「やぁ、ユリウス。君が珍しくをエスコートしているものだから、皆が注目しているじゃないか。あのしいご令嬢は誰だ、とね」

相変わらず口元だけを笑みの形にして、ルーカスが非難の籠もった目をユリウスに向ける。ユリウスは一瞬だけ眉をかしたが、すぐに表を戻した。

「ルーカス王太子殿下、フローラ王殿下、ご紹介させて頂きます。アシャール王國サヴォア侯爵家のロズリーヌ嬢です。両陛下からお聲掛け頂きまして、本日は我が公爵家の客人として、共に參加させて頂いております」

「ロズリーヌ・サヴォアでございます。王太子殿下、王殿下にお目にかかれて栄に存じます」

ロズリーヌが、フェルベルク語で名乗り、しい所作で淑の禮をとった。その聲には艶があり、フェルベルク語の発音は完璧だった。

「フェルベルク王國王太子ルーカスです。フェルベルク語がお上手ですね。サヴォア侯爵家と言えば……」

ルーカスは、ユリウスに向けていた非難のを綺麗に隠し、そつなくロズリーヌとの會話を始めた。

兄達３人の會話に耳を傾けながら、フローラは改めてロズリーヌの様子を伺う。

遠目にもしい令嬢だとは思っていたが、間近に見るロズリーヌからは、匂い立つような艶やかさがじられた。深紅のマーメイドラインのドレスが、ロズリーヌのかな元や丸く形の良いを見事に引き立てており、同のフローラですらドキドキしてしまうようなっぽさだった。

（それに引き換え……）

フローラはこっそりと自の元に視線を落とす。ぺったんこ、とまでは言えないが、お世辭にも満とは言えない。

そんなフローラがに著けるドレスは、今日の薔薇の夜會のために誂えた水のドレスで、幾重にも重なるドレープで薔薇の花弁を表現したデザインだ。爽やかでらしいドレスをフローラ自も気にってはいるのだが、ロズリーヌの姿を見た後では、どこか子どもっぽくじられた。

「フローラ？」

無言のままでいたフローラに、ルーカスが怪訝な顔を向ける。

フローラはハッと気を引き締め直すと、にっこりと笑みを浮かべ、ロズリーヌに向き直った。

その瞬間、突如として浮かんだが何だったのか、フローラ自にもよく分からない。

『初めまして、ロズリーヌ様。ようこそ、フェルベルクへ。本日はどうぞ楽しんで行って下さいね』

よく分からないまま口をついて出たのは、まだ學び始めたばかりのアシャール語だった。

ロズリーヌが灰の目を瞠る。

『まぁ。驚きましたわ。王殿下は我がアシャールの言葉をお話しになるのですね』

驚きと喜びがり混じったようなロズリーヌの表からは、素直な嘆が見て取れた。

『簡単な挨拶程度ですけれど。おかしくはないでしょうか？』

『ええ、とってもお上手でいらっしゃいますわ』

『ありがとう。あなたのフェルベルク語ほどではありませんが』

『栄に存じます』

フローラはニッコリと微笑むと、フェルベルク語に戻った。

「ロズリーヌ様、しばらくフェルベルクに滯在なさるのでしょう？　お時間が許せばわたくしのお茶會にもいらして。アシャールのお話をお聞きできたら嬉しいわ」

「わたくしで良ければ喜んで」

ロズリーヌとの初めての會話を笑顔で終えたフローラは、ほぅと肩の力を抜く。初対面の他國の令嬢を相手に、慣れない外國語を使ったせいだろうか、自でも気付かないうちに張していたようだ。

気持ちにゆとりができたせいか、ふと、立ち去り際のロズリーヌのネックレスに目が留まった。

それは大粒のアクアマリンの周囲に小粒のダイヤモンドを幾つもあしらった、実に見事な一品だった。アクアマリンは大粒なだけでなく非常に明度が高く、上質なものと一目で分かる。

（フェルベルク産のアクアマリンかしら？）

ドレスにしても裝飾品にしても水を好んでに著けるフローラは、フェルベルク産のアクアマリンを用いたアクセサリーを用している。自國の特産品というだけでなく、どことなくユリウスの瞳のに似ているのも、フローラがアクアマリンを好む理由だった。

今日の夜會でも、フローラはアクアマリンを主としたネックレスをに著けており、水のドレスともよく合っていると満足していた。

一方、ロズリーヌの元を飾るアクアマリンのネックレスは、それ自素晴らしいものだが、ロズリーヌにも今日の深紅のドレスにも、あまり合っていないようにじられた。

そのことが妙に気になったフローラだったが、次の挨拶客が訪れたことにより、その思考ははっきりと形を持たないまま中斷したのだった。