《【書籍化・コミカライズ】三食晝寢付き生活を約束してください、公爵様》13.変化する事柄
響き渡る遠吠えは、何が意味があるのか分からない。
しかし、きっと何か意味があるのだと思う。
レーツェルは一仕事終えた様子で、わたしの隣で座っている。
ありがとうと謝の気持ちを込めて頭をなでると、嬉しそうに目を細めた。
「これでいいんでしょうか? というか、レーツェルが“長”なのかと思ってしまいますが」
「あくまでも、おそらくだ」
「旦那様は、どうしてリヒトが“長”だと思ったんですか? 絶対そう見えませんけど」
これはおそらくわたしだけじゃなく、全員が思っていそうだ。
「レーツェルの行が……、なんとなく保護者というじだけじゃない、気がしただけだ」
旦那様もはっきりと確信を持っているわけではなく、あくまでも勘のようなものらしい。
「さて――」
「あっ!」
旦那様が突然自分の纏っていた防寒用のマントをわたしの頭からかぶせた。
「人が集まってきた。とりあえず……、私が勝手に國境を越えたのはまずいので、ぜひローデシー侯爵に言い訳を考えていただこう」
できるだけ顔を見せるなと、旦那様に言われ、マントのフードを目深くかぶる。
「父上――……、戻ったら覚悟してください」
「え、このままこの國に、居座ろうかと……」
「そうですか、では今後の支援金も必要ないということでいいですね? 國外逃亡した犯罪者に渡す金はないもので」
容赦ないな、旦那様……。
まあ、それだけ今回の事は腹に據えかねているってことだろう。
「あの、公式訪問の件はどうなりました?」
この後數日後には公式訪問が控えているのに、その夫婦はすでにやってきているというのは、結構まずいのではなかろうか。
しかし、旦那様はなんてことないようにわたしに言った。
「ああ、無くなった」
「……はい?」
「皇太子殿下に、正式(・・)に斷りをれて、今後は皇室の一員として外に赴くことはしないと、はっきり伝えてきた」
それは許されることなのかな? ただの嫌がらせ?
「それは、なかなか思い切ったことを言ったね、クロード」
アンドレ様が笑って言った。
旦那様はアンドレ様を睨みつけた。
「あなたが頼んだ事はすでに分かっています。私を足止めするようにと」
「まあ、普通にわかるよね。でも、こうでもしないとクロードは絶対私に合わせようとしなかっただろう?」
「否定はしません」
否定しないんだ……。
もし、アンドレ様が強引な手法を取らなかったら、わたしが直接アンドレ様に會うことはなかったということだ。
「何を警戒しているのか分からないけど、さすがに息子の嫁に手を出すような事はしないよ。それぐらいの常識は弁えているつもりだ」
むしろ、そんな常識がなければ、手を出していたのか、と突っ込みたくなった。
年相當離れているんだけど……。
アンドレ様の許容範囲は広いようだ。
まあ、好きな人は若い人の方が好きな事が多いと聞くけど。
「私が言うのもあれだけど、親子喧嘩は國に戻ってからにしてくれないか? 人が集まってきてるから」
ローデシー侯爵の言葉通り、先ほどのレーツェルの遠吠えを聞いた人が集まってきていた。
何事かと。
「おっと、兄上もお越しだ。クロードは面識あったよね?」
「ありますね。ですので、ぜひ頑張って誤魔化してください」
「いい格、してるね……」
ローデシー侯爵は斷ることをしなかった。
非公式だが、一応リンドベルド公爵家が後ろ盾になってくれたと考えているようだ。
他國の人間に頼るのはまためそうな案件だけど、彼は後ろ盾が弱いので、これは好機でもあった。
ヴァンクーリが自分の味方ならば、國王の座も夢ではない。
この先、の契約以外での関わり方を模索しなければならないが、もともと危機はあったようだ。
昔に比べると、ヴァンクーリが言うことを聞かないことを教えられていた。
ゆえに、いつかはヴァンクーリがこの國を去る恐れがあるとは考えていたようだ。
それが急激に変化するとは思っていなかったが。
ただ、今回の件はこの國にとって様々な事を考えさせる良い機會になったと思う。
変わらない日常はないのだ。
いつか、古いものは淘汰され、新しいものが臺頭してくる。
それはわたしも同じだ。
古い日常は、旦那様によって壊され、新しい日常がはじまって、様々な人と出會い、々考えが変わった。
「ところで、旦那様。どうして無理に國境を越えてきたんですか? 斷らなければ、數日後にはこちらに來ていたのに」
「妻が拐されて黙っている夫はどう思う?」
質問に質問で返され、わたしは納得した。
一応、拐ではないけど、旦那様からしてみれば、拐にるようだ。
アンドレ様はこの後一緒に皇國に帰ることになっている。
というか、強制連行するそうだ。
「帰りはどうするんですか?」
「ゆっくり帰るさ。もちろん馬車でな。レーツェルは乗り心地は悪くないが、上下左右のきはさすがにきつかった」
「旦那様でも、きつくじる事あるんですね?」
なんでも軽々とこなしているので、そうは見えない。
しかし、本人からきついという単語が出るあたり、本當にきついようだ。
「ちなみに、本気で旦那様が使った道は使えそうなんですか?」
実は結構気になっていた。
一部は斷崖絶壁のようなところがあるはずだ。
標高も高く、普通に落ちたら死ぬ。
「命がけならいけるだろうな」
「……旦那様は自分が國にとって重要人だって自覚ありますか? 旦那様がいなくなったら、どうするんですか!?」
わたしの憤慨に、旦那様が意外そうな顔をした。
「なんですか?」
まるでわたしの話を聞いていないような旦那様に、わたしがむすっとしていると、突然小さく噴き出した。
「すまない……、まさかリーシャから心配される日がくるとは思っていなくて」
「……はい?」
「いつも近寄ると骨に嫌な顔をしてくるから、実は最近本気で嫌われているんじゃないかと思いかけていた。まあ、前回の件でそれは違うと分かったが」
前回の件とは、おそらくわたしの実家にまつわるあれこれの時。
名前呼びを強要されたときの話。
「素直になれないのは、私のせいもあるだろうから、もうしばらく待とうと思ったが、意外とリーシャは私を気にかけてくれていたようだ。気持ち的に、しは私に向いていると分かってうれしいよ、素直に」
旦那様がやわらかく笑う。
そんな顔を見たのは初めてで、わたしは固まった。
そして、即座に顔をフードで隠す。
「ところでリーシャ、名前はどうなった?」
「それ、こだわりますね旦那様――いえ、クロード様」
なんとなくいつもの雰囲気に戻り、わたしは肩の力が抜ける。
遠くでは、ヴァンクーリの群れがしずつ集まりだしていた。
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