《【書籍化・コミカライズ】三食晝寢付き生活を約束してください、公爵様》1.唐突な帰宅

「靜かだわー」

わたしはのんびりと部屋のテラスでお茶を飲んでいた。

なんとも素晴らしいことだ。

いつもなら、どこからか嗅ぎ付けてくる旦那様がひと時の安らぎを邪魔していたのだから。

それが昨日突然、城に行くと言って本日朝に出かけて行った。簡潔に事を説明されると、なるほどと納得。

なんでも、皇太子殿下が予定を早めて遊學から帰ってきたらしい。

も兼ねてのものだったので、予定を変更しても問題ないのかし心配になったが、それ以上に重大な案件が舞い込んだとのことだ。

その案件と言うのが皇族とリンドベルド公爵家との間に起こった數か月前の諍い。

それ、もう終わったことじゃない? と思ったのはわたしだけで、実はリンドベルド公爵家側は納得できていなかったようだ。

リンドベルド公爵家はこの國を守る剣であり盾である。

近年、戦爭が起こっていないせいで、リンドベルド公爵家を怒らせればどうなるのかしっかり思い出させなくては、と旦那様は言っていた。

ことは國の幹――いや、存続問題? にもつながると聞いた時には、まさか大げさなとか思ったけど、大げさでもなんでもなかった。

裏に、いろいろ旦那様は皇室に対し嫌がらせをしていたらしく、皇太子殿下の耳にもったと。

むしろ、自分で知らせたのかもしれない。

その辺のことはわたしは分からないけど、とにかく皇太子殿下直々にお呼び出しをいただいたことによって、旦那様はしばらく邸宅にはいないのだ。

三日くらいとは言っていたけど、この三日の安寧は素晴らしい! ああ、どうせなら十日位いなくてもいいのに!

と、思っていた時期もわたしにはありました……。

ことの起こりは、旦那様がお出かけになって半日後。

駆け込むようにやってきたのは、ラグナートと侍三人組だった。

「リーシャ様! すぐにお召替えをお願いします!」

部屋の中にいたのは、わたしの他にミシェルとロザリモンド嬢。

そろって、お互いの顔を見た。

「何があったの?」

「だ、旦那様が……」

「あれ? クロード様出かけてるんじゃなかった?」

「ですねぇ。わたくしもそのようにお伺いしていますわ」

ミシェルとロザリモンド嬢が不思議そうにする。

すると、侍たちの後ろからやってきたラグナートが穏やかに微笑む。

あ、これ何か嫌な予

「リーシャ様、いまはとにかく急いでください。大旦那様がお見えになります」

ラグナートはまるで慌てた様子もなく、わたしを促した。

しかし、わたしは一瞬何を言われたのかぽかんとして、その隙にリルがミシェルに退室するように指示を出していた。

ミシェルは、すぐに理解したようできびきびとき出し、ロザリモンド嬢はなるほどと頷く。

なんか二人とも適応能力早くない?

「――大旦那様?」

「さようでございます」

「えーと、大旦那様というと……」

「現公爵はクロード様ですから先代の公爵様であらせられる、クロード様のお父様……ということですわね。公爵位を退いた後、どこで何をしているのか存じ上げませんが、ご存命な事くらいは知っています」

いや、そりゃあ死んでたら葬式くらいはするだろうし、國民にも知れ渡るだろうね。なにせ、大貴族の前當主様なんだから。

「つまり、クロード様のお父様――先代公爵のアンドレ様がお戻りになると言うことですか?」

「その通りでございます」

ええ、戻ってくるなら事前に連絡してよ! どうして今なの? 旦那様がいないんですけど、わたし一人で対応しろと!? だって初対面だし、そもそも結婚したって知ってるのかな?

「さすがに、クロード様がご結婚していることはご存じなはずです。先ほど到著した使者のお方の話では、結婚祝いを持ってきた――ということらしいので」

胡散臭い。ものすごく。

もしかしたら、息子が勝手に結婚したことに対してケチでもつけに來たんじゃなかろうか。

親にあいさつもなしの嫁って、どう思われるんだろうか。一般的に。

歓迎できるような相手ならともかく、かなり微妙な家柄の人間だと……まず反対一直線。間違いない。

「ちなみに、今どの辺に?」

「すでに皇都にはっていらっしゃるとのことです」

「……旦那様には?」

「知らせを出してはおりますが、戻ってくるかは……」

なんとも意味深な反応に、もしやと思ってわたしが尋ねる。

「……もしかして知っていた、とか?」

「どうでしょうか? クロード様がご存じだったかどうかは、分かりかねます」

謀ったかのような、旦那様が數日留守にするこのタイミング。

これで疑うなというのが無理だ。

ただ、ラグナートもどうやら大旦那様――つまり旦那様のお父様が戻ってこられることは知らなかったようで、しだけ安堵する。

それに、最近の旦那様ならばきっとこんなことはしない――はずだ。うん、きっとそうだ。

「わたくしし思うのですが、クロード様が知っていたというよりも、クロード様の不在を狙ってアンドレ様がいらっしゃったのではないかと。アンドレ様はクロード様に會うことを避けていらっしゃいますので」

あ、そっちの可能もあったのか。

わたしはアンドレ様に會ったことないので、どういう人かわからないけど、どうやら息子と父との間でなにやらいろいろあるらしいことは知っている。

だからこそ、息子に會いたくない、という理由もなんとなく理解できた。

そして、息子がいないタイミングでやってくることの意味はわたしでも分かる。つまり、わたしに會いに來たのだ。

ただし、そこでなぜわたしに會いに來るのかは謎だけど。

わたし、嫌いな息子の嫁ですけど? 息子に思うところがあるから嫁いびりにでもきたのだろうか……。

いやだ、考えたくない。

「第一印象は大事よね……」

人は見た目じゃないとは言うけど、そんなのお互いよく知ってるから言えること。

大概の人間は、その人の見た目から第一印象を決めるのだ。

「派手すぎず、地味すぎず……難しいわ」

「わたくしがお手伝いいたします。小父様の好みは十分知っていますので」

おお、それは心強い。

というか、すっかり侍業にハマっていませんか、ロザリモンド嬢。楽しそうですよ?

「それでは私は出迎えの準備に參りますので、ご準備できましたら玄関ホールまでお越しください」

ラグナートは踵を返し部屋を出て行く。

総括執事として出迎えの準備は大変だろう。彼はもともとリンドベルド公爵家の人間じゃないのだから、旦那様のお父様とは初対面。

手抜かりなく準備して総括執事としての価値を認めさせなければならい。

今の主が旦那様でも、アンドレ様は前當主。

気にられたほうがいいのは當然だ。

「ところで、アンドレ様はどんな方? わたし會ったことないから噂でしか知らないんだけど」

「普通です。一般的には優秀ですが、リンドベルド公爵家を率いるには平凡すぎた――というのが大小父様の言ですわ。加えて、好きというのも一層駄目な要素ですが、人としては良い方だとは思います」

そう答えたのはロザリモンド嬢。

は、この邸宅の中で最もアンドレ様のそば近くで相手を見てきた人だ。おそらく、その通りの人なのだろう。

客観的に見て、ロザリモンド嬢は親戚だしそこそこ親しくあってもおかしくないけど、嫁の立場はどうなのかな。

「そうそう、好きですからきっとリーシャ様の事もお気に召すと思いますよ。人ですから」

めの言葉だと思うけど、なぜか一層憂鬱になった。

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