《【書籍化】キッチンカー『デリ・ジョイ』―車窓から異世界へ味いもの輸販売中!―【コミカライズ】》簡単なようでいて複雑な

今、俺は一切れのパンを摘まんで目の前にかざしている。

見た目はこげ茶で、指の腹がじるのはラスクを摘まんでいるに近い。中は気泡がなくてみっしり詰まっていて固い。つまり、中も外も固いのだ。

たぶん、ライ麥で作られた黒パンとかライ麥パンと言われる、あの固いパンだな。でも、これは栄養価が高くて、顎を鍛えて歯を丈夫にするんだぞー。

で、何をどうしたのかと言うと、今度はレイモンドの所へ顔を出したら彼から相談を持ち掛けられたって寸法だ。

「あの白いパンを作りたいのだが…」

おーのー!俺は菓子屋でもパン屋でもないの!デリがメインなの!お惣菜料理人なの!!

「これか?」

固いパンを一切れ頂いたので、その分を食パン一枚にして返してやった。ふひひっ。涙して食え。

レイモンドが一枚の食パンを半分に裂き、後ろに立つ次男ジョアンさんに渡した。

昨夜のフィヴの、あまりにも夢見る乙な展開に打ちひしがれていた俺は、レイモンドに愚癡りたい気分で窓を開いたら、そこにはレイモンドと共に二番目のお兄さんがいた。

先日のこともあるんで真っ先に自己紹介したんだが、「喋った…」と一言らしたきり放心狀態のまま正気に戻ってこない。

またレイモンドが呆れて次男のジョアン兄さんだと紹介してくれ、彼を放置して話を始めた。その容が、俺の愚癡どころじゃないのには參った。

「うん!旨い!!」

「…レイ…ジョアンさん、泣いてるんだが…」

エリックさんよりし甘い容貌の、やっぱり真っ赤な髪をしたイケメンが、食パンを齧りながら仰のいて涙を流していた。怖い!マジで怖い景だ!

確かに涙して食えと心の中で言ったが、マジで泣けと言ったわけじゃないんだぞ!?

なんなの!?ここの兄弟は!?

「構わんでくれ。これは…あれだ。霊様からの…」

「やーめーてー!!まだその誤解は続いてるのか!?早く解け!」

「それは、まあ、橫に置いておいてだ。白いパンの作り方をだな」

「橫に置くな!それに俺はパン屋じゃないの!知ってんだろ!?パンはパン屋から買ってるって」

會わせはしていないが、レイモンドをキッチンカーに殘して何度か中井のパン屋へ仕れに行った。サンドイッチをけ取り、俺たちのオヤツにと菓子パンをいくつか買ってレイモンドにも食わせたことがある。その時に、ちゃんと話をしたはずだ。パンはパン屋から買っていると。

「ああ、確かに聞いた…しかし、作り方くらいは知っているかと思っていたんだが…」

作り方なら知ることはできるさ。フィヴに渡したレシピみたいに、スマホからネットに繋いで數ある料理サイトにアクセスすれば、分からないことはないだろう。

でも、そこに俺は助言できない。出來ることと言えば、そのレシピを渡して試食をして想を言うだけだ。材料のことを質問されても明確な答えは返せない。

「作り方を調べることはできるさ。でも、それ以外は専門外だから、教えてくれと言われても答えられないぞ?」

「そうか…」

「材料に関してだって、そっちの世界にあるかどうかも分からないし…その材料だって俺にしてみたら謎のが多い」

パンと言えばイースト菌。パン生地を発酵させて膨らませ、あのふわふわもっちもち食を出す材料だって知っているが、それを異世界でどうやって手にれるかなんて知るわけが無い。

や木の実なんかから作る天然酵母を使うって話を聞くが、だからって俺が作れるわけじゃないし、その作り方を教えたって功したかどうかまで判斷はできない。

「レイ…それは、俺がそちらの世界に渡せる知識じゃない。俺が教えてあげられるものは、俺が自分の手と舌で作った料理の味だけだ。俺はさ、神様なんかじゃないんだよ…」

俺の聲と態度ががらりと変わったのに気づいたのか、レイモンドがすぐに顔を強張らせて俺を見た。

「昨日、フィヴとも會うことができた。竜種の王様が亡くなったり、神様の贖罪だかなんだかで世界に変化が起こって大変らしいけど、それでも家族と無事に再會できたし故郷へも帰國できたし…俺も良かったなと思ったさ。そんで、次の夢はお菓子屋さんだ。俺に作り方を教えてくれって…笑顔であのオッドアイをキラキラさせて、夢を見るみたいに「味しいクッキーを作って売るの」ってさ…ふふふ…」

カウンターに両肘を付いて、手の中に顔を埋める。

けない話だが、なんだか二人に対して妙な失が生まれてしまっていた。

「でも、それって、なんかおかしくねぇか?」

「そ…それは」

責めているつもりはない。俺がなんの職人なのかを理解してほしいだけ。総菜のことならなんだって教えてやるさ。同じ材料がないなら、味や形を伝えて似通ったがあるか、ないなら代替品になるを。味だって、俺が作った料理を味見させてやれる。

でもな、ナカイのパンや洋菓子『楓』の菓子は無理。

あいまいな知識をあいまいなまま教えたって、いつまでたっても二つの店の味には到達しないだろう。

なんたって、俺は総菜メインですから。

俺の中の料理人としての矜持が、二人の単純な思考を拒絶した。

埋めていた掌で顔をでると、デカい溜息を一つ吐いた。

「俺はさ、自分に責任が持てないことは教えられない。パンもクッキーも俺の分野じゃないしな。俺は俺の責任下で味いと言ってもらえるしか渡せない」

「では、その味いを俺に食わせてくれないか?」

俺とレイモンドの間に生まれたをぶった切るように、いきなり野太い聲が割ってった。

視線を上げると、レイモンドの後ろでジョアンさんがなんとも言えない微苦笑を浮かべて俺を見下ろしていた。

さっきまでの呆然自失は偽りだったのか、今はしっかりとしたを目に宿し、探る様に俺を観察している。ああ、これは商売人の目だ。うん。

「いいですよ。ジョアンさんが旨いと思っている食べ換しましょう」

「ええ?金銭での売買では…?」

「異世界の貨を減らすわけにはいきませんから。それが料理人の俺が決めた、異世界との商売方法です」

俺がニッと笑うと、ジョアンさんはすぐに笑い返した。

誤字訂正 3/11

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