《【書籍化】キッチンカー『デリ・ジョイ』―車窓から異世界へ味いもの輸販売中!―【コミカライズ】》心のきなんて、そうそう気づかないもんだ

十二月にり、本格的に寒くなってきた。早朝の出勤は、薄く張った氷をタイヤが踏みしめる音で出発だ。

農閑期にった農家さんでの仕れは終わり、新鮮な野菜は県外産を扱う八百屋かスーパーに変わった。それでもいくつかの冬野菜はまとめて仕れてある。

白菜に長ネギ。ここに青々とした葉を茂らせたカブと大樽のたくあんが、実家から屆けられた。

配達人は、毎年なぜか外科醫のゴリラだ。

片手で持てそうなのに、なーにが「腰にクル」だっつーの。わざとらしく俺を見ながら腰を叩いてんじゃねぇ!

ゴリラこと従兄の瀬 敦は黃いプラ樽を勝手口の土間に運び終えると、いつもの催促を始める。無言のまま鋭い視線だけで『重労働の対価を寄こせ! さもなくば命はないものと思え!!』と、圧をかけてくる。

抵抗しても最終的には用意させられるなら、痛みと時間の無駄を排して黙って臺所に立った。

ネギと椎茸、水煮しておいた筍となると。ひとり用土鍋にれて筑前煮用に作った殘りの二番出で炊き、冷凍うどんを叩き込んで揚げ玉を散らせば鍋焼きうどんのできあがり。

「鍋焼きうどんだけど、玉子落とす?」

「頼む」

ヒーターの熱風で暖まった茶の間に、すでにゴリラは箸を持ってスタンバイしてる。味見がてら出したたくあんは、すでに半分が消えていた。

シッポを齧ってみたが、漬かり合はあと一週間待ちだ。

「珍しいね。敦ちゃんが土曜に休みなんて」

「病院は土日休みだぞ」

「でも、仕事してるじゃん。學會だの急患當番だのって」

「明日は母方の婆さんの三回忌法要だ」

「あ、そっか……。デートなのかと思ったぜ」

「デートだとしたら、わざわざたくあんの樽を取りに行ったり屆けたりしないな」

俺の前には一人用の土鍋。でも、敦ちゃんの前に置くと、どーみても児用のにしか見えない。背中を丸めてうどんをすするゴリラにとっちゃ、一人前の冷凍うどんなんて三口程度の量でしかないだろーに。

「……うどん、追加する?」

「いらん。俺をどれだけ大食いだと思ってんだ?」

「いやー、力仕事してもらったからさー、足んないかと思って」

「これから忘年會だから、これで十分だ」

デートじゃないのかぁ。と、揶揄(からか)う材料を失ってちょい殘念に思いながら、もうそんな時期なんだよなと実する。

飲食店に分類される店をやってるけど、飲食する店舗と酒類を扱っていないだけに客層は違う。だから、メニュー的には季節を気にしても、行事なんぞはあんまり関係ない。

いや。まったくないとは言わないけど、『デリ・ジョイ』でやれることと言ったら、バレンタインやクリスマス近くに野々宮さん家のスイーツセットを委託したりするくらいだ。

……レイモンドやフィヴの世界にもあったりするんだろーか?

「どうした?」

「なんでもない。ちょっとね……」

うどんを箸で持ち上げたままぼんやり考え事していた俺に、常時滯在してる敦ちゃんの眉間の皺が深くなった。

「なんだ? クリスマスのデートでも悩んでんのか?」

「あ、それもあるし――」

「ほぅ。詳しく話せ」

さらっと訊かれ、気が散ってたせいで思わず答えてしまい、「しまった!」と後悔した時には遅かった。

ゴリラは目を細めて箸を置くと、下世話で兇悪な笑みを口の端に浮かべた。

じりじりと追い込まれて散々な目にあいながらの自白に疲れ、敦ちゃんが去った後は疲れきってヒーター前で転がっていた。

カノジョかと訊かれると、首を傾げるほかない。だってさー、「付き合ってくれ」とまだ言ってないし。

好きなのかと訊かれても、即座に頷けない。好意はあってもまで辿り著いてないってじだ。

どーしてそんなに立川を気にっちゃったんだろう。う~んと唸りながら、あれこれと思い出しつつ考えてみる。

大膽かつ積極的なくせに、相手があることには思慮深い面を見せる。無理なく気配りできるタイプでありながら、主はしっかり持っている。

「いいなぁ~」っつーじが妥當な答えか。

大の字に寢転んで、盛大に溜息をつく。柱にかかった古めかしい振り子時計を見上げて時間を確認すると、反をつけて起き上がった。

午後からのマンション駐車場での営業に向けてき出す。

定番の鳥唐揚げとじゃが。鯵と牡蠣のフライに鱈の煮つけがお買い得。容持參ならお安くしますと広告を打っといた、冬野菜のポトフ。ブイヨンスープとトマトスープの二種類。

柚子風味の白菜漬けを計量しながら袋詰めして、どんどんキッチンカーに運びれる。

さーて、行ってくるか。

曇り空を見上げて腰をばし、日のりが早くなってもう夜がすぐそこまで來ている。沿線を走る車はすでにライトを點燈し、車郭は朧になっていた。

最後に看板を積み込むと、家に向かう。本日は、帰宅路での仕れなし。

マンションの駐車場をぐるっと回って本道に出るために一時停止し、暗くて見づらいながらも左右確認――また、いた。

斜め向かいの小さなオフィスビルの駐車場に、スモールランプのみを燈してアイドリング駐車している車がいる。

ホント、なんのつもりなんだか。

嫌な気分に影響をけたように、またもや車の下でカチンと小石が跳ねたような音がした。

不安で、不吉な雑音だ。

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