「ふふ、楽しみですね文化祭！」

もう恒例となった放課後の勉強會の休憩時間に、紫條院さんはウキウキした様子で言った。

「文化祭……そうかもうそんな時期か」

口にしてみるとなんとも懐かしい響きだが、正直あまり良い思い出があるとはいえない。

前世においては、毎年銀次と一緒に飲食系出しの軽食をかじりながらカップルで校を回る奴らを羨ましそうに眺めていた記憶しかないのだ。

「紫條院さんは文化祭が好きなんだな」

「はい！　お祭りは何でも好きです！」

快活な笑顔で応える紫條院さんは子どものように浮ついた様子で、なんとも可らしい。

こういう純真無垢な表がこの子にはとても似合う。

「私はその……子どものころはあまり縁日とかそういうものに行けなかったので……」

「そうなのか……」

紫條院さんのご両親は名家でありそうな娘を束縛するタイプではなく寛大らしいが、まあ家の事とか親さんの忙しさとか々あったのだろう。

「だからというわけじゃないんですけど、お祭りのワイワイガヤガヤした雰囲気はとても好きなんです。しかも文化祭は學校がお祭りになって、クラスが一緒になって自分たちで楽しさを作るんです！　これってすごく楽しいことじゃないですか！」

「…………」

嬉しそうに話す紫條院さんを眺めつつ、俺はやや新鮮な気持ちになっていた。

俺の中では、學校行事というものは基本的に苦しいものだった。

運會は最悪として林間學校や合唱コンクールも苦蟲を潰したような顔で參加していた。文化祭はそれよりマシとはいえやはりウキウキしたりはしなかった。

（學校行事を楽しむ……か。そうだよな。それこそ前回の俺が得られなかった青春の過ごし方だよな）

「うん、なんだか俺も妙に文化祭が楽しみになってきたな。ちょっとテンション上がってきた」

「それは良かったです！　どんな出しになるかわかりませんけど一緒に頑張りましょう！」

そうして無関心だった俺もすっかり文化祭モードになり、今回はしっかり楽しんでみようと構えていたのだった。

――だったのだが。

「だからさあ、もっと派手にしよーぜ！　そんなんじゃ面白くねーよ！」

「あーもー！　だからだりーのはやめろって言ってんだろ！」

「一人の意見をごり押しちゃダメです！　みんなで話し合ってください！」

教室の中に多數の聲が響き渡る。

今まさに俺たちのクラスでは出しを決める會議を開いている。

一見活発に議論をしているようだったが――は最悪だった。

（一いつまで議論している気なんだ……！　もうかれこれ一週間近くだぞ！？）

そう、最初はこの狀況を俺も他のクラスの奴らも楽観して見ていた。

せいぜい出しの候補をピックアップして、どんな容にするのか決定する會議――それが延々と長期化するとは夢にも思わずに。

その原因は、主に今聲を荒げているこいつらのせいだ。

「だからさあ！　どの案になってもいーけど普通じゃ面白くねーだろ！　なんかこうドガーンってインパクトある奴にすりゃいいって！」

派手好きだが的なことを言わずに引っかき回すバカの赤崎。

自分の席からデカい聲で騒ぎまくってる。

「だりーから食いとかお化け屋敷とかパスパス！　テキトーに展示でいいじゃんよ！　セコセコ準備するなんてやってらんねーって！」

面倒くさがってひたすら楽なものにしようと主張する口癖がだりーの野呂田。

椅子にもたれながら怠そうにしている。

「みんな落ち著いて！　相手の意見もよく聞いて考えてください！」

教壇の上で司會を務めている実行委員の風見原は、協調を重視するあまり何も決められない。

一応出し候補はある程度絞れてはいるのだが、こいつらが騒ぎまくって全然その先に進まない。

（完全に『會議は踴る、されど進まず』だな……）

お互いの主張が異なることもあるが――ここまで長期化すると『喧嘩狀態』になる。

前世における會社の會議などでもたまに見られた現象で、相手の意見を味して検討することは二の次となり、ただただ自分の主張を押し通すことに固執しだすのだ。

（自分が引いて相手の意見をけれることを『敗北』だと考え始めるからな……）

本來はそうならないように司會が意見の調整を行うものだが、殘念ながら実行委員の風見原は「ちゃんと話し合って！」としか言わず調整能力がない。

「くそ……もううんざりだぜ。なんでもいいから早く決まれってじだよな」

隣の席にいる銀次がくたびれた様子でボヤく。

他のクラスメイトたちもあまりに長期化する會議にうんざりしており、もはや誰もがぐったりと狀況を見ているだけだ。

「なお、おい銀次……今自分の意見ばっか言ってる奴ら以外に誰か発言力ある奴はいないのか？　いくら何でもこれじゃ準備期間的に不味いぞ」

「は？　いや、そりゃ何人かいるけどこんな狀況になったらもう誰も手をつけたくないだろ。今口出ししたらヒートアップしているあいつらの相手をしなきゃならないんだぞ？　ならこのまま黙っていてり行きまかせってじだろ」

「まあ、そうだよな……」

（だんだん思い出してきた……そういえばこの時って結局グダグダのままでまとまらず、野呂田の主張どおり簡単な展示をしてお茶を濁したんだっけ……）

當然そんなグダグダで決まった展示の質が良いわけもなく、ウチのクラスは閑古鳥が鳴いて終わった。

それについて前世の俺は「楽になってよかったな」程度にしか思っていなかったが――

ふと、紫條院さんの席に視線を向ける。

俺の大好きな子は、ワイワイからはほど遠い疲労漂う會議に明らかに気を落としていた。

楽しみにしていた文化祭に暗雲が立ちこめてきたことを、悲しんでいた。

「………………」

このままいけば無気力な出しに決定し、紫條院さんが期待したクラスで盛り上がるイベントとはほど遠いものとなる。

ならば……それを払拭する方法は？

（ある……あるにはあるけど……）

々準備が必要だが、この狀況を打破することはおそらく可能だ。

だがそれには俺もそれなりに覚悟を決める必要がある。

前世の高校時代では考えもしなかった行を起こさないとならないのだ。

（いいさ……俺には選択肢なんてない。このままじゃ紫條院さんの顔がやるせなさに染まってしまう。それは絶対嫌だ）

そうして俺は心を決めた。

キャとはある意味真逆のことを、最後までやりきってみせることを。