《【書籍化・コミカライズ】誰にもされなかった醜穢令嬢が幸せになるまで〜嫁ぎ先は暴公爵と聞いていたのですが、実は優しく誠実なお方で気がつくと溺されていました〜【二章完】》第56話 反撃
「何をしている!?」
ローガンが聲を上げながら、こちらに駆けてくる。
その姿を認めた途端、アメリアは深い安堵の息をついた。
メリサもローガンに気付き、息を呑む。
『まずい』と表に焦りが出たのも一瞬。
まずメリサは「……ちっ」と小さく舌打ちをした後、先程奪い取ったペンダントをそれとなくアメリアの上に戻した。
それから余裕ある風に立ち上がり、アメリアから距離を取る。
れ替わりでローガンがアメリアに駆け寄る。
「アメリア、大丈夫か? 怪我は無いか?」
「は、はい……なんとか……」
目立った外傷は無い事を確認すると、ローガンは心底ほっとしたように息をついた。
「すまない……俺がもっと早くに駆けつけていれば……」
こんなにも後悔に塗れた余裕のないローガンの表を、アメリアは初めて目にした。
間が悪かっただけ、自分を責めないでと口を開こうとする前に、メリサが口を開いた。
「お初にお目にかかります。私、ハグル家に仕えております侍のメリサと申します。ハグル家當主の命により、支度金の話をしに參りました」
同時に、ローガンがアメリアを守るように立ちはだかった。
先程とは一転、敵意を剝き出しにした表。
そんなローガンによそ行きの笑みを浮かべ、深々と頭を下げるメリサ。
メリサはローガンと直接面識はないはずだが、彼の著ている服とその容貌から位の高い者だと判斷したらしい。
「へルンベルク家當主、ローガン・へルンベルクだ」
分を明かすと、メリサの肩がぴくりと震える。
間髪れず、ローガンは言った。
「支度金の話は後だ。まずはこの狀況を説明しろ」
怒りを含んだ鋭い聲だった。
ローガンから見ると、先程メリサはアメリアに馬乗りになっていた。
公爵家夫人を一介の侍が組み敷くなど、あってはならないことだ。
當然のことながら不敬罪ものだろう。
下手したら死罪も免れぬ重い罪に問われる場合もある。
しかしメリサは、臆することなく言った。
「では僭越ながら。先程アメリア様に屋敷までご案いただいている際、石か何かにお躓きになりました。それを助けようとした時、一緒に転んでしまいあのような勢に……転倒を防ぐことが出來ず、また誤解を與えるような真似をしてしまい、大変申し訳ございません」
これまでメリサは、仕事のミスを、修羅場を、人間関係のいざこざを數々の噓で乗り越えてきた。
その場凌ぎの噓はメリサのお手のだった。
「……なるほど、つまりは事故だと?」
「はい、仰る通りです」
あまりに悪びれなく言うメリサに、ローガンは押し黙る。
反論の手立てがなくなったわけではない。
自分から主張し詰めていくのではなく、まずは相手の主張に乗って言わせるだけ言わせておく。
そして提示された主張の矛盾や拠が薄い部分を突いていくという論法を取っていた。
こと対人コミュニケーションや渉においては、ローガンはメリサよりも何十枚も上手だった。
しかし一介の侍にして屁理屈おばさんにしか過ぎないメリサは、ローガンが黙ったことを好機と捉えてしまう。
メリサが、間髪れずに言う。
「私はアメリア様の侍をかれこれ十年以上務めてきました。なので、アメリア様の転び癖はよく存じ上げております」
「ほう……ということは、ハグル家でアメリアの専屬をしていたと?」
「ええ、左様でございます」
にっこりと、メリサは微笑んだ。
自の発言に説得力を持たせることができた、とメリサは勝ちを確信した。
実際は逆だった。
ローガンがぐぐぐっと、拳を固く握り締めたのをメリサは知らない。
落ち著かせるように大きく息を吐いてから、呆れたようにローガンは尋ねる。
「……ペンダントが、外れているように見えるが?」
「アメリア様がお転びになる際、軽くパニックを起こされたようでして、その際に外れたものかと思われます」
「そうか」
この時すでにローガンはペンダントが損傷している事に気づいていたが、あえて口にしなかった。
彼の頭の中では著々と、斷罪のカードと行程が組み上がっていた。
そんな彼の思考など読めているはずもないメリサは、息をするように噓を並べた後。
「そうですよね、アメリア様?」
アメリアの方を見て言った。
圧のある、勝ち誇った笑みだった。
アメリアはきっと私に逆らえない。
さっきまでの反抗はきっと一時の気の迷いで、先程自分が説明した容を全て認めてくれるに違いない。
そう、メリサは都合よく思い込んだ。
思い込むしか無かった。
……実際のところ。
流石のメリサも、公爵様を前にして全くの平常心を保っているわけでは無かった。
しでも言葉を間違えれば、自分は投獄、最悪死罪になってしまう。
そんな中で噓八百を並べたのだ。
その上でアメリアに否定されたら一気に分が悪くなる
メリサは心、生きた心地がしていなかった。
アメリアはきっと自分の思った通りの返答をしてくれるはずだ。
そう思い込まないと表に揺が出てしまいそうだった。
……しかし、そんな薄っぺらいメリサの心を見抜けぬほど、ローガンは愚かではない。
「アメリア」
呼びかけられ、ローガンを見上げるアメリア。
「大丈夫だ」
ローガンが、頷く。
全部わかってる、と言わんばかりに。
アメリアに迷いは無くなった。
というか、もはや迷いは最初からありもしなかった。
確固たる自分の意思に従って、アメリアは口を開く。
「……全部噓です」
「……はい?」
キッとメリサを睨みつけて、アメリアはんだ。
「全部全部噓です! メリサが私のペンダントを寄越せって言ってきて、拒否したら無理やり奪われて、その際にみ合いになってペンダントが傷ついてしまって……挙げ句の果てに、私を打とうと馬乗りになってきたのです!」
自分がこんな大きな聲を出せるのかと、アメリアは驚いた。
これまで、メリサに対して抱いてきた鬱憤が弾け、エネルギーとなって腹の底から言葉が飛び出した。
先程、ローガンとメリサがやりとりしている間、ずっと考えていた。
(なんで私、ずっとこんな人の言いなりだったんだろう……)
実家では閉鎖された空間で、この人には逆らえないと思い込んでいた。
しかしへルンベルク家に來て、様々な価値観にれて、味方ができて、自分の意思を持つことを許されて。
一度洗脳が解けてしまえば、メリサに対する隷屬意識も霧散していた。
今更アメリアがメリサの言葉に従うはずも無いのだ。
「よく言った」
ローガンは満足そうに頷いた後、アメリアの頭をぽんぽんとでた。
安堵と嬉しさと申し訳なさと々ながごっちゃになって。
でも一杯の笑みを浮かべ、アメリアは涙聲で「……はい」と呟く。
「っ……」
そこで初めて、メリサの表に焦りが浮かんだ。
全ての噓を覆され、真実を暴されてしまった。
そもそも先ほどからのアメリアとローガンのやりとりは、固い信頼関係が結ばれていることの象徴。
公爵様に好かれているはずがないというメリサの思い込みはそもそも最初から破綻していて、この狀況でローガンがどちらの言葉を信じるかなんて……愚問にも程があった。
「だ、そうだが?」
ぎろりと、もはや殺意に近い視線でローガンがメリサを睨む。
ひっ……とメリサは小さく悲鳴を上げた。
「な、何かの間違いです! そのような事は、私はしておりません!!」
聲が裏返ってしまうのも、ダラダラと冷や汗が噴き出しているのも厭わずメリサはぶ。
「では君は、我が妻が噓をついていると?」
「そういうわけではありませんが……それでも、全くに覚えがないのです!」
アメリアを噓つきだと主張する事自がもう不敬に値するのだが、メリサに殘されている道はもうそれしか無かった。
最初に周囲を確認したじ、周囲に人気はなかった。
目撃者もいないはずだ。
やっていないの一點張りをすれば、なんとか……。
という希に縋るしか、メリサには出來なかった。
「確かに夫婦という間柄ではありますが、一方の意見しか取りれないのは、あまりにも不公平すぎます!」
「何か勘違いをしているようだが……」
靜かに、あくまでも冷靜に、ローガンは言う。
「別に私は、アメリアの意見だけを優遇しているわけでは無い」
「ですが……」
「実を言うと、君のことはよく知っているんだ」
「……え?」
メリサの顔が困に染まる。
「ハグル家では、アメリアが大層世話になったようだな」
オスカーから提出された、ハグル家でのアメリアの扱いに関する報告書。
その一項目にあった──侍からの嫌がらせ、待。
今思い出しただけでも怒りが込み上げてくる。
その怒りはしっかりとローガンを纏い、メリサに向けて圧となり放たれた。
「一介の侍でありながら、本來仕えるべき主人を蔑ろにし、げ続けた貴様の言葉の信用なぞ、最初からあるわけなかろうが!!」
(なぜそれを……!!)
と口に出そうになるのをなんとか飲み込んだ。
空気の読めないメリサでも流石にわかる。
今目の前にいる公爵様は……自分がハグル家でアメリアにしてきた仕打ちに対して激怒しているのだと。
どれだけの事をしてきたか、ローガンはあえて口にはしない。
そのことで、メリサに揺さぶりをかける。
どこまで知られている、どこまで裏を取られている?
一切報がない故の混、恐怖。
以前、ローガンがアメリアに使ったのと同じ手法だ。
一気に報量が増えて頭が真っ白になるメリサ。
ただひとつだけわかる。
この狀況は、まずい。
非常にまずい。
「それに、だ」
口をぱくぱくさせるだけで次の言葉を告げられないメリサに、ローガンは言う。
「彼と過ごした期間はまだ短いが……」
アメリアの肩を抱き寄せ、ローガンは言い放った。
「我が妻、アメリアは……人を傷つけるような噓は斷じて口にしない!!」
貴様と違って、な。
と付け加えて。
「ローガン……様……」
ぽろりと、アメリアの目から一筋の雫がこぼれ落ちる。
ローガンの言葉がアメリアにとってどれだけ嬉しかったか、言うまでもないだろう。
「そ……」
もはやメリサに、反論の材料は殘されていない。
「そ、それでも私は……やっていません!」
もうそう言い張るしか無かった。
最初の余裕な態度はもう見る影もない。
「ハグル家での件は棚上げか……まあいい」
よくないが、まずは先ほどの件を片付けた方が良さそうだとローガンは判斷した。
「どうしても、やっていないと主張するのだな?」
「はい、事実無です……!!」
あまりに面の皮の厚さに、流石のローガンも溜息をついた。
話が通じない相手とはまさにこういう奴のことを言うのだろうと辟易する。
現段階で、數々の不敬を拠にメリサを牢へぶち込むことも容易だ。
メリサの主張はどう見ても突っ込みどころ満載だし、これで押し通せると思っているあたり知能の低さが垣間見える。
そもそも一介の侍と公爵様では地位に天と地ほどの差があるのだ。
ローガンはアメリアの言葉を全面的に信用していて、メリサの主張などこれっぽっちも信じてない。
……だが『自分はやっていない』と未だに意固地を張るメリサの態度が心底気に食わない。
本當に本當に本當に腹の底から五臓六腑が煮えくりかえる程気に食わない、不愉快、不快、ふざけてんのかコイツは。
メリサに対する怒りは止まる所を知らない。
彼には全ての非を認めさせ、泣いて許しを請わせたいとローガンは思っていた。
否、そんなの、アメリアが今まで味わってきた苦痛に比べたら生ぬるいってもんじゃない。
もし出來る事なら今すぐにでも足腰立たぬまでメタボコにし何度も何度も顔面に拳を……いや、炎天下の青空のもと磔のうえ街中を引き摺り回した後で火炙りにして……などと、貴公子らしからぬ騒なことまで考えてしまっている。
アメリアに対し耐え難い苦痛を強いてきた侍に対する、業火の如き怒りはなかなか収まりそうに無かった。
じっくりと、地獄のような苦痛を伴う尋問にかけるのもまた一興か。
などとローガンが考えていたその時──。
「やれやれ。腹の皮だけでなく、面の皮まで厚いとは救いようがないのう」
第三者の聲に、その場にいた全員が振り返る。
視線の先にいたのは……。
「キャロル……さん?」
アメリアが驚愕の言葉を落とすと、その人──先日、アメリアと親睦を深めた老婦人キャロルは、にいっと笑って言った。
「証人ならここにおるぞ」
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