《真実のを見つけたと言われて婚約破棄されたので、復縁を迫られても今さらもう遅いです!【書籍化・コミカライズ連載中】》28話 薔薇のティータイム
旅の埃を落とすために湯あみしたマリアベルは、侍たちによって念りに磨き上げられた。
そろそろティータイムは終わりだろうかという時間になってやっと、マリアベルはフィデロ伯爵夫人テレーゼの待つ薔薇園へと向かった。
正午ではないとはいえ、帝國の日差しはまだ強い。
日差しにが焼けないようにと、侍がマリアベルに日傘を差してくれている。
その日傘には、贅沢なことにフィデロ産の青絹が張ってあり、の反で青く輝いていてとてもしい。
それだけでも涼やかな気分になるようだった。
フィデロ伯爵家の薔薇園は、それは見事なものだった。
マリアベルの記憶の中で一番しいと思っているのはレナートに求婚されたあの小さな薔薇園であるが、その次にしいかもしれないと思う。
直轄地の、赤なら赤、白なら白といった単の薔薇しか咲いていなかった薔薇園とは違って、フィデロ伯爵家の薔薇は白からピンクに変わる合いの薔薇が多く見られた。
王國ではあまり見ない品種なので、マリアベルは珍し気に薔薇を眺めながら歩いた。
薔薇園の中央には、白い屋の四阿(あずまや)がある。
テレーゼはそこでマリアベルを待っていた。
「テレーゼ伯母様、お招きありがとうございます。お待たせして申し訳ございません」
「いいのよ。の支度に時間がかかるのは當然だもの。さあ座ってちょうだい」
マリアベルが席に座ると、メイドたちがお茶を用意する。
薄くづいたお茶には赤い薔薇の花びらが浮いていた。
「どうぞ召し上がれ」
そう言ってテレーゼが先にローズティーを飲む。
こくりとがいたのを見て、マリアベルもカップを持ち上げた。
そっと口に運ぶと、ほんのりと薔薇の香りが鼻先をくすぐる。
ローズティーはどうしてもハーブ特有の渋味が舌に殘るが、マリアベルの飲んだお茶は、渋みもなくほんのりと甘かった。
「とってもおいしいです。このお茶にはお砂糖か蜂がっているのでしょうか」
「いいえ。最近開発された新種の薔薇を使ったお茶なのよ。甘さがちょうどいいと思わなくて?」
「私もそう思います」
帝國でまた一つ好きなものが増えたと、マリアベルは嬉しくなった。
最近ではかなり表を顔に出せるようになってきたので、マリアベルの口元が笑みの形になっている。
「次はこちらをどうぞ」
そう言って出されたのは、薔薇の花びらの浮かぶゼリーだった。
ガラスのの中に明なゼリーがっていて、その中にピンクの薔薇の花びらが何枚か浮かんでいる。
「可いでしょう? 食べてもおいしいのよ」
テレーゼに勧められてマリアベルがスプーンですくって食べてみると、口の中に桃の味が広がった。
花びらになっていたのは、桃のリキュールのゼリーだった。
果実の繊維りのリキュールを使っているらしく、アルコール度數はそれほど高くはない。
「こんなにおいしいお菓子は初めて食べました」
マリアベルが素直に想を言うと、テレーゼはガラスののふちを指でなぞる。
「王國では焼き菓子が多いのでしょう?」
「ええ。薔薇の形のマドレーヌもあります」
「それは一度、食べてみたいわ」
「機會があればぜひ王國にいらしてください」
「そうね、いつか行ってみたいわ」
マリアベルは王國に思いを馳せる。
白い壁で囲まれた王宮は、白亜の城と呼ばれていた。
きらびやかでありながら繊細でしい城は、きっと今頃は新緑の季節を過ぎる頃だ。
妃教育で通った王宮の長い廊下から見える木々も、新しい枝を天にばしているのだろうか。
そういえば、まだ婚約したばかりの頃に、エドワードが中庭の木に登ろうとして侍従に怒られていたことがある。
廊下を歩いていたマリアベルに見られたのに気がつくと、肩をすくめていたずらっぽそうに笑っていた。
……楽しい日々もあったのだ。
すべてが辛く、苦しい日ばかりではなかった。
大切に思う気持ちはではなかったけれど、それでも互いに思い合っていた。
その思い出は、こうして離れ離れになっても決して消えたりはしない。
懐かしく思いながらも、マリアベルはその頃の記憶が思い出になりつつあるのをじていた。
そこへ「にゃあ」と小さな鳴き聲が聞こえた。
どこから聞こえてきたのだろうと見回すと、薄いオレンジがかったで赤褐の縞模様を持つ小さな貓が、マリアベルのドレスの裾に足をかけている。
「貓……?」
「メルティ、ダメよ、こっちにいらっしゃい」
「にゃ~ん」
テレーゼは慌ててメイドたちに貓を捕まえるように指示を出すが、子貓は遊んでもらっていると思ったのか、メイドたちの手を潛り抜けて跳ねている。
「ごめんなさい、マリアベルさん。この子はまだ子供でヤンチャ盛りなの」
「貓を飼っていらっしゃるんですね」
「ええ、ネズミを捕ってもらうために何匹か飼っているのよ。本の天敵ですからね」
なかなか捕まらない子貓に、テレーゼも一緒になって追いかける。
「にゃあっ」
ついに捕まりかけたその時、子貓は大きくジャンプしてマリアベルの膝に飛び乗った。
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