《【書籍化】キッチンカー『デリ・ジョイ』―車窓から異世界へ味いもの輸販売中!―【コミカライズ】》己の弱さに気づかされた時

何をどこで間違ったのか。

僕の手の中に殘っていたのは、トールから貰ったメモ用紙と神からいただいた自ペンだけだった。どちらも常時につけて大切に保管し、誰の手にも渡らないようにしている。

しかし、劣化した用紙の上に書かれた報をひとたび口にした途端、それらは僕から離れて次兄ジョアンのモノに、ひいては商會の商品になってしまった。

唐揚げも卵焼きもジョアン兄さんの商會が売り出した名になり、許可料制の商売になって広がってゆく。珍しくて味い料理は安価なのもあって庶民の間に浸し、あっと言う間に町から町へと伝わっていった。

結果だけを見れば、僕がんでいた形だ。

家族を亡くし友を失い、家財を財産を壊され燃やされ荒んだ人々に、すこしの楽しみと心の癒しになればと思っていたのだが、それらは思いのほか早くにれられた。

トールとフィヴが言っていた「味しいは正義!」の言葉は、確かに人々の心をわずかばかり潤した。

僕は嬉しかった。良かったと安堵した。屋臺や店先に並ぶ人々の笑顔を見て、僕も笑顔を取り戻した。

そう、僕はそこで安心してしまい、結果だけでみが葉ったと満足して終わらせたのだ。

ある日、ジョアン兄が閉できるガラスの容を探すと告げた。

トールの友人であるナカイの助言から始まった、『白くらかいパン』製造のためのひとつだ。

下級貴族や庶民はライ麥や挽き小麥でパンを作るが、は茶くみっしりと詰まっていて重くい。それが、僕らが日常で食べているパンだ。ただし、上級貴族の家では上質な材料を使っているため、それなりに白くらかいパンが作られている。

しかし、そのパンですらトールの家で食べたパンの白さやらかさとは程遠く、だからこそ兄たちは夢中になった。

上等な小麥と製問題。パン生地の練り方と発酵時間や回數。ナカイの指摘をけて、ひとつひとつ欠點を取り除いていって――『酵母』まで行き著いた。

「俺は、パンを売るだけではなく、酵母も商品のひとつにしたい!」

パンを膨らませてらかくする素が『酵母』だと知り、商品化する計畫を打ち立てた。そのために閉し、売り出すという。

「商品にできるものなのか?」

ジョアン兄との換の後に、こっそりナカイに尋ねてみた。

彼はトールの友人にしては冷靜な質(クール)で、を顔に出すことがほとんどない。一見すると取っつきにくそうだが、トールとは長く友人関係だという。だからこそ、トールは彼を紹介してくれたんだし、僕もナカイを信用した。

そんなナカイが僕の質問に、薄く笑う。苦笑というか……呆れ笑いのような。

「できはするが、商品化して膨らまなかった場合、商會の信用を落とすことになる。なにしろ、酵母は生きだからな……」

トールの世界と僕の世界。その違いをまざまざとじさせられる瞬間。

知った程度では、理解できたとは言えないのだ。所詮は商人。を売るための戦略には頭が働いても、料理を作る職人ではないのだ。

僕が持ち込んだ知識のほとんどは、上澄みを掬っただけの事柄がほとんどだった。

あちらの世界にいられた時間が足りなかったのは確かだけれど、とにかくたくさんの『何か』を持ち帰りたかったのだ。質より量とばかりに、「こんなもある」というヒントだけを掻き集め、まさに書(・)き(・)集めた。

同時に、早く帰りたくてしかたなかった。

帰りたくて帰りたくて、キッチンカーの窓の外を塞ぐ巨大な瓦礫を見た時の絶が、帰郷したい気持ちをことさら後押しした。蹴っても毆ってもびくともしない瓦礫を前に帰還方法が見つからず、焦りをすこしでも紛らわすために知識を集め、帰郷の希を忘れないように自らを追い詰めた。

トールも僕を帰したがっていたし、僕も諦めないように頭を、を、働かせた。

フィヴの機転で帰れた時、僕は安堵した。家族が、仲間が無事だったと知った時、溜まりに溜まっていた辛さや苦しみのすべてがすっと抜けて、心が軽くなった。

それと同じように、持ち帰った知識を兄たちが使って人々を和ませたことで満足した。

「レイ、あれはお前が命がけで集めてきた報だろう? なぜ、そうも簡単に手放す!?」

「そうは言っても、僕は商人ではないんだよ? 人々の間にあれらを広げるためには商會を使ったほうが……」

「そうじゃない! なぜそこでを引くのかと訊いてるんだ!! お前はいつもそうだ。俺や兄貴に遠慮し、を引いてしまう」

「人には才能と――」

「その言葉は、お前の逃げでしかない! やれることをせずに、逃げるな!」

エリック兄が怒鳴る。

すべてが上手くいっているのに、兄は俺を悔しげに見下ろして怒る。

「ジョアンの、無意識の搾取も目に余るが、お前のその依存質も問題だぞ! そんなことでは、いずれ……」

そう。

エリック兄が心配し、不安視していた「いずれ」は、すぐにやってきた。

人とは、賢くなるのは大変だが、愚かになるのは簡単なのだ。

分に余る野心は目を曇らせ、「やがて」そのを滅ぼす原因になる。

「異世界人に會わせてやる」

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