本日の天気は快晴。

心地よく暖かい空気に混じって、庭園に咲き誇る花の香りがほのかに漂ってくる。

シルフィの案でやってきたのは屋敷の外にある、屋付きのカフェスペースだった。

ガゼボと呼ばれるこじんまりとした白い建造で、とりどりの花が咲き誇る綺麗な庭園を眺めながらお茶を楽しめる場所とのこと。

一人だったらすぐさま庭園の方に豬突猛進（ちょうとつもうしん）していただろうが、そうはいかない。

二人用の丸テーブルで、夫のローガンがティーカップを口につけて待っているのだから。

「來たか」

アメリアに気づくと、ローガンは立ち上がり対面の椅子を引いた。

「かけてくれ」

「は、はいっ」

ローガンに促され、ちょこんと座るアメリア。

その対面にローガンも座り直す。

ちなみにシルフィは案を終えた後「ではでは、ごゆっくり」と言い殘し去っていったため、今この場にはアメリアとローガンしかいない。

夫とは言え、アメリアにとってローガンはつい數日前までは全く面識がなかった男だ。

改めて二人きりとなると、妙に張してしまう。

（やっぱり……凄い形……）

數日ぶりに見たローガンに対し、アメリアはそんな想を抱いた。

彫刻細工のように整った顔立ちも、冷たいナイフを彷彿とさせるブルーの雙眸も、のに反して煌めくシルバーカラーの髪も。

その全てが“しい”という言葉のために存在しているように見えた。

（この方が……私の旦那様……）

の溫度が上昇してきた。

おかしい、長湯しすぎたせいだろうか。

「すまないな、急に呼び出して」

「とんでもございません。むしろ、お忙しい中ありがとうございます」

ぺこりと、アメリアが頭を下げる。

「そんな畏まらなくて良い。契約結婚とはいえ、俺と君は夫婦なんだからな。むしろ俺が切羽詰まっていたせいで、全く顔を出せず申し訳ない」

「お仕事なら仕方がないですよ、お気になさらないでください。それに、會えない數日なんて一瞬のことですから、私は全然平気です」

アメリアが笑って言うと、ローガンはピクリと眉をかし「君は……」と口を開いたが……一旦その口を閉じ、ティーポットを手に取った。

「君は……紅茶だったな」

「覚えてくださったんですね」

「一度聞いたら忘れない。タージリンで良いか？」

「は、はい、ありがとうございます」

さらっとすごい発言を聞いたような気がするが、その間にローガンはカップに紅茶を注いでくれた。

ふわりと、思わずため息がれるような良い香りが漂ってくる。

「私がお渡ししたものですか？」

「いいや、君にもらった分は全て飲んでしまった。なので、追加で仕れてきた」

「そうなんですね」

（ちゃんと、全部飲んでくれたんだ……）

それも、気にってくださり追加の注文まで。

ニヤけそうになるのを口角を手で抑えることで防いだ。

危ない。

「いただきます」

ふーふーしてから、一口。

タージリンのマスカテルな香りが鼻腔をスッと抜けたかと思うと、舌先から奧にかけて潤な味が染み渡った。

元を過ぎると、じんわりとの辺りが溫かくなる。

「味しい……こんな味になるんだ……」

「こんな味？　飲んでいたのではないのか？」

「紅茶では飲んだ事がないんですよね。いつも葉のまま食べて……こほん、なんでもありません」

（何言ってんの私！）

完全な失言。

アメリアは焦った。

紅茶の葉をバリボリ貪るわんぱくお嬢ちゃんと思われたら、アメリアの掲げる大人っぽく振る舞おう宣誓が瓦解する。

どばちゃーと背中から汗が吹き出し、カップを持つ手が震えてしまう。

せっかくお風呂にったのに。

しかしローガンは特に突っ込みをれることなく、またピクリと眉をかし「そうか」とだけ呟いた。

流石のアメリアも勘づく。

何か、様子が変だと。

基本、ローガンはむすっとしていて気難しい顔をしているが……。

いつもより、纏っている雰囲気に尖をじた。

（このは……怒り？）

家族の目を常に気にしてきたのもあって、アメリアはローガンから放たれるを敏に察した。

ピンと糸を張ったような張が背中を走ると、嫌な想像が脳裏を駆け巡った。

（もしかして……ここ最近の私の言がシルフィやオスカーから伝わって……こんな稚な令嬢を妻にするなんてできない！　とかなんとかなって、婚約破棄とか……？）

がマイナス思考で自己肯定の低いアメリアは、そんなことを考えてしまう。

（……でも、それならそれで仕方がないわよね……うん……元々夢みたいな結婚だったし……やっぱり私なんかじゃ、こんな素敵な方と釣り合うわけもなかったんだわ……）

ずるずると勝手に落ち込んでいってしまったが、最後に殘った理が歯止めを効かせてくれた。

（で、でもとりあえず！　せっかくローガン様が設けてくださった、このお茶會の空気はなんとかしないと……）

「きょ、今日は、紅茶なのですね」

ティーポットが一つしか見當たらないことに気づいたので言ってみる。

「ずっとコーヒーを用していたのだがな。君からタージリンを貰ってから、嗜好が変わった。味しいし、疲労回復の効果も抜群でな」

「確かに、今日はとても顔が良く見えます」

「仕事の効率もぐんと上がって助かった。改めて禮を言う、ありがとう」

「いえいえそんなそんな……お役に立てたのであれば、何よりです」

（……あれ？　怒ってない？）

自分に対して向けられているは敵意や怒りといったものではない、むしろプラスのようなじがした。

（じゃあ、ローガン様はいったい何にお怒りに……）

心の中で、アメリアは首を傾げた。

「そういう君はし、顔が悪いな？」

「そうでしょうか？」

悪夢に魘（うな）され寢不足です。

と言うのは稚さに拍車がかかってしまうので口が裂けても言えない。

「昨日ちょっと、裏庭でたくさんいてしまったので、その疲労がし殘っているかもしれませんね」

「オスカーから聞いた。楽しんでいたようで、何よりだ」

「とっても広くて、生息している植も多種多様で、最高の裏庭でした。本當にありがとうございます」

「裏庭でこんなにも喜ぶ令嬢は、君が初めてだよ」

カフェスペースの外、綺麗に手れのされた庭園にアメリアは目を向ける。

「裏庭も凄かったですが、この庭園も々な花が咲いていて素敵ですね。今まで見てきた中で、一番綺麗……」

頬に手を當てうっとりした様子のアメリアに、ローガンが尋ねた。

「君は、なぜ植が好きなのだ？」

返答には、しばし時間を要したのだ。

アメリア自、あまり考えた事がなかったからだ。

「んー……なぜ、と訊かれると難しいですね。子供の頃から近にあって、毎日お花を摘んだり、草を集めてみたりして……気がついたら好きになっていたといいますか……」

「あ、でも」と、アメリアはポンと手を打ち、し黙考してから、答えた。

「……純粋だから、ですかね」

「純粋？」

「はい。植には悪意がなくて、純粋です。人間と違って。それが安心するというか……あ！　人間と言っても、全ての人がそうというわけではないですからね？　中にはローガン様のような素敵な方もいらっしゃいます……し……？」

アメリアの言葉が途中から続かなくなったのは、ローガンが纏っている空気が明らかに変わったからだ。

「なるほど」

先程じた、怒りの。

「よくわかった」

確信を得たと言わんばかりの言葉。

（な、何……？　なんなの……？）

ローガンの突然の変わりようにおろおろするアメリアを、強い意思を宿した瞳が捉えて。

「君は……家族に酷い目に遭わされてきたのか？」