《【書籍化・コミカライズ】誰にもされなかった醜穢令嬢が幸せになるまで〜嫁ぎ先は暴公爵と聞いていたのですが、実は優しく誠実なお方で気がつくと溺されていました〜【二章完】》第6話 公爵様の事
「出迎えが遅れてしまったが、許せ。今日中に処理しなければならない書類仕事が多くてな」
心地よい低音ボイスを響かせる丈夫──ローガンに、アメリアは息を呑んだ。
スッと通った鼻筋に、不機嫌そうに結ばれたくちびる。
の平均より低めのアメリアよりも、頭ふたつ分は高い背丈。
ぱっと見は細めの格だが、その佇まいと隨所の服の盛り上がりから引き締まっていることがわかる。
寶石のように煌めくシルバーカラーの髪は長めに切り揃えられており、るとふわふわしてそうだ。
そして何よりも目を引くのは、アメリアを見下ろすブルーの瞳。
しさの奧に鋭い刃のような鋭利さをじさせ、目を合わせただけで背筋が凍り付いてしまいそうだ。
これが、暴公爵と呼ばれる所以のひとつだろう。
アメリアはけなくなっていた。
しかしそれは彼の瞳のせいではない。
引きこもりの一人生活が長いアメリアにとって、形すぎる男を目の前にするというのは刺激が強すぎる狀況だったのだ。
「……何をボーッとしているのだ?」
「あ、すっ、すみませんっ……」
怪訝そうに眉を顰めるローガンの前に慌てて膝を折る。
「アメリア・ハグルでございます」
そう告げて、淑の禮をするアメリア。
“將來、絶対に役に立つ時が來るわ”と、母に教わったマナーである。
アメリアのその作に、ローガンは一層眉を顰めてから言う。
「堅苦しい挨拶はそのくらいにして、まずは此度の婚約について話をしたい」
「あ、はい……」
席に著くローガンに促され、アメリアもソファに座り直す。
らかい場所に座るのはいつぶりだろうか。
「紅茶か、コーヒーか、どちらがいい?」
「あ、えっと……お手間がかからない方でお願いします」
「君の好みを聞いている」
「でしたら……紅茶でお願いします」
ローガンは無言で呼び鈴を鳴らし、使用人に紅茶とコーヒーを申しつけた。
使用人が退出した後、ローガンがアメリアに向き直って言う。
「結論だけ言うと、この婚約にははない。俺は君に期待しないし、君も俺に期待をするな」
予想だにしなかった第一聲に、アメリアは瞳をぱちくりさせた。
「まずは経緯から話すと、そもそも俺は結婚なんてしなくてもよかった。結婚よりも、仕事に盡力して國のために盡くす方がに合っているからな。だが公爵ともあっては、裁も気にしなければならない。側近の結婚しろという聲もうるさくなってきた。だから形式上でも結婚をしないといけなくなったが……」
ローガンが、魂ごと抜け落ちてしまいそうなため息をつく。
「夜會で言い寄ってくる令嬢たちはどいつもこいつも結婚したら面倒臭そうな奴ばかり。仕事柄わかるんだよ。俺じゃなくて、俺の爵位や財産が目當てだって。そんな寄生蟲どもと結婚したら、あとあと絶対に面倒臭いに決まっている」
よっぽど嫌な目にあったのか、貴公子らしからぬ口調になっていくローガン。
そんな彼にアメリアは共を覚えていた。
父も義母もエリンも、まさしくそういう人種だったから……。
「そこでだ……」
ローガンがアメリアをじっと見て、真面目な口調で告げる。
「俺と同じく、結婚にさらさら興味もない令嬢と結婚しようと思ったのだ」
それが君だ、とローガンが付け加えて。
「ご説明くださりありがとうございます。ローガン様の心づもりは把握しました」
アメリアは理解半分、新たな疑問が半分生じた。
ローガンがアメリアと婚約した理由は合點がいった。
見かけからして優秀そうなローガンが、結婚よりも仕事をしたいというのは納得だ。
それでも結婚しなければいけないという狀況であれば、結婚後も自分に干渉しない相手を選ぶのが良いだろう。
そうなると、結婚に興味がない(正確には自分とは縁がないと思っていた)アメリアを選ぶのは非常に合理的に思えた。
ここまではわかる。
ただ……。
「そもそも私たち……」
お會いしたことありましたっけ……?
そう問いかけようとした時、ドアがノック音を奏でた。
「失禮いたします」
使用人がトレイに飲みを載せて室した。
アメリアの前には紅茶を、ローガンの前にコーヒーを置いて、一禮を殘して去っていった。
「熱いうちに飲みたまえ」
「あ、はいっ、ありがとうございます」
促され、紅茶を手に取る。
ちらりと、視線を前に向け、ローガンがカップに口をつけるのを確認してからアメリアも一口紅茶を啜った。
「ぁちっ」
よく溫度を確認せずに啜ったから、熱い刺激に思わず紅茶をこぼしてしまった。
「も、申し訳ございません!」
慌ててハンカチを取り出そうとする。
そんなアメリアに、ローガンは「何をやっているんだ」と言ってハンカチを手に立ち上がった。
「いけません、それではローガン様のハンカチが汚れてしまいます」
「汚れたものを拭き取るのがハンカチの役目だろう。急な話で張をしているのだろうが、仮にも私たちは夫婦になるなのだ。こういった遠慮はしなくていい」
拒否する間もなくアメリアのそばに膝を突き、ローガンが紅茶を拭く。
夫婦、と言われてなぜか頬の溫度が急上昇した気がした。
至近距離で神妙な顔つきをするローガンに悟られないよう、アメリアは深く息を吸い込み心を落ち著かせようとする。
ふわりと、シトラス系の甘い香りが漂ってきて余計に心音が高鳴った。
(さっきから何をしているの、私は……)
異に慣れていないにも程がある。
「よし、こんなものだろう」
「ありがとう、ございます……」
おずおずと頭を下げてハンカチを返すと、ローガンはわずかに瞳を揺らして言う。
「……聞いていた噂とは大違いだな」
(それはこっちのセリフでもありますよ……)
言葉には出さなかったが、心底思った。
──暴公爵。
堅で冷酷無慈悲と聞いていた。
確かに言いはぶっきらぼうだけど、は紳士で隠しきれない優しさが滲み出ている。
そんな印象を、アメリアは持っていた。
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