本日、本作書籍が発売いたしました。

無事に発売日を迎え、読んで下さる皆様には心から謝申しげます。

よろしかったら、ご購お願いします。

「また來たぞ……」

「何がだ？」

「これだ」

ナカイ・ベーカリーに寄ると、中井がいきなりヤツのスマホ畫面を見せてきた。

小麥の焼ける香ばしさとチーズが焦げるかな匂いの中に、甘そうだったり辛そうだったり柑橘特有の爽やかな酸っぱさだったり――そんな鼻と食をくすぐる幸せ漂う店で、俺は片眉を上げて目を眇めると晶畫面を睨んだ。

たちまち俺の機嫌が悪くなるが、中井はどこ吹く風っつー顔で、スマホを見せ終えるとポケットにしまった。

映し出されていたのは、中井が擔當しているナカイ・ベーカリーのＳＮＳに送られてきた信メールの畫面だ。

差出人は中華総菜屋の娘、侑花で、わざわざ中井を名指しして送られてきている。容は、以前と同じく俺に連絡を取ってくれっつー仲介依頼。

なんでも、専學でできた友人がキッチンカーに興味を示し、できれば短期でいいからバイトさせてほしいとんでいるらしい。ダメなら、數日間の見學だけでも、と。

「これ、二通目か？」

「いや、すでに五、六通は來てる」

「うはーっ。迷かけてすまん！」

「構わねぇよ。お前の後輩だけど、俺の後輩でもあるわけだし、ついでにチョリの後輩でもあるしな。で、どーする？」

能面顔がつらつら～っとの篭った言葉を返し、最後に問いかけてくる。顔と臺詞のギャップはスゲェが、親しい友人らしい気遣いが嬉しい。

つまりだ。

俺が迷だと思っているなら、野々宮さんに話を通して彼から斷ってもらう方法もあるぞ、ってな提案だ。

の子相手なら、野郎の俺が強く斷って怯えさせるより、同の先輩がらかーく優しーく説得して、諦めてもらえばいいと。下手に反を持たれて、逆恨みされないとも限らないぞってな合かな。

何しろ客商売だ。ちょろっとくちコミで妙なことを口走られたら、あっちゅー間に営業不振に陥る。くちコミの宣伝効果は、男よりものほうが高いし広範囲だ。その分、敵に回したらマイナス効果もデカい。

を隠した黒いガラス玉みたいな中井の目が、ちらちらと俺の反応を窺っている。でも、奴の手は俺が渡した売上金を數えて、手數料の領収書を書き込んでいた。

用だよなぁと心しながら、俺は首を橫に振った。

「……自分で斷る。無駄に人を挾む態度が気にらねぇってのに、自分で同じことやったらダメだろー」

「なんなら、俺たちもつき合うが？」

「會うにしてもファミレスだろうから……店(・)(・)ま(・)で(・)なら同行ＯＫ」

中井の厚意を無下にするつもりはない。

仲介役を実行してしまった手前、やっぱり気になるんだろうし、知り合いであっても好ましく思ってる相手じゃないからな。どーせ報告しないとならねぇなら、近くの席で覗き見してりゃいいさ。

そんなわけで、早速に『了承』の返事を送ってもらった。

待ち合わせ日時は日曜の十時。馴染みのファミレスで、窓際の席を取っておく。

向こうは侑花と依頼人のの子で、こっちは俺ひとりだ。

「ふたりが帰るまで、何があっても顔も口も出すなよ？」

袋りのラスクをけ取り、念を押す。

こいつは中井にじゃなく、野々宮さん宛だ。カレシとしてしっかり押さえておけよって釘を刺す。

さーて、どんなの子が現れるやら。侑花の友人となりゃ、二通りのタイプが予想される。

ひとつは、侑花と同じで、消極的優不斷で他力本願なタイプ。

もうひとつは、しっかり者で侑花タイプの友人を守るナイトか統率者。

どっちかなーと、なんだか変に楽しみにしてしまう俺だった。

約束の日、あいにく空は雨模様で、秋も深まりつつあるだけに一層寒くじる。

狹いキッチンカーの中で火を使っている毎日だけに、仕事以外で外出すると四季の移ろいを辛うじてで実できる。窓から見ているだけじゃ、微妙な変化に意識が向かないもんだ。

長袖のパーカーをはおり、いまだに冷房を利かせている冷蔵庫の中のようなファミレスにると、接客のために近づいてきた店員に待ち合わせだと伝える。

彼ら彼らも、季節を無視した半袖の制服姿だ。き回っていると、まだまだ暑くじるんだよな。

相手を探してきょろきょろすることなく、真っ直ぐに窓際の席が並ぶ通路に向かう。

「あ、瀬せんぱーい」

茹で過ぎの麺みたいなふんにゃりした聲が、俺を呼ぶ。

こーゆー聲を、大半の野郎どもはの子らしく細くて可い聲とじるんだろう。だが、俺には自信なさそうな気弱で芯の抜けた聲にしか聞こえない。

え？　の子に対して厳しすぎる？　そう思ってくれて結構！

だってな、俺のそばにいるたちは、みんな強く逞しく自分の人生を謳歌し、目標に向かって邁進してるヤツばっかりだ。。

「そんで、頼りはしても依存はしねぇしな」

ぼそっと小聲で獨り言ち、聲のする方に顔を向けた。

俺が『了承』したってことだけで、ニコニコ笑顔で手を振る侑花がいた。格がキツイの子なら、これだけ何度もメールをさせて、やっと返事をした俺に笑顔なんざ見せないだろうに。こーゆートコが甘ちゃんなんだよなぁ。

視界の隅に、こそこそしたきでテーブルに著く中井カップルが映る。侑花たちとは観葉植で飾られたパーティーションを挾んだ席で、背を向ける席に中井が座った。

俺はあえてしっかりと侑花に視線をやり、大で近づいた。

「お待たせ。兄貴は元気か？」

「あ、はぁい……ちょっと落ち込んでますけどぉ……でも、もう怒ってませんよ？」

返ってきた挨拶に、脳裏でずっこける。

久侑の怒りがどうとかなんざ、俺にはどーでもいい。怒りたくば、ずっと怒ってりゃいい。

「あ、そう。で、こちらは？」

「はっ、初めましてっ。侑花と同じく調理士科で學んでる大野　汀(みぎわ)です。お手數をおかけしたようで、ホントすみません。よろしくお願いします」

お？　タイプ的には後者かな？

侑花そっちのけで自己紹介をしてきた大野　汀は、聲と態度だけで芯がしっかりと通っていると判る禮儀正しいの子だった。

「連絡が遅くなって申し訳ない。改めまして、デリ・ジョイ店長の瀬　了です。よろしく」

禮儀には禮儀をって合に、俺が頭を下げながら挨拶を返すと、大野も慌てて頭を下げた。

もう、ここからは侑花は完全無視で、俺と大野だけの質疑応答で話は進む。

うむ。イイ子だ。んで、可い。

うひひ。