新作です。今作もどうぞよろしくお願いいたします。

秋の到來を予させる寒いある日。

ハグル伯爵の邸宅、離れに広がる庭園にて。

「今夜はご馳走だわ」

両手いっぱいの雑草に、アメリアは目を輝かせた。

細い、というよりも全的に痩せこけた軀。

手先は傷だらけでも全的に燻（くす）んでいる。

背中までびた赤混じりの髪は後ろで括っているが、これも先がちれじれだ。

極端に栄養を摂らずに寢不足続きだとこうなる、を現しているような──それが、アメリア・ハグルだった。

全的にボロボロなアメリアだが、その瞳にはがあった。

「うふふ……今夜はどんな獻立にしようかな」

シャンポポにヨモキ、フキトウにハコペ。

普通なら気にも留めない雑草たちも、アメリアにとっては貴重な栄養源だ。

シャンポポやヨモキはサラダにできるし、フキトウは煮、ハコぺはおひたしにできる。

一日一回、侍が屆けてくれる貧相な食事と併せれば、三日は持つだろう。

を言えばや魚とかも手にると良いのだが、許可なく離れの外へ移することは固くじられている。

ごくごくたまにメニューに加えられる、魚の骨や筋まみれの焼きを思い出して、アメリアはお腹を鳴らす。

「すっかり遅くなってしまったわね」

お晝過ぎから食料採取にを出して、もう夕暮れ時だ。

西の空はすっかりオレンジに染まっている。

涼やかな秋風が、アメリアの燻（くす）んだ赤を揺らす。

土の匂いに混じって花の匂いが漂ってきて、アメリアは再びお腹を鳴らした。

「でも、あとし」

食料はもう充分。

あとは解毒薬を調合するための薬草類を採ろう。

ちょうど、ストックを切らしているのだ。

花や雑草はもう何年も採取し、あらかた食べられるもの、食べられないものがわかるようになった。

しかしごくたまに、見たこともない植が生えることがある。

邸宅の外から風に乗ってきた種子が、新たな草（しょくりょう）を咲かすのだ。

ロクな食事を與えられずいつもお腹を空かせているアメリアにとっては僥倖（ぎょうこう）極まり無いことだが、危険もある。

（雑）草食歴も長くなると、あらかた見かけや匂いで危険かどうかわかるものだが、絶対に失敗しないという保証はない。

そうなった時には一大事だ。

痺れや眩暈、発熱ならまだいい方。

下手したら命に関わる場合もある。

本邸へ勝手に赴くのはじられているし、離れには基本アメリア一人しかいない。

なので、庭に生えている雑草を調合してこしらえた解毒剤でどうにかするしかないのだ。

（エリンや義母さまにとっては、その辺でのたれ死んでくれた方がいいのかもしれないけど……）

きっと、そうに違いない。

アメリアは苦笑いした。

「よし、こんなものかな」

木の枝で編んだ自前のバスケットいっぱいに雑草と薬草をれて、アメリアは満足げに頷く。

ヒョロヒョロな掌も全的にり切れたドレスも泥だらけだが、今更どうってことない。

當分、空腹には困らなさそうだ。

の中はスキップしたい気持ちでいっぱいだがそんな力もない。

かわりに、口角だけし持ち上げて離れ家屋に帰ろうとした時──。

「また泥んこと遊んでいるのですか、お姉様？」

その聲に、肩が跳ねた。

口角が滝の速さで下がる。

「……エリン」

振り向くと、蝶よ花よと言うにふさわしい、可憐なが立っていた。

彫刻のように整った顔立ちに、き通るような翡翠の瞳。

腰までばした金髪は絹のようにしく、に纏うドレスは一眼で一級品だとわかる上等な。

姉妹なのにここまで容貌に差が出るものかと、アメリアは改めて思う。

アメリアの腹違いの妹──エリンは、アメリアの持つバスケットを見た途端、ニヤリと口元を歪めた。

「あら、ごめんなさい」

「あっ……」

バスケットが、白い手によって叩かれた。

変な音を立ててバスケットの中が地面にぶち撒けられる。

食料、薬草ときっちり分けていたが、ごっちゃ混ぜになってしまった。

「失禮、手がってしまいましたわ」

クスクスと意地悪く笑うエリン。

アメリアは心の中だけでため息をついた。

バスケットに雑草を戻そうと、跪く。

その瞬間、視界の上から白い腳が振り下ろされグシャッと音を立てた。

「失禮失禮、足もってしまいましたわ」

清潔な白いソックスとストラップシューズに包まれた付きの良い腳が、長い時間かけて採取した雑草（わたしのごはん）を踏み躙る。

すり潰され、もう食べられたものではない。

アメリアはを噛み締める。

反抗することは簡単だ。

だが、アメリアの置かれている立場がそれを許さない。

（いつものこと……いつものこと……）

そう自分に言い聞かせ、アメリアは立ち上がり口を開いた。

「……用件は、なんでしょうか」

エリンの表が止まる。

期待していた反応じゃなかったことが、不服らしい。

その鬱憤を晴らすかのように、エリンは地面に転がるバスケットすら踏み潰した。

バキッと小さくない音が響いて、アメリアは思わずを引いた。

手作りで大した補強もしていないバスケットは、いとも簡単に壊れてしまった。

今度は悪びれすらなかった。

拳を小さく震わせるアメリアを満足げに一瞥した後、エリンは吐き捨てるように言った。

「お父様がお呼びです。さっさと本邸に行ってくださいまし」

（お父様が……？）

アメリアは嫌な予を覚えた。

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