《【書籍化】キャだった俺の青春リベンジ 天使すぎるあの娘と歩むReライフ》54.この一瞬だけは熱を
球技大會の決勝戦は、実力伯仲の試合展開となった。
相手のチームは運部が多く、野球経験者も何人かいる。
こちらの打席ではバットに當たってもフライかゴロであり、その処理も的確で序盤は全く點が取れない。
さらに相手は守備だけじゃなく打撃力も強力だった。
ウチのクラスは野球部の塚本がピッチャーを務めており、堂にった投球(ウィンドミル投法というらしい)でこれまでの対戦相手を料理してきたが……この試合では打球がポンポンと飛んでしまうのだ。
だが――やたらと士気が高くなっているウチの守備陣はダイビングキャッチやジャンピングスローなどの謎の好プレーを連発し、その當たりをことごとく防いで見せる。
相手はヒット級の當たりが何度も飛ぶ割に點がらないことにかなり苛立ち始め、後半になるにつれプレーが雑になっていった。
銀次にデッドボールを出してしまった後、俺の打席ではバットに奇跡的に引っかかったレベルのゴロの処理を誤り、俺がアウトながら銀次が進塁。
続く塚本が「野球部の面目もあるし、そろそろ彼にもいいところを見せたい」と宣言した後にヒットを打って1點をもぎ取った。さすが正統派スポーツマンイケメンは違う。
ホームに帰ってきた銀次を皆が「ナイスデッドボール!」と褒め稱え、銀次は「橫っ腹にジャストヒットして喜べないっつうの……痛え……」と腹をさすっていたが、自分がホームを踏めたことについてはまんざらでもなさそうだった。
これを守り切れば後は――と俺も皆もそう思っていたが……。
(ここにきて俺の記憶通りの展開になるのかよ……!)
ウチが1點リードして迎えた最終回。
疲れが出てきた塚本を守備陣がサポートしてツーアウトまで追い込んだが、代償としてランナーは二塁と三塁まで進んでいた。
あと一人で全てが決まる――このシチュエーションに2年生の多くが集まったグラウンドは沸き立っていた。
誰も彼もが試合に熱中しており、その盛況ぶりは前世の比ではない。
ちらっと見てみると、紫條院さんも大興で聲援を送っており筆橋はもちろん普段は靜かな風見原ですら握りこぶしを作って見っている。
「がんばれー塚本! あと一人!」
「打て! 打てばサヨナラだ!」
「がんばってー! ここまで來たら勝って終わろう!」
「高く飛ばせ! 外野は大抵下手がやってるから飛ばせばいける!」
「ソフトボールじゃあんま飛ばないって! 前で守れー!」
「落ち著いてー! 勝ちを意識しないで!」
ウチのクラスも相手のクラスも、まるで野球部の公式試合のような盛り上がりぶりだが、それもわかる。勝つか負けるかわからない試合の土壇場は、たとえ草野球でも人を興させる力があるのだ。
(いくら狀況が同じだからって、俺のところに飛んでくるとは限らないけど……)
俺が今世でやり直しを始めてから、SFでよくある歴史の強制力のようなものはまだ目の當たりにしたことはない。
俺自が文化祭、期末テスト、家族関係、友関係とあらゆることについて未來を変えまくってきたのがその証拠だ。
なのでボールが飛ぶ方向なんて小さなことは、むしろ前世のとおりになる可能の方が低いかもしれない。
(でも……たとえ飛んできても、絶対に捕ってやる……! そのために練習したんだ!)
この試合において、ライトの俺のところに打球は飛んできていない。
だが『このまま最後までボールが飛んでこなければいい』なんて思考は俺にはなかった。
(最初はただ紫條院さんの前でカッコ悪いところを見せるのが嫌なだけだったけど……)
周囲を見渡すと、ノリ良く熱しているチームメイトたちと、聲を出して応援してくれているクラスメイトたちが見えた。
団結してイベントを楽しんで、一を好ましく思っている奴らがいる。
クラスに生まれたこの空気が、俺は嫌いじゃない。
(好きな子の前でカッコつけたいのと同時に――このクラスで勝ってみたい。今はそういう想いもある……!)
そして――最後の球は投げられ、それを相手の打者がバットで迎え撃つ。
グラウンドに響いたのは、俺たちが期待したキャッチャーミットの音ではなく、相手のチームが熱したバットの金屬音だった。
見上げると、ボールは天高く昇っていた。
その打球がびる方向は――俺のいるライトだ。
(は、本當にこっちへ飛んで來た……! しかも遠い!?)
そう判斷した後すぐに後方へダッシュできたのは、筆橋の特訓のおかげに他ならなかった。
(間に合うか……!? 間に合ったとしてキャッチできるか!?)
打球はぐんぐんびており、俺が前世で失敗した平凡なライトフライより明らかに高難易度だ。
これを落とせば試合は前世のとおり敗北を迎え、逆にキャッチできれば勝利で終われる。
青い空を飛ぶボールとそれを追いかけて走る俺に、今この場にいる生徒たち全員の視線が集まっているだろう。
それを確認する余裕なんてないが、プレッシャーは高まっていく。
『――捕れないかもしれない』
俺の無意識から不安の蟲が顔を出す。
『他のことならまだしも、苦手な運で活躍するのはやっぱり無理だ』
『俺は努力した。その結果がダメでも仕方がない』
『そもそもこれは素人には難しい球だ。捕れなくても誰も責めない』
この後及んで、俺の中にいるビビりの俺が予防線を張ろうとする。
そうやってまたも、自分の可能を閉ざそうと怨霊のように足を引っ張る。
そして、俺のきがほんの僅かに鈍ったその時――
「新浜くーーん! がんばってくださーーーーいっ!!」
俺がこの世で一番好きなの子の聲が聞こえた。
深窓の令嬢らしからぬあらんかぎりの大聲で、俺の名前をんでくれていた。
心からの応援で、俺の心に溢れんばかりの活力を與えてくれる。
ああ、俺はパブロフの犬だ
彼の聲援を聞いただけで、歓喜が溢れる。心が躍する。
不安もビビりも、全てが消し飛ぶ。
(そうだ、逃げじゃなくて攻めだ! スポーツだけじゃない……二度目の人生はそうするって決めただろうが……!)
ボールが落下する軌跡を読んで、走りながらグローブを突き出す。
タイミングはギリギリもいいところで、もはや無我夢中だった。
そうして流れ星のように落ちる白球は――
俺のグローブを、無にも弾いた。
(あ……)
グローブに當たった衝撃で空中に踴るボールが、まるで畫のスロー再生のようにひどくゆっくりと目に映る。
白球の形をした勝利が、俺の手からこぼれ落ちるその様が――
(に――)
その瞬間、俺の頭を支配したのは真っ白なまでの絶――ではない。
(逃がすかあああああああああああ!)
俺の心に本來生まれ出ずるはずがないもの。
前世では絶対にあり得なかった、烈火の如き熱だけがあった。
そして――
(…………っ!)
無茶な勢でのキャッチングがたたり、俺は派手にすっ転ぶ。
土煙がもうもうと立ち上り、俺は赤茶けた土をモロに浴びた。
「よっしゃ! 落とした!」
「回れ回れー!」
「もうけもうけ!」
「ああ、惜しい!」
「だああ、ちくしょう!」
「くそ、ダメだったか……!」
沸き立つ相手チームと、肩を落とすウチのチーム。
明確に分けられた勝者と敗者、その両者の反応は瞭然だった。
だが――それを決めるのはまだちょっと早い。
「あ……!? ちょっ、ちょっと待ってください! あれ……!」
紫條院さんが発した聲に、生徒たちの視線が再度俺に集まる。
もうもうと立ちこめていた土煙が晴れ――転んでグランドに倒れたままの俺は、周囲に示すように腕を上げる。
グローブに當たって宙に浮き、しかし右手で鷲摑みにしてもぎ取った白球。
文字通り俺の手で摑んだウイニングボールを――高々と掲げる。
「あ、アウト! ゲームセット!」
俺の捕球を認めた審判がそう宣言し、勝敗が逆転したウチのクラスからの盛大な歓聲がグラウンドに降り注いだ。
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