいか。
無視して、何事もなかったようにしようかと考えていると、ミシェルがわざとらしくロザリモンド嬢に話し出す。
「なんでも、クロード様がリーシャ様に何かお願い事されて、それがけれられたとか! クロード様、すっごいご機嫌そうに執務室にっていきましたよ」
「そのお願い事とは何かしら?」
「さぁ? そこは分かりませんけど、きっとご夫婦でするようなことではないかと」
「まあ! それはクロード様もお喜びに――」
「いい加減にして、こっちに來たらいかがでしょうか? 二人とも!」
黙っていたら、どんどん過激な妄想をよびそうで、わたしは無視することをあきらめて睨む。
「ミシェル! ロザリモンド嬢を悪の道に引きずりこまないで! 由緒正しい領主一家のご令嬢なんだからね!」
「え、それひどい差別ですよ。僕だって、由緒正しい侯爵家令嬢だったのに」
「ロザリモンド嬢も、ミシェルに近づきすぎると悪影響ですので、距離をとって接してください」
「問題ありませんわ、ミシェルといると新しい知識を教えていただけますもの」
その新しい知識が問題だって言ってるんだけど、分かってくれてるのかな? いや、分かっていないな、きっと。
「ロザリモンド様に教えてほしいと言われて教えてるだけなのに、どうして僕だけ悪役なんでしょうね?」
普段の行いをぜひ考えてほしい。
「それで、リーシャ様は一クロード様に何を言われたんですか? ぜひ相談に乗りたいなぁ」
「相談に乗りたいんじゃなくて、煽りたいの間違いじゃない? わたしは昨日家族と決別して落ち込んでいるので、一人にしてください」
「リーシャ様、そういう顔には見えませんでしたよ。あえて言うなら、乙の思案顔」
「どんな顔よ、それ」
「する顔ってところでしょうか? ついに自覚でもしましたか?」
にこにこではなくニヤニヤと笑うミシェルにちょっと苛立った。
何もなかったといっても無駄ですよ、と言われているようだ。
「ロザリモンド嬢、お茶いかがですか?」
「いただきますわ……ああ、でもわたくしが注いでもよろしいでしょうか?」
「構いませんけど……」
「最近、し侍のお仕事を學んでいるんです。いつ必要になるかわかりませんから、この間のように」
「あの、あれは特殊事例といいますか……令嬢が學ぶべき知識ではないと言いますか……」
本人がやりたいというならば、止めはしないが、その技能……學んでいかせる機會があるのか謎だ。
「なんだ、今日はにぎやかだな」
背後から聞こえてきた聲に、一瞬肩が揺れた。
落ち著けと心の中で唱え、ふと正面にいるミシェルと目が合うと、ニマニマと気持ち悪い笑みが向けられた。
いつかミシェルが結婚するとき、絶対相手にミシェルの悪行を吹き込みまくると心に決めながら、空いている席に座る旦那様に顔を向けた。
今日はなぜか千客萬來。
人に會いたくないときに限って人が集まってくる。
しかも、今一番會いたくない人がやってきた。
「クロード様もいかがですか?」
「実験臺か」
ロザリモンド嬢が旦那様にお茶を注ぐと、何も言わずにそれを飲む。
「こんなものか」
「練習中ですもの。もっとうまくなって、次回は完璧な侍になって見せますわ」
目指すところはそこじゃない。
「ところで、何か用ですか?」
旦那様の視線をじ、また何か企んでいるのかと胡な眼差しになった。
「いや? あると言えばあるが、ないといえばない」
「どちらですか?」
「やだなぁ、リーシャ様と一緒にいたいってことですよ! ところでクロード様、昨日リーシャ様に何を頼んだんですか? リーシャ様は教えてくれそうもなくて」
心底楽しそうに尋ねるミシェルに、わたしは絶対に言うなと眼力を込めて旦那様を圧力を加えた。
旦那様はわたしの圧力に気づきながらも、素知らぬふりで肩をすくめた。
「別に、名前で呼んでくれと言っただけだ」
その瞬間。
シンと靜まり返るミシェルと口をまあ、と固定させたロザリモンド嬢。
「……えっと……、それだけ?」
「それだけだが、何か問題か?」
「え? ちょっと本當に?」
「ミシェル、何が言いたいの?」
困しているのか、ミシェルの微妙な反応にわたしがじろりと睨む。
「え、だって――、リーシャ様の様子からもっとこうすごい事要求されたのかと思って……っていうか! なんで名前? 名前呼んだことなかったんでしたっけ? うわー!! なんか、こっちがすごい恥ずかしくなってくる!! なんですか、その付き合いたての人みたいな會話は! 名前呼んでほしいって、どこの新婚ですか!? いやお二人は新婚ですけど!」
「初々しくてよろしいじゃないですか、新婚ですし」
「えぇ! 本當に、素晴らしくむずい! なんていうか、名前呼びに対して悶々と恥ずかしがってるとか、リーシャ様純すぎじゃないですか?」
見てるこっちが恥ずかしい! とかミシェルが騒いでいるけど、わたしだって恥ずかしい。
そもそも、普通名前って、そんなに気軽に呼べるものじゃないし!
「ミシェル、もうやめておけ。リーシャが本気で怒りだすぞ」
「だってクロード様、リーシャ様可すぎ――……」
ぷくくくって肩を震わせて笑うミシェルに、わたしは手にもつ扇を投げつけた。
「おわっ、ひどいなぁリーシャ様」
飛んできた扇を軽々と手にとり、もてあそぶように振り回す。
「べ、別に名前くらいで恥ずかしがったりしないし! 旦那様の名前くらい気軽に簡単に呼べますし!」
「え、じゃあ呼んでみてください。ぜひ、平然と普通に友人を呼ぶように――いや、夫を気軽に呼ぶようにでしょうか?」
旦那様はミシェルにやめるように言っておきながら、どこか期待をもった様子でわたしを見てる。
ロザリモンド嬢もわたしの反応を眺めて、ミシェルは完全に楽しんでいた。
「名前呼ぶ用事ないですし」
「用がなければ、名前を呼んじゃいけない決まりないですけど?」
ほら、早く! 聞きたいなぁってミシェルの目が輝いている。
ここで言わなければ、この先ずっとミシェルの微妙に生ぬるい視線が続いていく。それを阻止できるなら、名前くらい言える。
そんなに聞きたいのなら、言ってあげましょう! そうですとも、別に名前呼ぶくらいどうってことないし!
そうだ、別に特別なことするわけじゃない。
わたしは背筋を正し、すまし顔で恥ずかしくもなんともないですからね! と心の中でつぶやきながら、旦那様の名前を口にした。
「クロード様」
風の音すら聞こえない靜寂がその瞬間訪れた。
旦那様が口元を手で覆いそっぽを向き、ミシェルに至っては両手で顔を覆っている。
その反応に、逆にわたしが恥ずかしくなった。
どうして誰も何も言わないのよ! ミシェル、こういう時こそ出番でしょうよ!!
「……僕は……甘く見てました」
重々しくミシェルが言う。
「人の甘酸っぱい路は大好きですけど、目の前でやられるとの置き場がないって初めて知りました。なんてことのないような態度で、頬を染めて相手の名前を言うって、どう思います?」
ミシェルは馬鹿にするような楽し気に弾む聲ではなく、真面目にそう言った。
真面目に返されると、どう返していいのかわからなくなる。
「言い慣れれば、大丈夫だろう?」
旦那様、肩が震えていますけど? 我慢せずに笑ってください。むしろその方がいいですから!
「かわいらしくてよろしいと思いますよ」
三人の中で、ロザリモンド嬢が一番マシな想をくれたけど、めにはならなかった。
しばらくは名前でなんか呼ばない!
そう誓って、ふんと顔を背けた。
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