《【書籍化】キッチンカー『デリ・ジョイ』―車窓から異世界へ味いもの輸販売中!―【コミカライズ】》夢と目標

私がお菓子屋さんを開店したいと夢を語ると、トールは珍しく渋い顔をした。

彼は優しくて厳しい。

彼は面白くて強い。

彼は……二人目の兄さんであり、私の先輩でもある。

自分の能力を生かして一國一城の主となり、人々に味しい幸せを売る。

なんて素敵な仕事だろう、と思った。

そんなトールの背中を追いたくて、夢を語って聞かせた。でも返ってきたトールの反応は芳しくない。

きっと……あの時の私は浮かれていたんだと思う。

わけの解らない戦爭に振り回されて異世界に飛び込み、家族の無事も分からなくて不安で不安で仕方なかった日々。仲間の前では堪えていられた涙も、トールの前では決壊した。

それを、トールと私とレイモンド――私たちの世界とはまた別の世界から避難してきた人ね――の三人で解決して、自分の世界に戻ってこれた。

浮かれた私は拠のない萬能に満たされて、今なら何でもできると傲慢にも思い込んでいたみたい。

「作り方を書いたメモをやるから、自分の力で材料を集めて作ってみろ」

それでもトールは私の夢を頭から否定することなく、一枚のメモを渡してくれた。

末な紙に変化したメモに目を通した瞬間、お花畑だった私の頭は急激に冷えた。

一番簡単なレシピだと告げられたクッキーの材料と作り方。でも、そこに並んだは、知らない材料ばかりだった。

バターって何? 薄力って? さっくり混ぜるって、どういう意味?

一行一行読むたびに、上っていたの気は下がっていった。

思わず縋るようにトールを見上げると、彼は真剣な眼差しで私を見詰め返す。

「俺は、お菓子やスイーツには詳しくねぇんだよ。簡単なヤツは學校で習ったけどさ、専門じゃないんだ」

トールのお店であるキッチンカーで販売していたクッキーは、彼のお友達のお店から卸されているとは聞いていた。トールが作っているのではなく、お菓子専門の職人さんがいるのだと。

味しいを作るトールだから、いろいろな報が容易に手にる世界の住人だから、私は簡単に甘できるのだと考えていたみたい。

「そこはフィヴの世界だろう? 作り方は簡単でも材料が手にるかどーかわからねぇだろ? 知らない見たことないまわりにないで諦めちゃ、商売なんざできねぇぞ?」

そうだ。

お家のおやつを作りたいわけじゃない。甘くていい匂いのする味しいお菓子を作って、自分のお店で売り出して皆に味わってしいんだ。

終戦直後でまだ混しているけれど、今ならたくさんの人に會って報を集められるはず。商人は今が好機と走り回っているはず。

私も走り回った。里の人たちにはハーブや木の実集めを頼み、王都では商人さんたちに尋ねて回った。有翼種の商人さんが教えてくれたお菓子を扱うお店にも行ってみた。

誰も彼もすぐには教えてくれない。そりゃあ當然だって、そこでようやく気づいた。

知恵も知識も報も、すべてが商品の一部分なんだって。

「トールが嫌な顔するわけよね……」

だからこそ、期待を裏切れない。

口から出した言葉を、子供の戯言にはしたくなかった。

神様に選ばれて、神様のお手伝いをして世界を救った私たちだ。浮かれ気分は醒めても、誇りだけは失いたくない。もう、子供じゃないんだから。

「フィヴ、大丈夫なのか!?」

「もうすこし待てば、休暇にる。そしたら俺が同行してやるぞ?」

旅支度をしている私の背後で、父と兄が心配全開で言い募る。

の子の一人旅は心配だと言っているんだろうけど、戦爭中はずっと獨りだったんだよ?

「だめなの。もう時間がないのよ。これは私がやりたいことで、やらなきゃならないことでもあるの」

有翼種が司る國ペイトン共和國の首都ラランに向かう予定を話すと、父さんたちは一斉に反対した。

有翼種は、自分たちが神の姿にいちばん近いことを誇り、私たち獣種や竜種を下に見る傾向がある。対等に話しているつもりでも、視線や言葉の端々に蔑む気配をじ取れ、相手もそれを隠すつもりはないようだった。

だからといって暴力を揮ってくるような真似はしない。馬鹿にしてくるけど、力は私たちよりもずっと劣る種族なのだから。

「しかし……」

「無茶をするのは今回だけにするわ。だから、無事に目的を達できるように祈ってて」

私はこれから極上の小麥を探しにゆく。小麥を主食にするペイトンで、それを見つけてくる。

小麥は、私の作りたいお菓子のいちばん重要な材料。今まで関心のなかった穀類だけれど、焼き菓子の肝になる材料となれば雑には扱えない。

「あのな、菓子は食べなくても生きていけるが、危険に遭えば死ぬ場合もあるんだぞ? せっかく異世界の友が助けてくれた命を、お前は……」

「そうだよ、フィヴ。今はまだ戦後処理で混中だ。お前や我ら、王と一部の側近以外は真相を知らず、ほとんどの者たちは困と疑念の中にある。そんな中を若い娘がひとりで旅するなど、父は心配だ」

心配がふたり、涙を流さんばかりに説得してくる。

困ったなーと眉間を寄せる私に、父が盛大な溜息を吐き出した。

「……どうやら諦めないようだね。さすがは母さん(フェーナ)の娘だ。仕方ない、フィルダーと一緒なら許すとしよう」

絶対に諦めない私を見て、ひとりでこっそり出ていかれては大変だと父と兄は従兄弟の家に頼みに行ってくれた。

黃金の瞳を持つ従兄は腕を組んで私の前に立つと、いきなりビシッと額を小突いてきた。

「今度こそ、迷子になるなよ! しっかりと俺についてくること。いいな!」

「うん!」

竜種の兵士に森に火を放たれ、必死で逃げた時に私の手を離してしまった記憶と後悔が、いまだにフィルダーの心の底に蟠っているらしい。

私より二歳年上の従兄は、私のオッドアイに浮かぶ真剣な気持ちを汲み取ってくれた。

さあ、行開始! 待ってて、トール!

いつも誤字字報告&ご想をありがとうございます。

謝しながらも嬉しく、楽しく読ませていただいております。

この度、下記に記しております『翠の魔~』が一迅社様主催のアイリスNEOファンタジー大賞にて銀賞をいただき、書籍化のはこびとなりました。

日頃からご贔屓くださる皆様の応援が結果となりました。

真にありがとうございました。

これからも頑張って書いていきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

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